第十九話 甘そうな蜂蜜色
王都に到着したレイマンは一息つく間も惜しんで直ぐに動いた。
親友のギュンターに会う為、エッケルディーン伯爵家へ訪問する旨の手紙を送り、その返事が来るまでの間にファルネブルクの屋敷にいるヴェルリッヒを招き寄せる算段を付けた。
「兄上!」
「ヴェル!」
そして、思った以上に事は上手く運び、ナーゼルの屋敷で五年振りの兄弟の再開を果たした。
レイマンの手腕もあるが、シュタイマン達がヴェルリッヒを疎ましく思い始めていたこと、親族達も現環境がヴェルリッヒに良くはないと認めていたこと、それら彼らの事情も相俟ってレイマンの主張が通った形となったのだ。
「大きくなったなヴェル」
別れた時は五歳だったヴェルリッヒも今年で十歳。小さく可愛かった弟の大きな変化に月日の流れを感じて、レイマンはもっと早くに救い出せればと益体もないことを思ってしまった。
「兄上……僕は、僕は……」
ヴェルリッヒは言葉を詰まら、泣くまいと涙を堪えて瞳を潤ませた。
「もう大丈夫だ。まだ、ヴェルをナーゼルへ連れては行けないが、私の気心の知れた者達を側に置いていく」
兄弟の感動の再開に涙ぐんでいたカティナと相変わらず不愛想な顔のディノがヴェルリッヒの前に進み出た。
「この者達は?」
「私がナーゼルで世話になった女中のカティナと庭師のディノだ」
「兄上がお世話になったのですか?」
「ああ、随分と助けられた。これからは王都でヴェルの助けになってくれる筈だ」
「そ、そうですか……レイマンの弟のヴェルリッヒです。二人とも宜しくお願いします」
ヴェルリッヒは二人に体を向けておずおずと挨拶をすると、カティナが「まあ!」と大きく開けた口を両手で覆って隠した。
「レイマン様がエリサベータ様と初めてお会いした時の様に可愛らしい!」
「おいカティナ。あんまし暴走すんじゃねぇぞ」
カティナがレイマンの恋を応援して暴走していた事を思い出してディノは苦笑いした。
「エリサベータ様とは?」
初めて聞く名前にヴェルリッヒは小首を傾げ、その愛らしさにカティナが悶えた。
「はい!ヴェルリッヒ様の姉君になられるお方です」
「僕の姉君に?」
「お、おいカティナ!?」
レイマンが慌てて制止したが既に遅く、カティナはナーゼルでのレイマンとエリサベータについてヴェルリッヒに語りだし、ディノも合流して三人で和気藹々と団欒を始めてしまった。
あれ程に渋っていた二人が、既に仲良くしている姿にレイマンは苦笑いだ。
「ほどほどにしてくれよ」
「レイマン様」
そこにこの屋敷の次期家令となるエドガルトがやって来た。
この屋敷の家令はバルトルの弟ジーモントが務めていたが、彼自身が高齢になってきたこと、そう遠くない未来にカランツが引退しレイマンが跡を継ぐこと、そういった理由で引退を申し出てきた。
出来ればナーゼルへ戻りたいらしい。その為、後進としてエドガルトを推薦してきたのだ。
エドガルトは黒髪に黒い瞳、怜悧な印象を受ける厳しい顔つきの二十五歳の青年で、能力には問題がないとジーモントは太鼓判を押している。
「エドガルト?」
「エッケルディーン様がお見えになっております」
エドガルトはレイマンに音も無くスッと近づくと、ギュンターの来訪を耳打ちした。
レイマンはそれに頷くとヴェル達三人をエドガルトに任せて足早に正面玄関へと向かった。
レイマンが到着すれば、そこには懐かしい甘そうな蜂蜜色が目に入った。
「ギュンター!」
明るい声でレイマンはその大男に駆け寄った。名を呼ばれた大男はレイマンに右手を挙げて応えた。
「レイ!久しぶりだな」
久々の親友との再会に二人は喜色を露に強く右手で握手をしながら左手でお互いの肩を抱き合った。
「五年ぶりか……大きくなったなレイ」
「お前に言われたくはないな」
レイマンは大柄な少年を見上げて苦笑いした。
彼の髪は明るい蜂蜜色の癖っ毛で、瞳の色は温かみのある明るいグリーン。美男子ではないが人好きのする柔和な顔。容姿も表情も穏和を絵に描いたような少年だった。
しかし、兎に角大きい。
レイマンも決して身長が低い訳ではないのだが、それでも彼の頭が辛うじてギュンターの鼻先にぎりぎり届くかどうかだ。それに細身のレイマンと異なりギュンターは筋肉質である。
かなり鍛えている様で、服の上からでも筋肉の隆起が分かるほど見事な体躯。身長と厚みのある体躯が、他人に巌の如く大きいと思わせる。しかし、その優しげな顔が威圧感を与えない。まるで大きな草食動物を連想させる少年である。
「全くデカくなりやがって」
「そう言う意味ではないんだがな」
今度はギュンターが苦笑いした。
──目を離せない雰囲気を纏う様になった。
初めて出会った時は春の日差しの如く周囲を温かく包んでいた穏やかな少年だったレイマンは、廃嫡されて王都を出る時には冬の冷たい風の如く周囲を切る様な殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
それが今はどうだろう。射殺さんばかりの視線は和らぎ、声音には温かい情が感じられる。
幼少期の頃に戻ったと言えば簡単であろうが、ギュンターにはレイマンがただ柔和なだけの男になったのではないと思える。一本芯が通った強靭な人格を形成していると見た。
──ナーゼルで良い出会いがあったのか……考えるまでもないか。手紙にいつも書いているエリサベータとかいう少女だな。
手紙も冷えた感情が見えた文面から、エリサベータの名前が出る様になってから明るい色に変わった事にギュンターは気が付いていた。
「ギュンターありがとう。ヴェルの件は助かった」
「そう言われると却って辛い。結局のところ俺は何の助けにもならなかった」
ギュンターは少し苦い顔を向けた。ギュンターもヴェルリッヒに気を掛けてはいたのだが、彼の境遇を改善する事は叶わなかった。
「そんな事はない」
レイマンは首を振って否定した。
「ギュンターが私にヴェルの境遇を逸早く報せてくれたから大事になる前に対処できた」
レイマンの声には情が籠っている。本心で言っているとギュンターにも分かった。
「それに、いつもヴェルに気を掛けてくれた。それだけでヴェルには味方がいると思えた筈だ。きっと心強かったと思う」
「そうか……そうだといいのだが」
──やはりレイは変わった。
ギュンターは改めてそう思った。レイマンは人の事が良く見える様になったように見える。
「レイは今夜の成人の儀へ行くんだよな?」
「ああ、もともとはそれが目的でナーゼルから出て来たんだ」
ギュンターはレイマンの一つ歳上で、成人の儀は既に済んでいた。
「そう言えば知っているか?今年の成人の儀にはあのアグネス・ハプスリンゲが来るらしいぞ」
「ハプスリンゲ公爵の珠玉が?」
「レイは会ったことがあるんだったか?」
「ああ、まだ王都に居た時に数度だけだけどな。だが、彼女は私より二つ歳下だったはずだが……」
男女共に十五歳になると男性は成人の儀、女性はデビュタントと呼ばれる儀式を経てから貴族子女は夜会に出席するようになる。アグネスはまだ十三歳でデビュタント前である。
「絶対に参加してはいけない訳ではないんだが……」
「何が目的なんだ?」
二人は首を捻った。
どうにも今年の成人の儀は、すんなりと終わりそうになかった。




