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第十七話 廃公子と勝気令嬢の邂逅

「そうなんだ……」


 赤髪の少女は再びジロジロとレイマンに視線を這わせた。レイマンの背後ではエリサベータが祈るように胸の前で手を組んでおり、彼女が「お願いナターシャ抑えて」と小さく呟いていている声が耳に届いた。


──何だいったい?


「ふふふ。私はナターシャ。スタンベルグ男爵の娘です」


 先程までの不作法は何だったのか、赤髪の少女は綺麗な跪礼(カーテシー)で名乗りを上げた。


 その所作はかなり洗練されており、決して無礼な者には見えない。


「スタンベルグ?確かヴィーティンの更に北の男爵家だったか……」

「ええ、そうよ。よろしくね噂の廃公子様」


 あまりに気安い対応に本来なら怒るべきところなのだが、ナターシャが余りに自然な調子なのでレイマンは毒気を抜かれた。


「ナターシャ!失礼よ!」


 唖然とした様子のレイマンに代わって、エリサベータが悲鳴の様な声を上げてナターシャを(たしな)めた。


──言動は不躾(ぶしつけ)なんだが、先程の跪礼(カーテシー)を見る限り礼儀作法はきちんとしているんだよな。


「申し訳ありません!ナターシャは……その……少し癖があって……ですがとてもいい()なのです」


 エリサベータが慌てて謝罪したが、レイマンの方は驚きこそしていたが、面従腹背の貴族子女達に比べナターシャの明け透けな物言いは、彼にとって(むし)ろ好感が持てた。


 それよりも達観していつも大人びているエリサベータが慌てふためく姿におかしみを感じてレイマンはくすりと笑った。


「いいんだよ。エリサ」

「で、ですがレイ様……」

「エリサ……レイ様?……ふーん愛称で呼び合う仲なんだ」


 ナターシャは二人の気安い雰囲気に胡乱げな目を向けた。その視線にエリサベータは気後れしてたじろいだ。


「な、なに?」

「ふーん……」


 ナターシャはレイマンとエリサベータを何度か交互に見比べた後にエリサベータの方で目を止めた。


「……そういう事なの」

「な、何が?」


 ナターシャの意味深な言葉に毅然としようとしながらも動揺が隠せないエリサベータ。


「親友への手紙を出し忘れた理由(わけ)の事よ」

「それは……ちょっと忙しくて……」

「忙しい?手紙を送れない程に?」

「ええ、もう直ぐヴィーティンに帰省するでしょ。だからその準備で……」

「それくらい手紙が書けない程の事では無いのではなくて?」

「ほ、他にも孤児院と施療院への挨拶回りとか……」


 そこでナターシャは顎をしゃくってレイマンを示す。


「後はそこの男との逢瀬とかで忙しかったのかしら?」

「お、逢瀬ぇ!?」


 ナターシャの露骨な物言いにエリサベータの驚きの声は裏返り、彼女の顔は羞恥で真っ赤に染まった。


「全く!男に(うつつ)を抜かして親友への手紙の事を忘れるなんて!」

「そ、そんな!私は……」

「忘れていたでしょ?」

「ご、ごめんなさい……でも本当にレイ様は関係なくて……」

「本当かしら?」


 これは強烈だとレイマンは苦笑いした。あのエリサベータがたじたじだ。エリサベータの珍しい姿は新鮮だったが、このままでは彼女が可哀想だとレイマンは助け舟を出す事にした。


「貴女はエリサの友人という事で宜しいのですか?」

「友人?違うわよ!」


 割って入ったレイマンの顔先にビシッと指を差す。


「親友よ!!大親友!!!」

「そ、そうか。それはすまなかった。僕はエリサと友人になってまだ日が浅く聞いていなかったんだ」

「聞いてない!?」


 レイマンに指を向けたままナターシャが視線をエリサベータに向けると彼女はナターシャの視線から逃げるようにさっと顔を背けた。


「そうなんだ」

「べ、別に話す機会が無かっただけよ」

「レイ様とやらの事は随分と手紙に書いて寄越していた癖に」

「手紙はだって……近況報告を書くから?」


 視線を逸らしたまま言い訳をするエリサベータをナターシャは胡乱げに見ていたが、直ぐに視線をレイマンに戻し彼の顔をじろじろと舐め回す様に見た。


「成る程……私の大親友を(たぶら)かすだけあって綺麗な顔立ちね」

(たぶら)かすって……いや僕は何も……」

(たぶら)かしているじゃない!」


 再びナターシャはレイマンの顔先にビシッと指を差す。


「私のエリサが私に私の為の手紙を出すのを忘れるくらい色ぼけしているのよ」

「い、色ぼけ……」

「だ、だからそれは違っ……」


 否定をしようとしらナターシャに鋭い眼光を向けられ、小さい悲鳴を上げてエリサベータは口を閉じた。


「それにナーゼルへ訪れてからのエリサの手紙ったら、内容はどこぞの伯爵子息との惚気(のろけ)話ばかり」

「ナ、ナターシャ!」


 手紙の内容について暴露されそうになりエリサベータは本当に悲鳴を上げた。


「の、惚気(のろけ)……」

「レイ様!ち、違うのです。レイ様が私の振る舞いを全て受け入れて下さるのが嬉しくて。それで……」


 余りの恥ずかしさに顔を朱に染め、熱くなった頬をエリサベータは両手で覆いながら否定した。しかし、ナターシャの追及の矛先は今度はレイマンに向けられた。


「成る程……そうやってエリサは篭絡されたのね」

「ろ、篭絡って……僕は別に……」

「へぇ下心がない?この可愛いエリサを相手に?全く?これっぽっちも?少しも懸想していないの?本当ね?」

「ナターシャ!レイ様に何てことを言うの!?」


 明け透けな親友の言動にエリサベータは堪らず顔を覆って俯いた。しかし、言われたレイマンはうっと言葉を詰まらせていた。


 レイマンとしては自覚がある。エリサベータはレイマンにとって初恋の相手だ。その想いは共に過ごした時間とともに強くなっている。


 確かにエリサベータの言動に学ぼうとする姿勢はある。しかし、それはエリサベータへの恋心ありきで、だからこそ彼女の振る舞いの全てを受け入れられたと言われれば否定できない。


 逆に言うとレイマンは断言できる。間違いなく下心はあるし、懸想もしていると。そんな彼の態度にナターシャは勝ち誇った顔をした。


「ほら見なさい。この男は邪な気持ちでエリサに近づいているのよ!」

「そんな!レイ様はそのような方では……」


 エリサベータはちらりとレイマンの顔色を窺った。


「レイ様?」


 見られたレイマンは視線を反らして目を泳がせた。それは彼がナターシャの言動に対して後ろめたさを感じているということで……


「え!?レイ様が……私を?」


 そのレイマンの様子にエリサベータは(むし)ろ更に顔を真っ赤にして手で顔を覆ったが、その小さな手では顔を完全には隠せず、その嬉しそうな表情を見たナターシャは叫んだ。


「怪しいと思って来てみれば……完全に逆上(のぼ)せ上がっているじゃない!」


 エリサベータは直観的に物事の本質を掴み、それを己の知識で包むが、このナターシャは直感的(・・・)に物事の核心に至り、そこに本能で突き進むようだ。


 エリサベータの時にも思ったが、ナターシャを見て別の意味で凄い令嬢がいたものだとレイマンは遠い目をした。

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