第二十六話 友人達の邂逅
成人の儀でレイマンがエリサベータとの婚約を決意してから一年以上が過ぎた。その間もレイマンとエリサベータは変わらぬ交流を続けていた。
今年でレイマン十六歳、エリサベータ十四歳になった。
この頃にはレイマンはカランツより伯爵位を継承し、カランツの補佐を受けながらも見事にナーゼルの地を治めるその手腕は王都でも注目される程になっていた。更にファルネブルク侯爵の失政と現嫡子の素行の悪さが王都で問題視されてきており、この二人の悪評が立つほどに皮肉なことにレイマンの評価は上がった。
また彼は白銀の美しい髪と深い青色の瞳を持つ美少年である。その為、彼が仕事で王都へ赴く度に自然と少女たちの熱い視線を集め、美しい貴公子の評判は社交界においても高くなる一方であった。
エリサベータの人品も清い川の流れのように澱みがなく清廉なままで、その容姿も周囲の予想通り美しく成長し、既に王都でも彼女の美貌が噂になっていた。曰く、咲き誇る美しい花も、誇らしげに輝く満ちた月も、彼女の前には恥じらって蕾に還り雲に隠れると。
「レイ様!」
レイマンがナーゼル領のヴィーティン邸を訪れると、エントランスの奥からその噂の羞花閉月の楚々たる令嬢は、同じく王都で噂の辣腕領主の訪問に噂に違わぬ美しい容貌を綻ばせた。
レイマンは見慣れているはずの愛らしい姿に見惚れてしまった。彼女の可憐に咲き誇る笑顔を見ると、花も恥じらうとはまさにこのことだと改めて思う。
「どうしたんだい?とても嬉しそうだね」
「はい!とても嬉しいです。お忙しいレイ様が私に逢いに来てくださったのですから」
頬を朱に染め喜ぶ姿が自分の為だと言われてレイマンの顔も綻ぶ。この心から幸せを表現した様な二人の笑顔にヴィーティン邸に彩る周囲の花々も翳みそうであった。
二人は初めての出会いから着実に交流を続けてきた。彼女が提案した慰問も、時間の許す限り二人で続けてもいる。
間違いなく二人の絆は深まっているはずだ。
──時間がない。
だがレイマンは焦っていた。
エリサベータの美貌は類稀なるものだ。既に王都でも噂になっている事はレイマンも知っている。このままでは何処の貴族から婚姻を迫られるか分からない。
彼女のヴィーティン家が高位の貴族であれば良かった。しかしヴィーティン家は子爵位。高位の貴族から目を付けられればその打診を断りづらい。
幸い王都では才色兼備と名高いアグネス・ハプスリンゲ公爵令嬢が数々の縁談を断っているらしく、そちらの方に話題が集中していた。しかし、エリサベータがデビュタントで王都を訪れれば、彼女は数多の貴族令息達の心を奪う事だろう。
このクロヴィス王国における貴族令嬢のデビュタントの年齢は十五。来年にはエリサベータも王都に赴かなければならない。
──もう今しかない。
レイマンはエリサベータとの婚約を申し出ようとしていた。ナーゼル伯爵家からヴィーティン子爵家に打診をすれば良いだけなのだが、レイマンは自分の口で直接エリサベータに懇請しようと考えていたのだ。
──今日こそ!
いったいこれまで何回そう思ってきたことか。
しかし、結婚を申し込むことを決意して一年、彼女と自然に接する事が出来る様になってはいたが、自分の恋心を打ち明ける段になると勇気がいつも萎んでしまい、未だに告白できないでいた。
そこで彼は強力な助っ人を王都より呼び寄せた。
その助っ人はレイマンの横に聳えるように立っていた。髪は蜂蜜色の癖っ毛で、瞳の色は温かみのある明るいグリーン。美男子ではないが人好きのする柔和な顔。容姿も表情も穏和を絵に描いたような少年。この数ヶ月で更に体が大きくなったギュンターである。
「あら?此方の方は?」
レイマンが人を連れてエリサベータの元を訪れた事は今まで無かった。その為、彼女は不思議そうにギュンターを見て可愛らしく小首を傾げた。
「ああ、こいつはギュンター。私の唯一にして無二の親友だよ」
「ギュンター・フォン・エッケルディーンと申します。気軽にギュンターとお呼びください」
「ご丁寧にありがとうございます。エリサベータ・ヴィーティンと申します。エリサベータと気軽にお呼びください。失礼ですがギュンター様はエッケルディーン伯爵の?」
「はい。嫡男になります」
エリサベータが手を差し出すとギュンターはその手を取り甲に軽く口で触れる。エッケルディーンは武勇で名を馳せた貴族家で、一族から将官や騎士を多く輩出している。
「ギュンター様はレイ様に会いに王都よりお越しになられたのですか?」
「ええ、それもあるのですが……本日はレイからかねがね話を聞かされていた幼馴染を紹介してもらう為に参った所存です」
「私をですか?」
「はい。噂の令嬢を一目見たくて。噂など当てになりませんね」
「まあ、それでは実物を見てさぞがっかりなさったでしょう?」
くすくすと笑うエリサベータにギュンターは首を振った。
「まさか。噂以上の美しさに驚いています。きっと来年のデビュタントは貴女の話題で独占されるでしょう」
「そんな私など……王都にはご高名なハプスリンゲ様がいらっしゃいます」
「アグネス・ハプスリンゲ公爵令嬢ですか……彼女も類稀な美貌の持ち主ですね」
「才女でもいらっしゃるとか」
「エリサベータ嬢も負けず劣らず才色兼備だと、レイは息巻いていましたよ」
「な!?」「おい!ギュンター」
友人への惚気を暴露されてレイマンは慌てふためき、エリサベータは羞恥で顔を赤らめた。
「今日はこうやって貴女と知己を得た事で満足しました」
「私もレイ様のご友人をご紹介頂き歓喜に堪えません」
落ち着きを取り戻したエリサベータは胸の前で手を合わせると、ああと何か思い出した様に声を上げた。
「そうだわ。ちょうど良かった。今日は私の親友のナターシャが来ているんです」
「げ!ナターシャが!」
何とも時宜が悪いとレイマンは呻いた。
「あら!随分な反応ですこと」
先ほどエリサベータがやって来た方からコツコツとヒールの立てる足音が響き誰かが近づいてい来るのが分かった。その正体に気がつきレイマンは顔が引き攣った。
「ナ、ナターシャ……」
そのエントランスの奥の陰から現れたのは一人の赤髪の少女だった。




