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第十四話 廃公子の悩み

 それからレイマンはエリサベータに会う度に、花束(ブーケ)をよく贈るようになった。


 その花を選ぶのにはディノに、花束(ブーケ)にするのにはカティナに、レイマンは自ら赴いてお願いした。。


 この家人との接し方は多分にエリサベータの影響を受けてのことだ。レイマンは最初のお茶会以来エリサベータをよく観察するようになっていた。


 レイマンは気が付いた。彼女は自分に無いものをたくさん持っていると。だからレイマンは彼女から様々な事を学ぼうとした。


 だが同時にレイマンは思い悩みもできた。


 ある日レイマンが花壇の前で屈み花を眺めていると、彼のその珍しい姿が通りかかったカランツの目に止まった。


 カランツから見てレイマンは花を見ている様で見ていない。心ここに在らずといった様子に思えて、この義理の息子を心配した。


「レイ?どうした」

「父上……」


 義父の声に顔を上げたレイマンは、やはり少し沈んでいるようだった。


──エリサベータとは上手くやっていると聞いているが……


 エリサベータと付き合うようになって、レイマンは家人との接し方が変わった。一年前と比べて、彼の態度は劇的に柔らかくなった。


 閉じていた心が解放され、元々の彼の気質が現れたとカランツには思えた。人としての幅が広がった様に見える息子に何の問題があるのか、カランツは気になった。


 お互いの顔を見ながら暫く沈黙が続いたが、レイマンの方が先に意を決して口を開いた。


「実はエリサの事なのですが……」

「エリサベータの?」


──エリサベータとの邂逅はとても良いものに思えたのだが……


「エリサは私よりも二つ歳下です」

「そうだな。九歳だと聞いている」

「彼女は凄いですよね」

「そうだな……」


 カランツには段々とレイマンが何に悩んでいるか分かってきた。


「父上は彼女の領地での逸話についてご存知で?」

「まあ、聞いているな」


 そうですかと呟いたレイマンは、エリサベータとの最初のお茶会についてカランツに語った。


「正直に言って、自惚れでもなんでもなく、学問において僕は彼女に負けているとは思っていません」


 カランツは頷いた。


 レイマンの能力は同年代の貴族子弟と比較して群を抜いている。間違いなくこの時代の英才とみなされる日が来るだろう。当然エリサベータよりも上であることはカランツも認めるところだ。


「だけど、何だろ……彼女には勝てないように思えるんです」

「エリサベータは一種の天才だな……」


 カランツの言葉にレイマンは黙って耳を傾けた。


「あの娘は物事の核心や真理を直観的に捉えることが出来る。だから彼女は正しいと思える事を先入観に捕らわれる事なく実行出来る」

「僕はちょっと勉強が出来るだけで何も分かってはいなかったんですね」


 レイマンは落ち込むように項垂れた。


「こんなんじゃ彼女に呆れられますね」


 おやっとカランツは思った。どうやら義理の息子はエリサベータに嫉妬をしていたのではなく、嫌われる事を気にしていたようだ。


 少し可笑しさを覚えカランツは恋に悩める少年を義父として励ます事にした。


「レイが言うように学問に関してお前はエリサベータより優れている。いや、私の知る限り同年代の誰もお前に優る者はいない」

「父上……」

「だが、それでもお前は彼女に勝てないと思っている。それは何故だ?」


 義父に言われてレイマンは理由について考えていなかった事に気が付いた。


「学問に優って勝てない様に思えるなら……それだけでは足りないと言う事でしょうか?」

「学問は、知識はとても大切なものだ。だが持っているだけで生かす方法を知らなければ、その意味が小さなものとなってしまう」

「知識を習得する事で僕は満足してしまっていたのですね。何の為に学んでいるのかを僕は分かっていない。僕は正しい行動の取る為の手段と目的を履き違えていた。エリサは……」

「彼女は他と違う。知識を介さずに直観的に正しい行動を選び取る事が出来る娘だ」

「だから天才だと……」


 レイマンは少し吹っ切れた様な顔付きになった。


「父上、僕はエリサに愛想を尽かされたくはありません。だからもっと努力をしてみようと思います」


 レイマンは思った。エリサベータの見る世界はいったいどんな景色なのだろうかと。その世界に少しでも近づこうと。


「レイマン様!」


 そんな事を心に誓っていたレイマンの元にカティナが小走りで近づいてきた。


「このような所におられたのですか」

「カティナ?」

「さあさあ次のエリサベータ様との逢瀬の場所を決めないと!」

「お、逢瀬!」

「出会いは重ねる事が大事なんですよ!」

「い、いやカティナ、僕とエリスはそう言う関係では……」

「早いか遅いかの違いですって」


 カティナの強引な論法にレイマンはたじたじになった。


「領都の近くに綺麗な湖畔があるのですが……」

「おう坊ちゃん!ここにいたのか。次に嬢ちゃんのとこに持って行く花なんだが、白いカーネーションが綺麗に咲いてな……」


 そこへ庭師のディノまでもが入り込み、三人で随分と気安い話し合いを始めた。


 その光景を見たカランツは、レイマンが本当に家人達に随分と打ち解けたのだなと感心した。そして思った、彼はもう既に大きく変わっている事に、大きく成長している事に気が付いていないのだなと。

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