廃公子、蒼玉との出会い
完全版の投稿開始です。
アルファポリスからも少し加筆修正しております。
その時のことをけっして忘れるはしないとレイマンは懐う。
それは彼が生涯の愛を誓った女性との初めての出逢い。
それが彼の生涯で初めて知った恋が齎した胸の高鳴り。
それを彼は生涯、想い出という大切な宝とするだろう。
馬車から踏み台に足をかけた少女の姿を見てレイマンは息を飲んだ。
その光景は優美で幻想的な一枚の絵画そのもの。
薄い水色の簡素だが可愛らしいワンピースに身を包み、従者の手を借りて踏み台に足を掛けた少女の姿は余りに美しく余りに現実離れしていた。
白銀の長い髪は滑らかにさらさらと流れて美しく、その愛らしく小さな唇は可憐な花を思わせる薄桃色で、服から覗く白磁を思わせる白くきめ細やかな肌には染み一つ無い。
もはや一つの芸術。
だが、それらよりもレイマンの心を掴んだのは、彼を真っ直ぐに見詰める二つの蒼玉。
その彼女の長い睫毛の下に収まる大きな瞳は、今まで見たどのサファイアよりも蒼く、美しく、澄み、輝いていた。
「お初にお目文字つかまつります。私はヴィーティン子爵の娘エリサベータ・ヴィーティンと申します」
「お、お、お招きに応じて、く、くださり、か、感謝の念に堪えません。え、遠方より、よ、ようこそいらっしゃいましたエ、エリサベータ嬢」
綺麗な跪礼を披露する少女の愛らしい口から出てきた声は、凛としていて明瞭。レイマンは真っ赤に顔が上気し、心臓が早鐘の様に煩く響く。頭が真っ白になって、体がふわふわする。
「別邸までご案内します」
「ありがとうございます」
レイマンが勇気を振り絞って手を差し出すと、エリサベータはパッと花が咲いたような明るく可愛らしい笑顔を浮かべ、差し出された手に手をそっと添えた。
エリサベータの手はとても小さく華奢で、それでもしっかりと彼女の温もりをレイマンに伝えてきた。
レイマンの心臓がドクンッと大きく跳ね上がり、胸がキュゥっと締め付けられる。自然とレイマンは息を飲み、呼吸ができなくなった。
──どうすればいい?この後はどうすればいい?
レイマンは狼狽して、視線が彷徨う。そんな彼の視界の中で一片の花びらがひらりと舞った。
ふわっ…
優しい風が二人の間を吹き抜けた。
暖かな風が可愛らしい薄桃色の花びらを数片ヒラヒラと運んできた。エリサベータの艶やかな長い髪が小さく乱れ、彼女のスカートの裾が軽く翻る。
風光る季節。
レイマンはその光景に目を奪われ、心を揺さぶられた。何も考えられず頭は真っ白になり、口は言葉を発するのを忘れてあわあわと戦慄き、足は地につかずふわふわと宙に浮いたようにおぼつかない。顔がボワッと熱くなり、心臓はドクドクと痛い程に高鳴った。
少年は添えられていた小さな手を思わずキュッと握り締めた。
これがレイマン・ナーゼルと、後にクロヴィスの双玉の一つ《蒼玉姫》と呼ばれる美しき少女エリサベータ・ヴィーティンとの初めての出逢い。
そして、この日の出逢いが王都で廃公子と呼ばれてナーゼルへと追いやられた彼の初めての恋であり、これから降り掛かる悲運を乗り越えて真実を求めた二人の純愛の物語の始まりでもあった。
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