閑話① 騎士公子の回想
高位貴族の子弟にしては随分と逞しく大柄な少年は読んでいた手紙から視線を外し、窓の外を眺めた。
「レイが王都に来ているのか」
早朝はまだまだ冷えるのだが、窓から見える景色の中で春の到来を告げる草花の姿がちらほらと目に止まった。
「もう春か……」
貴族子女が十五歳になり成人を祝う夜会が開かれるのは社交シーズンの少し前である春先の今時分である。ギュンターが持つ手紙は、レイマンがその成人の儀に参加する為に王都に訪れている報せであった。
「五年前のちょうど今頃だったな。レイがナーゼルへ突然送られたのは……」
何もかもが突然だった。レイマンの実母が亡くなったのも突然。レイマンの父シュタイマンが愛人と再婚したのも突然。その後妻の子を嫡子とする為にレイマンが廃嫡されたのも突然だった。
そんな色々な不運、不幸に見舞われ、人懐っこい印象のレイマンが、王都から消える直前には何人も寄せ付けぬ雰囲気を漂わせていた。
ナーゼルへ行って五年。送られてくる手紙からは、次第に棘が取れてきている様に感じる。昔の出会った頃の穏やかさを取り戻していれば良いがとギュンターは願う。
「そう言えば……レイと初めて会ったのも今時分であったか」
ギュンターは七年前の春先に出会ったレイマンとの事を思い出していた。
それは日差しが暖かく、風も穏やかな春の日の昼の事だった。その日はファルネブルク侯爵の派閥を中心にした貴族子弟の集まりがあった。
エッケルディーン伯爵家は特に何処かの派閥に属しているわけではなかったが、逆に事情次第では何処の派閥にも顔を出す。その為ギュンターは父の命令でこの集まりに参加していた。
──あれがレイマン・ファルネブルク……次期侯爵様か……
ギュンターを含め貴族子弟達と挨拶を交わすと次は淑女予備軍の幼い令嬢達に囲まれている綺麗な顔立ちの少年。ファルネブルクの嫡子は全ての人々に如才なく対応していた。
──見事なまでの八方美人だな。
ギュンターは挨拶をして直接話してみたが、騎士を目指し『騎士公子』などと言われる程の彼からすれば、誰に対しても柔和な笑顔と言葉を向けるレイマンはただ優しいだけの意思薄弱な少年に思えた。
──もういいだろう。
ギュンターは最低限の義理を果たすと会場を後にした。この時のレイマンに対するギュンターの第一印象はあまり良いものではなかった。
それから暫くはギュンターはレイマンと当たり障りの無い程度の付き合いをしていた。それが変わったのは出会ってから一年経った春の日であった。
この日は王城内の一宮で園遊会が催されていた。王家主催だけあって数多の貴族で賑わい、一角には幼い令息、令嬢達の楽しむ場も設けられていた。
ギュンターやレイマンもその中にいたのだが、そこで揉め事が起きた。はっきり言えば虐めである。
何処の派閥にも属さない中道派の令嬢がいたのだが、その少女の顔にはそばかすが多く見目が余り良いとは言えなかった。しかも随分と気の弱い少女で、ファルネブルク侯爵派閥の令嬢達からその容姿を嘲笑されて、すっかり萎縮してしまっていた。
貴族令嬢という人種はとかく冷酷にできているのか、弱い者を見つけると攻撃する習性があるようだ。このそばかすの少女はすっかり標的にされてしまった。
事あるごとに少女が攻撃を受ける様にギュンターは眉を顰めた。できれば助けてやりたいが、令嬢同士の争いに令息が首を突っ込んでは火に油を注ぎ兼ねない。
例え、この場を救い出せても今後も四六時中側で守る事も出来ない。それに本来なら自分の力で切り抜けなければならない事なのだ。同情だけで手を出して良いものでもない。
──しかしファルネブルクの派閥は大き過ぎる。あの少女に自力で対処しろと言うのは酷だ。
ファルネブルク派閥の令嬢達がいよいよ直接的な行動に出そうになってギュンターはさすがに制止しようと身を乗り出した。
「何をしているんだい?」
だが、穏やかな声がその場を支配した。
「レイマン様!」
令嬢達が色めき立った。この時のレイマンは九歳。その綺麗な顔立ちと優しげな表情がまるで天使の様に美しく令嬢達は見惚れた。
その中でレイマンはそばかすの少女の前まで進みでると手を差し出した。
「これはそばかすのチャーミングなご令嬢。僕はレイマン・ファルネブルクと申します。ご一緒する栄誉を頂けますか?」
「は、はい」
その少女もレイマンに見とれて、差し出された手を思わず取った。
──拙いな。
レイマンの取った方法をギュンターは悪手と思った。確かにこの場は収めたが、あの少女は他の令嬢の嫉視を買ってしまった。これだからギュンターも迂闊に手が出せなかったのだ。
しかし、ギュンターの予想は外れた。
「さあ、皆も一緒にお茶にしよう」
レイマンは先程この少女を虐めていた令嬢達まで誘ったのだ。
──全くこいつは、ここに来てまで八方美人か。
ギュンターは呆れた。
どちらにもいい顔をして何になるのかと。
ところが、レイマンは令嬢達を上手く誘導してそばかすの少女との仲を取り持ってしまったのだ。
──いったいどんな魔法だ!?
