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第一話 追放の廃公子

 ピィィィヒョロロロ――――



 甲高い鳥の鳴き声が響く。赤暗い茶褐色の大きな猛禽類(もうきんるい)の鳥が、その美しい翼を広げて、青く澄みきった大空を舞っている。


 大陸の中央よりやや東寄りにある、三百年近い歴史を持つ大国――クロヴィス王国の西に位置する一地方ナーゼル。そこは辺境と言うほど王都から離れてはいないが、馬車で数日は掛かる辺鄙(へんぴ)な領地である。


 このナーゼルはファルネブルク侯爵家の数ある所領の一つで、なだらかな丘陵とそこを流れる川、点在する森林、自然が豊かな土地柄であった。


 この大鳥はそんな点在する森の一つから、餌を求めて飛び立って来たようで、彼は空から見下ろして彼の糧にされる不幸な獲物を探しているようだった。


 ナーゼルから王都までは東西に敷かれた土の街道が敷かれており、迂闊(うかつ)な獲物が森から開かれたこの場所に出て来ないかと、彼は目を凝らしていた。


 王都近辺とは異なり、一地方の街道には石が敷かれておらず、幾つもの(わだち)が残っており、整備が行き届いていないことが見て取れる。


 獲物を探しあぐねていた彼の目に、その街道を一台の馬車がガラガラと音を立てて走っているのが映った。その馬車は見事な赤毛のニ頭立てで、赤茶の瀟洒(しょうしゃ)な車体が引かれていた。扉にはファルネブルク侯爵家の紋章、それも当主のものが施されている。


 この馬車は王都の方から走って来ており、どうやらナーゼルの領都へ向かっているようだった。


 車内を覗けば、壮年の男と十歳くらいの幼い少年が乗車していた。


 壮年の男の方は四十手前くらいであろうか、顔立ちは端正ではあるが、銀色の髪が冷徹な印象を与える。今は黙って目を閉じ腕を組んで微動だにしない。


 この壮年の男は名はシュタイマン・ファルネブルク。現ファルネブルク侯爵家の当主である。


 シュタイマンの前に座る十歳くらいの少年もまた、女性と見紛う程の綺麗な顔立ちで、今は手を揃えた膝の上に乗せて、口を尖らせて不満を露わにしていた。


 その少年の髪も壮年の男と同じ白銀で、怒らせている瞳は深い青。その色の組み合わせから冷たい印象になりそうな色合いだが、その整った顔には感情がよく見て取れるせいか冷徹な感じはしない。


 と、車輪が(わだち)を踏み、車体が(わず)かに跳ねた。車内も上下に揺れたが、シュタイマンは腕を組んだまま動かず特に変化は見られなかったが、少年の方は(しか)めっ面になり、舌打ちでもしそうであった。



──僕がなんでこんな田舎に!



 実際に心の中では悪態をついていた。


 このシュタイマンと髪や瞳の色が同じで、顔立ちも似通っている、この少年の名前はレイマン・ファルネブルク。目の前に座る壮年の男、シュタイマン・ファルネブルク侯爵の嫡男で()()()



 そう、『あった(・・・)』である……



 レイマンはこのクロヴィス王国の侯爵家で最も権勢を誇るファルネブルク侯爵家の長子として生を受けた。


 当然、レイマンはファルネブルク侯爵の跡取りと公認されており、王都の屋敷で何不自由なく平穏な日々を送っていた。もちろん彼は遊んでいたわけではない。将来は広大な所領を持つ侯爵家を引き継ぐのであるから、幼い頃より高度な教育を施され、幅広く高位貴族の子息たちと交わってきた。


 生来の才能もあったのだろう。努力も重ねるレイマンは学問において同年代の子息達を歯牙にもかけないほど優秀であった。しかも、幼い中でも大人びた彼は、己の能力を鼻に掛けるようなことはせず、高位貴族の子息、令嬢達の常に中心にいるようなカリスマ性の高さも(うかが)える少年であった。


 能力、人望ともに傑出した彼は周囲から将来を有望視されており、順風満帆な日々を過ごしていた。


 そんなレイマンの日々に(かげ)りが見えた。


 レイマンが九歳になった去年のこと。彼の実母が急逝(きゅうせい)した。まだ二十八という若さだった。問題はその後である。レイマンの父シュタイマンが自分の妻の喪が開ける前に後妻を(めと)ったのだ。


 喪中に再婚というのも醜聞だったが、それ以上の問題をこの男は持ち込んだ。


 その後妻が子供を連れていたのだ。しかも、その連れ子はなんとシュタイマンの実子だという。更に(まず)いのは、連れ子はレイマンより一つ歳上であった。つまりシュタイマンはレイマンの実母が存命の時から、この後妻と関係を持っていたのはあきらかだ。完全な不貞行為である。


 母を裏切っていた父が、愛人を喜び勇んで呼び寄せ溺愛した。そして、当然のように庶子であった愛人の息子をも溺愛し始めた。レイマンを嫡子から降ろして、その庶子を嫡子に据えるほどに……


 だが、一族の実権を握るシュタイマンといえども、これはかなりの暴挙であった。親族からも母方の実家からも突き上げを食らった。そこで何を血迷ったのか、シュタイマンは更なる暴挙に出た。


 ファルネブルク侯爵家が持つ所領の一つナーゼルとその伯爵位をレイマンに継がせるというものである。


 シュタイマンの思惑はレイマンに爵位を与えることで、彼を(ないがしろ)ろにしていないと周囲に喧伝(けんでん)するとともに、彼を王都から引き離して、自分は愛する女性と邪魔されずに暮らそうというものであった。


 この様な無体な所業が受け入れられる筈もなく、後日シュタイマンは親族や前妻の実家から激しく糾弾された。


 だが、レイマンにとって爵位や再婚そのものは問題ではなかった。そんなことよりも自分の父を許せない理由はただ一つ。



──母だけではなく僕も裏切った。



 揺れる馬車の中で黙って目を(つむ)り微動だにしない父を、(えん)の籠もった目でレイマンは睨みつけていた。

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[一言] とんでもない父親です。これは軽蔑されるのも無理はありません。
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