とりあえず保護します
「ねぇあなた、お父さまやお母さまは何処に居るの?」
「仕事に行ったきり、もうずっと長いこと帰って来ないんだ……」
可哀想なくらいお耳としっぽがぺしゃんと小さくなってしまった。可哀想に、とその子の頭を撫でるわたくしの後ろから「捨てられたんじゃないか?」「シェルター行き決定だな」とデリカシーのない言葉が聞こえてくる。
ホント最低。
ボロボロと溢れる涙を腕でぐいっと拭いながら、それでも唇を噛み締めて声も出さずに泣いているこの子の気持ちなんか、一生かかったってコイツらには想像すら出来ないんだろう。
コイツらがいる所で話したって実りのある話は出来そうもない。私は立ち上がると、ボンボン様達に本日一番の笑顔を向けて言った。
「皆様、ここまで送ってくださってありがとうございました。私の邸もすぐそこですから、今日はここまでで結構ですわ」
「何を言う。たった今アクシデントに遭遇したばかりじゃないか」
「そうだよ、ちゃんと家まで送るよ」
「いいえ、そういうわけには参りません。私、とりあえずこの子を保護しますので、尊すぎる皆様とは行動を共にしない方が良いと思います。皆様のお心遣い、感謝致しますわ」
深々と頭を下げてから、男の子の手を取ってさっさと歩き始める。
後ろで何やら喚いているけれど、あの外聞にこだわる方々が、見るからに孤児なこの子と共に歩くなんて出来ないだろう。さらば、ボンボン共。
「な、なんか叫んでるけど、放っといていいの……?」
不安そうに犬耳を垂らして見上げてくるつぶらな瞳がなんとも言えず可愛い。その不安を出来るだけ払拭できるように、私は努めて明るい笑顔を作って見せた。
「いいのよ。あなたの方が大事だわ。とりあえず、お風呂とご飯が先よね。あなたの話はその後にゆっくり聞くわ」
***
「こ、こ、こ、殺されるかと思った……!」
うちの敏腕メイド、ヒナとカレンに磨き上げられ、うちのお兄様のお下がりを着せられた男の子は、びっくりするくらい身綺麗になっていた。
赤っぽいふわふわ癖っ毛とそこから覗くぴんと立ったお耳も可愛いし、しっぽもおんなじふわふわ赤毛でモッフモフしてて気持ち良さそう。ただ、浅黒い肌は一見健康そうに見えるけれど、圧倒的に線が細い。
きっと栄養が足りていないのだろうと思うと切なかった。
「良く似合っているわ、すっかり綺麗になったわね」
「あいつら何なの!? 人間なのにめちゃくちゃ力強くて怖かったぞ!?」
「うちの敏腕メイドよ。我が家は少数精鋭主義なの。ところでご飯の前にお名前を聞いてもいいかしら」
「ルフ……」
「ルフ、可愛い名前ね」
「父ちゃんは強くてカッコいい名前だって言ってた……」
ちょっぴり拗ねた顔をするのが可愛い。そうかぁ、強くてカッコいい名前なんだ、獣人の言葉で何か由来でもあるのかもしれない。
興味をそそられるけど、まずは一刻も早くご飯を食べさせてあげないと。
「そっか、その話もあとでゆっくり聞かせてね。まずはご飯、食べよう?」