ただの八方美人ではなかったのは分かる。どうやらお互いの令嬢が褒め合うように言葉巧みに誘導しているようだった。褒められて嬉しくない人間はいない。それを会話の中で自然と繰り返しているうちに、この令嬢達はいつの間にか一つの集団と化していたようだ。
注目すべきは他にもある。このそばかすの少女は中道派の令嬢であり、見目もあまり良くはない。損得勘定だけで考えれば助ける価値はないのだ。
その後、令嬢達から解放されて一人になったレイマンにギュンターは声を掛けた。
「おやエッケルディーン伯爵の……珍しい。僕に何か用かい?」
「覚えていてくれたんだな」
「それはもう。有名な『騎士公子』だ」
「それは皮肉か?」
貴族の嫡男が騎士になることは通常ありえない。彼が『騎士公子』と呼ばれる裏にはたいてい蔑む気持ちが隠れている。
「皮肉?何故?」
「貴族にあるまじき振る舞いだろ?」
「何処がだい?エッケルディーン伯爵家は武勲の家系だろ?先祖の武功を否定することの方が貴族に相応しくはない行いだ。それに、ひとたび戦となれば僕たちも剣を取ることになるんだ。常在戦場を心掛けるエッケルディーン伯爵家の人達は尊敬に値するよ」
今まで騎士を目指して冷笑されてきたギュンターは誉められて、何だかむず痒くなった。
「先程の令嬢の事だが……」
「ああ、見ていたのか」
「なぜ助けたんだ?」
「助ける事に何の問題があるんだ?」
どうやら彼には見目も派閥も関係がないようだ。
──ただのお人好しなのか、それとも……
レイマンに興味を持ったギュンターは、この日からレイマンとつるむ様になり、レイマンも彼とは波長が合ったのか、他の令息よりも彼との会話が最も弾んだ。
園遊会から数週間の間にレイマンとギュンターはすっかり旧来の友人の様な関係になっていた。
しかし、この後すぐにレイマンに悲劇が訪れた。実母が急死し、父シュタイマンが彼を廃嫡して後妻の息子ゲオルクを嫡子としてしまったのだ。
当然レイマンとシュタイマンの仲は険悪となった。
そのことでファルネブルク家の中でレイマン対シュタイマンの構図が出来上がってしまった。当然それに付随してレイマン対ゲオルクの関係も出来上がる。
そうなるとシュタイマンに阿るファルネブルク派閥の貴族の子供達がゲオルクの周りに集まるのは自然な帰結であった。
だからと言って、その変わり身の早さはないだろうとギュンターは憤った。何せレイマンに助けられた令嬢もその中に含まれていたのだから。
──俺は絶対に友を見捨てない!
そう誓いを立てたギュンターは、孤立するレイマンの側にいつも並んでいた。例えレイマンが幾人もの敵を作ろうとも彼は決してレイマンを見放さなかった。
それはレイマンがナーゼルへ追い出された後も変わらなかった。ナーゼルに居る彼の為に、王都の情報を送ったり、ヴェルリッヒの事を気に掛けたりと彼の為に動いていた。
──出来ればもっと力になってやりたかったのだが……
「兎に角、レイのヤツに会いに行くか」
ギュンターは人を呼ぶとレイマンに訪問の報せを送るよう指示を出した。




