世の中って理不尽だわ
痛そうに顔を顰めて、やっとのことで上体を持ち上げたその子は、私の足が目に入ったんだろう。そのまま視線を上げて……結果的に私とばっちり目があった。
わぁ、素敵な金色の瞳。
もしかして獣人なのかしら、頭の上で可愛らしい犬耳がピーンと立って、全力で音を聞き分けようとしている。小刻みにピクピク動いているのがなんとも可愛らしいんだけど。
「薄汚ねぇガキだな」
「我々の進路を邪魔するとは」
私の周囲から発された冷たい声に、その子がビクッと体を震わせる。
「待って!」
横のデカい体が一歩前へ動いた瞬間、私は思わず跪いてその子の体を守るように抱きしめていた。だってコイツ、絶対にこの子のこと、蹴ろうとした!
「汚いよ、そんなモノ触っちゃ穢れが移る」
「さっさと去れ」
「そう言えばそっちから転がり出てきたな」
そう言ってレイヴン様が左に視線を送ると、パン屋の主人がニヤニヤした愛想笑い全開で頭を下げた。
「すみません、お貴族の皆様がお通りとは知らず……ほらくそガキ、さっさと消えろ」
「盗みか?」
「お……おれ、何も盗ってない! お金だってちゃんと……」
次々に浴びせられる冷たい言葉に震えながら、それでも男の子は必死で手の中の銅貨を見せる。パンひとつ買うのがやっとのお金ではあるけれど、この様子では彼は買い物すらマトモにさせて貰えないのだろう。世の中ってホント理不尽だわ。
「その薄汚れた格好で店に入ってこられちゃ売りもんが全部ダメになる。二度と来ねぇように、ちょいと灸を据えてやったんです」
「まぁ、では物を盗ったりしたわけでもないのに怒鳴って蹴ったの?」
さっきの転がってきた勢い。あれ、絶対に蹴られたんだと思う。怒りに肩を震わせていたら、男共からわざとらしいため息が降ってきた。
「それは仕方がないよ、彼も仕事だ」
「パン屋さんのお仕事はパンを作って売ることでしょう? 子供を蹴り飛ばすのは業務範疇ではないと思うのだけれど」
主に人間性の問題だろう、お前も蹴ってやろうか? と軽く問い詰めたい。
けれど男共はやれやれ、という顔で私とこの子を見下ろしてきた。
「店にとっては評判も大切なんだよ」
「アシェアルが優しいのは分かるけど、帰ったらお風呂に入って服は捨てた方がいいかもね。かなり臭うよ」
それは確かに臭うかも知れないけど……そんなハッキリ言うことないじゃない。この子のお耳としっぽ、可哀想なくらいシュンとしちゃったわよ。
仕方ない、こいつらと話したってムダだわ。常識が違いすぎる。
私は改めて獣人の男の子に向き直った。ちなみに私から離れると暴力を振るわれそうなので抱きしめたままなのは勘弁願いたい。