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第二十一話 紅玉の思惑

 今年の成人の儀やデビュタントとなる男爵家の者達から順に会場に入場し、侯爵家(今年は公爵家の成人する子女はいなかった)の者達までもが全て揃うと、楽団が奏でる軽やかな曲で式が開始された。そんな軽快な調べの中で気持ちも軽くなったのか、各方面で歓談が進み初対面、既知の者など関係なく銘々が話す声で溢れかえっていく。


 その中でレイマンとギュンターは、他の貴族子女達から遠巻きにされながら二人で談笑を続けていた。レイマンに注目している者達は、おそらくいつもの顔ぶれの派閥の仲間同士で固まって様子を窺っているのだろう。


──私にかまけていないで、少しでも良い人脈でも作ればいいものを……


 そんな彼らを少し呆れた目でレイマンは見ていた。


 こうして会場にいる者達の様々な思惑が渦巻きながら式は始まり、そして(つつが)なく進行していった。


 会場の状況に合わせて流れる音楽が変化していく。


 ふと、その音が急に止んだかと思うと(にわ)かに会場入り口方面が騒々しくなった。


「どうやらハプスリンゲの紅玉がご到着されたようだ」


 入り口方面に顔を向けていたギュンターの言葉にレイマンもその人垣に注目した。


 すると突然さっと人垣が割れホール中央までの道が自然と作られた。その道の中央をハプスリンゲ公爵にエスコートされながら当然の様に進む一人の少女の姿を二人は捉えた。


 その髪は黒真珠の様に艶と光沢を帯び、赤い瞳は紅玉よりも美しく輝いていた。瑞々(みずみず)しい白皙の肌に、誰もが息を飲む絶対の美貌。


 その纏うドレスや宝石さえも霞んで見える。若干十三歳にして、威と美を兼ね備えた令嬢の中の令嬢。


──アグネス・ハプスリンゲ……五年は思った以上に長い時間だったのか。


 レイマンが最後に会ったのは彼女が八歳の時である。それから五年が経ち十三歳となったアグネスは最早レイマンの知る彼女とは懸け離れていた。


──八歳の時にも既に童女とは思えぬ美貌であったが……


 八歳の時にも幼さに反して華のある少女だった。


──確かに更に美しくなった。


 一緒にアグネスを眺めていたギュンターが溜息を漏らした。


「本当に十三歳なのか?」

「その筈だが……」


 ギュンターは低い唸り声を思わず出す。


「まさに噂に違わぬ……だな」

「ああ、五年前とは比較にならないな」

「正直に言って俺はな、彼女の噂は話半分と思っていた」


 ギュンターは参ったといった風に頭を掻いた。周囲を見れば同じ成人の儀に参加している貴族子弟達が(こぞ)ってアグネスを見詰め、顔を赤らめて惚けていた。


「将来的には美人になるのだろう的に噂を捉えていたんだが、とても十三歳の色香とは思えんな。見ろよ……」


 ギュンターの視線を追った先には、式の対象者の親兄弟や婚約者など付き添いで参加している貴族達が軒を連ねており、その中で二十歳前後の貴族達が押し()べてアグネスに見惚れて魂が抜けた様な表情を浮かべていた。


「大の大人でもこれだ……これは年齢に関係なく求婚が殺到しそうだ」

「会場の様子を見るに、かなりの数になりそうだな。ハプスリンゲ公爵も大変だ」


 レイマンとギュンターは顔を見合わせて笑った。


「しかし、こうなると第三王子の恋心の話は真実味を帯びるな」

「第三王子?」

「ん?レイは知らないのか。彼がハプスリンゲ嬢に振られたのは知っているよな?」


 ああ、とレイマンは首を縦に振って答えた。


「通常、王家の打診を断れるものではないが、これに関しては違う。王家が第三王子を使ってハプスリンゲ公爵家を乗っ取るとの噂が王都中に流れたせいでな」

「そんな噂が……」


 だが、それは無理からぬことだとレイマンも思う。


 ハプスリンゲ公爵家は公爵家の中でも王家との血縁が濃く、その権勢もかなりのものだ。王家にとって煙たい存在であるとの見方もできる。


 そこで第三王子のアグネスへの婚約の打診。アグネスはハプスリンゲ公爵の一人娘だ。彼女と結婚するならば、それはハプスリンゲ公爵家を継ぐ事を意味する。


 王家が有力貴族家を乗っ取るのではないかと、他の貴族達が危惧するのは当然の流れだ。


「国王陛下の話では第三王子の一目惚れとの事だが、婚約打診が去年の話だろ?十二歳の小娘に十八歳の青年が懸想したなど誰が信じる。それよりも王家がハプスリンゲ公爵家の乗っ取りを画策したとの噂の方が信憑性が高い」

「確かにな」

「しかし、ハプスリンゲ嬢を一目見れば、第三王子が懸想したとしても頷ける」

「実際に第三王子よりも歳上の者達が目の色を変えているからな」

「あ!そうか……」


 そこでギュンターは何か思いついたように独りごちた。


「もしかしたらハプスリンゲ嬢の目的は、王家との確執の噂を晴らす為かもしれんな」


 ギュンターの推測にレイマンも頷いた。


「確かにそれはあり得る。ハプスリンゲ公爵としても王家と対立をしたいわけではなかろう。王家と険悪の仲という噂を払拭(ふっしょく)したかったのかもしれんな」

「レイとしてはハプスリンゲ嬢の選ぶ相手に興味があるのだろうがな」

「そのことは忘れてくれ……」


 そう揶揄(からか)うように笑うギュンターにレイマンは苦笑いした。


「私の勝手な妄想だったようだ」

「まだ結論を出すのは早かろう」


 二人は再びアグネスの様子を窺った。


「さて、彼女の目的はいったい何なんだろうな?」

「ギュンターは彼女自身に余り興味が無さそうだな」

「他の貴族との価値観の相違だな。確かにハプスリンゲ嬢は絶世の美少女だが、俺は女性に美を求めていない……そう言うお前はどうなんだ?」

「私か?」


 レイマンはギュンターから視線を外すと再びアグネスを観察した。


 確かにレイマンも彼女を美しいと感じた。間違いなくこの国で一番の美しい令嬢であることは疑っていない。しかし、心は動かされない。エリサベータと初めて出会った時の様な衝撃を受けない。


「さて、美しいとは思うのは間違いないのだが……好みではないのかもしれないな」


 レイマンには彼女を美しいと思いながらも、ぴくりとも動かない自分の心を表現することが出来なかった。

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