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第十二話 女中カティナ

 エリサベータとの顔合わせから三日がすぎた。その日、朝からレイマンは自分の部屋の中を落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。清掃の為に入室してきた女中がレイマンの珍しいその様子を見て目を大きく開いた。


「レイマン様?」

「あ、いや、掃除か……すまない」


 レイマンは謝罪すると部屋を出ようとしたが、女中はおやっと思った。


 レイマンの対応にいつもの険が無いように感じられたからだ。ナーゼルの地に来て以来レイマンは家中の者に高飛車な態度こそ見せなかったが、いつも他人に対してどこか冷たく壁を作っていた。


 これは廃嫡時にファルネブルク家の家人達の対応が、粗雑ではないが少し冷淡な扱いへと変化した事に起因している。レイマンは家人達も信用していなかったのだ。


 だから今日のレイマンの普段と違う様子に、女中は思わず声を掛けてしまった。


「どうかされたのですか?」


 出て行こうとしたレイマンは、女中に呼び止められて驚いた表情をした。


「君は?」

「女中のカティナでございます」


 その女中カティナが名乗り跪礼すると、レイマンは右手で口を覆って少し考え、彼女に真剣な目を向けた。


「実はエリサからお茶の招待を受けたのだが……」

「まあ!それは……うふふふ」


 先日の顔合わせで、この少年が美しい少女に恋心を抱いたことは家中の皆が知る所である。


「左様でございましたか。それはようございました」

「あ、ああ……だが、その……服とか……贈り物とか……どうすれば良いかと……」


 レイマンは王都で美しい令嬢達に囲まれていた貴公子だ。お茶会の誘いなどごまんと受けて慣れていた筈で、その事は綺麗な顔立ちの彼を見ればカティナにも容易に想像がついた。


 だが、今回は彼にとって勝手が違うようで、その恋に初々しい少年の姿にカティナは少しだけレイマンを応援したくなった。


「装いは家礼のバルトル様に相談されれば、良きように取り計らって下さいますよ。贈り物に関しましては……」


 カティナが思案し始めると、レイマンはその彼女を期待の目で見上げた。


「最初のお茶会です。まずは余り気持ちの重い物ではなく、気が引けずに受け取り易く、それでいて女の子が喜びそうな物がよろしいでしょう」

「王都の令嬢達はドレスだの宝石だの要求が俗だったが……」


 レイマンが相手をしていたなら相手の令嬢達も十歳前後の少女の筈だ。確かにそれは俗な要望だ。もっと少女らしい可愛いおねだりができないものかと、カティナは苦笑いした。


「私の印象ではエリサベータ様は慎ましいお方とお見受け致しました。(むし)ろ初めての贈り物に高価な物を贈られても喜ばれないかと……」


 カティナの進言にレイマンは頷いた。


「そうなんだ!彼女は綺麗だがとても清純だ。いきなりそんな代物を贈られても不愉快に思うだろう」


 あらあらと、カティナはエリサベータについて語るレイマンの姿を微笑ましく見た。今日のレイマンはとても饒舌だ。この氷の貴公子の凍った心を溶かしたエリサベータにカティナは感謝した。


「だから困っているんだ。王都での経験は役に立ちそうもない」


 シュンと項垂(うなだ)れるレイマンの姿は年相応で、容姿の美しさも相俟ってカティナにはとても可愛らしく見えた。


 レイマンはナーゼルに来てから家人に横柄な態度は見せていなかったが、態度は何処かそっけないものであった。


 廃嫡の経緯を知らされていた家人達は同情していたのだが、この一年ずっと頑なな態度を見せるレイマンから家人達の気持ちが離れ始めていた。


 しかし、恋に悩む少年の愛らしさにカティナは当てられ、今一度レイマンに庇護欲を抱き始めた。


 ここはレイマンの恋が成就する提案をしないといけない使命感にカティナはかられた。絶対にこの少年とエリサベータを結びつけないといけない。


 カティナはなけなしの頭脳を総動員した。


「お花など如何でしょう?」

「花?」

「はい!お花です。エリサベータ様はお綺麗なお方ですが、それ以上に可憐で可愛らしいお嬢様ですからピンクの愛らしいお花がきっとお似合いになりますよ」

「ピンクの花か……」


 頭の中でピンクの可愛い花に囲まれたエリサベータを想像して、レイマンは顔の制御が出来ず口元が弛んでしまった。


 その情け無い姿をカティナに微笑ましそうに見られていることに気がつき、レイマンはわざとらしい咳払いをした。


「いや、うん、いい提案だと思う……だが僕は花に疎い」

「大丈夫です!庭師のディノに相談してみましょう」


 両拳を胸の前でグッと握って迫って来るカティナの圧力に負けて、レイマンはこくこくと頷いた。そんなレイマンの普段と違うあどけない姿に、カティナは心の中で悶えた。


「ディノはもともとファルネブルクの本家で庭師をしていたんですよ!」

「そ、そうなのか?」


 レイマンの味方になろうと決めたカティナの勢いは凄まじく、レイマンはただただ狼狽(うろた)えるだけだった。


「では参りましょう!」


 カティナは強引にレイマンの腕を引っ張った。この女中の有り得ない所業にびっくりしたが、レイマンは彼女から嫌な感じを受けず素直に従った。


 そんなレイマンの変化にカティナは益々レイマンが愛しい弟みたいに思えて、この時からカティナはこの恋する少年の応援をしようと心に決めた。

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