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第二十四話 紅玉の恋ごころ

 レイマンと談話していたアグネスは彼女をどのように扱うか判断に迷っていたナターシャに不意に視線を向けた。


「スタンベルグ様は何故ナーゼル様にエスコートを頼まれたのですか?」


 自分にまで探りを入れにきたアグネスに、しかしナターシャはそれ程には腹は立たなかった。彼女が想い人の近くにいる美人を無視できないのだろうことが容易に分かったからだ。


 ナターシャもさすがにアグネスの事は知っている。その美貌だけではなく、才媛としても有名な少女だ。所作からも成熟した雰囲気が窺える。しかし、エリサベータもそうなのだが、他の部分は成人女性も舌を巻くこの二人が、何故か色恋沙汰にはかなり未熟なのだ。(むし)ろ同年代の少女達よりも恋愛関係には幼く見える。


──エリスやレイマン様もそうだけど、どうして早熟の人達はこうも恋愛ごとは未成熟なのかしら?


 目の前のアグネスやレイマンだけでなくエリサベータも年少でありながら大人顔負けの才覚を発揮している。しかしながら恋愛に関しては三人とも一様にどうにも幼い。とてもちぐはぐなのだ。


 まあ、そこが可愛いんだけどと、ナターシャは内心で意地悪く笑った。


「別に私が頼んだわけじゃないのよ。レイマン様が勝手に着いてきたの」

「ナターシャ!」


 ナターシャの粗雑な物言いにレイマンは焦った。相手はこの国でも有数の貴族の娘だ。あまり機嫌を損ねるのは得策ではない。


「ふふふ。私ってこんな性格だから、レイマン様は幼馴染を心配して着いて来てくれたのです」

「まあ!スタンベルグ様はとても面白い方なのですね」


 アグネスは本当に可笑しそうにくすくすと笑った。


 どうやらアグネスはナターシャがレイマンに対して何ら恋慕の情が無いことを示唆している事に気がついたようである。そんな恋する少女の姿を素直に見せられ、ナターシャはアグネスの事が気に入ってしまった。


「ナターシャでいいわよ」


 だから、彼女と気兼ねの無い関係を構築したいと思った。ナターシャの嗅覚は彼女がそれを受け入れるだろう事を嗅ぎとったのだ。


「お、おいナターシャ」

「構いませんわ。私の方が歳下なのですもの」


 慌てたのはレイマンだが、アグネスは特に怒りもせず、(むし)ろ愉快そうに見える。


「私のこともどうかアグネスとお呼び下さい」

「ありがと。そうさせてもらう。何だかアグネスとは仲良くなれそうな気がするの」

「奇遇ですわね。私もナターシャ様とは良好な関係を築けそうだと思っていたところです」


──本当に良い子。この国の最高位の貴族でしょうに、私みたいな最底辺の貴族令嬢の粗野な振る舞いにも折り目正しく対応する。


 そんなアグネスの力になってあげたい。できるなら叶えてあげたい。


 だが、レイマンとエリサベータは間違いなく想い合っている。ナターシャはエリサベータの親友であり、彼女のこの恋を応援したいとも思っている。彼女自身が自分の恋心を自覚していないとしてもだ。


 それと同時にアグネスにも肩入れをしたいと思う心に嘘はない。


──レイマン様が二人を選ぶ事はできないし、アグネスを選ぶとは思えないけれど……


 レイマンはエリサベータに想いを寄せていることをきちんと自覚している。その彼の想いの強さもナターシャは知っている。いかにアグネスが類稀な美貌の持ち主でもレイマンが彼女に傾倒するとはとても思えなかった。


 だからせめてナターシャはアグネスの為に少しだけ時間を作ってあげようと行動に出た。


「レイマン様……私、飲み物をとってきます」

「おい!一人になるのは……」


──少しは察しなさいこの朴念仁!


 ナターシャは心の中で軽く舌打ちしてレイマンの制止を無視した。そしてアグネスに目配せをすると彼女もナターシャの意図を読み取った様子で、ナターシャに軽く会釈を返してきた。


──せめて想いを伝える時宜くらいは作ってあげたい。


 アグネスの恋は成就しない。それはナターシャにも分かる。それでも気持ちを押し殺すのと伝えて砕けるのとでは、同じ失恋でもその後の心の機微に影響を与えるものだとナターシャは思う。


 それにアグネスは自分の思い通りにならないからと癇癪を起すような未熟な令嬢ではないと感じられた。


──アグネスは理不尽な娘ではないわ。


 だからナターシャはアグネスの為にレイマンと二人になる機会を作る事にした。


──これってやっぱり親友への裏切り行為なのかしら?


 少しエリサベータに罪悪感を感じるナターシャであったが、二人から離れながらも様子を盗み見た彼女はレイマンと二人で話すことに喜びを隠せない微笑ましいアグネスの姿に頭をぽりぽりと掻いた。


──ごめん、エリサ。


 レイマンの帰りをナーゼルで健気にも待っているエリサベータにナターシャは心の中で謝罪した。

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