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第十八話 廃公子の帰還

 エリサベータとの邂逅から四年が過ぎた。


 エリサベータは毎年春になるとナーゼルにやって来てレイマンと交際し、秋になるとヴィーティンの実家へ戻るという往来の日々を送っていた。


 初夏になるとナターシャが合流してくるのも決まりのようになっていた。


 最初の頃ナターシャは二人の間に入って邪魔をしようと騒がしくしていたのだが、次第に二人の仲を認め始めたのか、最近では通い妻などと揶揄(からか)いエリサベータを羞恥で真っ赤に染めて楽しむだけで二人を傍観するだけである。


 そのエリサベータも去年で十二歳。成長していく彼女は次第に女性特有の丸みを見せ始め、その美貌には益々の磨きを掛けていた。


 ナターシャに言わせれば恋を知ったら女は変わるそうなのだが、エリサベータに恋の自覚はないし、ナターシャはそもそも恋をした事がなかったが……


 何にせよ、春に再会する度に美しく成長していくエリサベータに、レイマンは毎回どきりと心臓を高鳴らせていた。


 今年の春にやって来るエリサベータは十三歳。


 もう大人の女性の片鱗を見せているに違いなく、益々綺麗になっているだろう事は疑いようがない。レイマンはそんな彼女との再会を心待ちにしていたのだが……


 今のレイマンが見ているのは恋しいエリサベータではなく、馬車の窓から王都の街並みであった。


「私がこの都を追い出されて五年か……」


 その五年でレイマンも十五歳となった。一人称も『僕』から『私』に変わっており、それだけ大人に近づいていた。


 王都を出た時はあどけなく美しい少年であったレイマンは、今ではさらりとした輝く銀髪に涼やかで澄んだ青い瞳の美麗な容姿で、令嬢達が頬を朱に染めそうな魅力のある青年へと育ちつつあった。


 そんなレイマンの青い瞳が王都の大通りに軒を連ねる大きな建物を映していた。


「やはりナーゼルの領都とでは比較にならないな」

「当たり前ですよ。幾ら西方の中心と言っても辺鄙な都市ですから」


 レイマンの独り言の様な呟きに、同乗していたカティナが答えた。


 三百年以上の歴史を持つクロヴィス王国。大陸東方の中では最も古い大国の王都は、人口三十万人を越える巨大な都市である。旧態然とした国体ながら未だその威勢に衰えは見えない。


 交易も盛んで、他国の人間も含め、膨大な数の人がひしめき往来を行き交う。この王都には人々はこんなにも多かったのかとレイマンは驚きを隠せなかった。


──以前の私はそんな事にも気が付かない暗愚であったんだな。


 当然、レイマンも王都の人口を数値として把握はしていた。しかし、それは紙面上の知識でしかなく、その数値の向こう側に息づく人々の顔を、活気を、生活を、愛も恋も夢も何もかもが見えていなかった。


 そこに人が生きているのは当たり前の事なのに、エリサベータとの出会いが無ければ、こんな当然の事にさえ気が付かなかった。実感を持っていなかった。


──エリサに出会えた事は私の慶事だった。ナーゼルへ追いやられたのは却って僥倖(ぎょうこう)だったのかもしれない。


 王都に居たままなら愚鈍なままだったと己を省察(せいさつ)すれば、自分を追放した父にも、原因を作った義母や異母兄ゲオルクにも怒りは湧かなくなっていた。


 (むし)ろナーゼルへ送ってくれて感謝したいくらいだ。だからと言って、彼らに好感が持てる訳でもないし、近づきたいとも思わないが。


 では何故レイマンはそれほど大事なエリサベータとの交遊を留保してまで、会いたくもない連中のいる王都に来ているか?


 それは彼が十五歳となり、今年の王都で開催される成人の儀に出席する必要があったからだ。そして、折角だから彼の憂懼(ゆうく)していた事も対処しようと考えていた。その為に彼らを一緒に王都へ連れてきたのだ。


「坊ちゃん。おれぁ王都は好かんのだがな」


 不満顔を隠しもせず不平を述べる庭師のディノの歯に衣着せぬ物言いにレイマンは苦笑いした。


「そうですよ。私もレイマン様とエリサベータ様をくっつけるという使命があると言うのに」


 その隣で女中のカティナも頬を膨らませて苦情を述べていた。


「住み慣れたナーゼルから引き離して二人にはすまないと思っている。しかし、馬車の中で話したように、王都で一人残された弟のヴェルリッヒをなんとかしたいんだ」


 侍女や侍従ならともかく、本来なら女中や庭師が貴族と同じ馬車に乗るなどあり得ない。だがレイマンはこの二人に寂しくしているヴェルリッヒを任せようと懇願する為に無理に同乗させて来たのだ。


「それは私もレイマン様の弟君には同情いたしますが……」

「あっしらでどうにかなるもんでもないでしょう?」


 現在十歳になったヴェルリッヒの今の立場はかなり微妙であった。


 レイマンの親友ギュンターからの定期的に送られてくる手紙によれば、レイマンの異母兄ゲオルクの立場がかなり微妙なようであった。


 貴族としての知識が不足している、貴族としての作法ができていない、貴族としてのルールが身についていない、と兎に角ゲオルクは貴族として落第者であった。にも拘らず、ファルネブルク侯爵の威を笠に着て横暴な振る舞いが目立っているそうだ。


 ナーゼルにいるレイマンには余り被害はないのだが、王都にいるヴェルリッヒはそうはいかない。5歳の時には問題は無かったのだが、十歳になると彼の資質が見えてくる。ヴェルリッヒはそこそこ優秀だったのだ。


 そうなってくると、問題ばかり起こすゲオルクよりもヴェルリッヒの方が嫡子に相応しいと周囲が騒ぎ出したのだ。今はファルネブルク家の当主であるシュタイマンが火消しを行っているが、彼の行状に対する周囲の評価も日に日に悪くなっている。


──早く手を打たないと手遅れになるかもしれん。


 考えたくはないが、彼らが幼いヴェルリッヒを害することも考えられる。そこでレイマンはヴェルリッヒをファルネブルクの屋敷から王都にあるナーゼルの屋敷へ移住させようと考えたのだ。


 本当はナーゼルへ連れて帰りたいのだが、現状ではまだ角が立つ。下手をすれば、ヴェルリッヒを嫡子に考えている親族達までも敵に回りかねない。ここはまずヴェルリッヒの身の安全を確保することを優先した。


 しかし、ヴェルリッヒを王都に一人で残すのは余りに憐れである。彼の寂寥(せきりょう)を慰めてくれる人物を側に置いてやりたい。


 そこでレイマンが白羽の矢を立てたのは女中のカティナと庭師のディノであった。


 ナーゼルの地で一番最初に親密になった家人。


──この二人ならきっとヴェルの味方になってくれる。


 それだけにレイマンにとって彼らは親しみ深く弟を任せるに足りると感じられたのだ。


「二、三年でいいいんだ。それまでにはヴェルをナーゼルへ引き取る算段をつけるから」


 主人に拝むように頼まれて、渋々ながら二人は頷いた。


「さあ、王都の屋敷についたら忙しくなるぞ」


 まずはギュンターと連絡を取り、ヴェルリッヒを引き取る準備をする。それと並行して成人の儀の準備もしなければならない。それ以外にも王都で味方になる人脈を形成しておかなければならないだろう。


 十五歳の身では困難なことは数多(あまた)ある。それでもレイマンは不思議と不安が無かった。


──エリサベータが私の蒙を開いてくれたからだ。


 レイマンは遠く西の地にいるエリサベータに想いを馳せた……

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