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戻れなかった者


 アルシエルの従者でなくなってから1週間後、ロウは魔王城に戻ってきていた。

 戦闘は未だに続いており、歩けるものの身体の傷も癒えてはいない。だがあの場所に居続けることなどとてもできなかった。

 なにより、ロウにはやるべき事があった。


(魔王様を失望させたのは私が弱かったからだ。もっと強い力がいる。誰にも負けないような、あの方に必要とされる力が!)


 予想通り城内の者にはまだ解雇された事が伝わっていない為、難なく門番をやり過ごして禁書庫へと向かう。

 禁書庫には不用意に使ってはいけないような魔法が記された本がいくつも並んでいる。ロウはその中からより強力な力を得る方法を調べた。


「……これだ」


 やがて1冊の魔導書に辿り着く。ロウはそれを盗み出し、魔王城を後にした。

 森の奥深くで一人になると、盗んだ魔導書を開く。

 記されていたのは「獣化魔法」。かつて魔王軍いた獣人族の英雄が使用していたとされる魔法だ。

 その魔法は自身をあらゆる獣へと変化させ、強靭な肉体で戦場を蹂躙し、魔王へ多大な勝利を捧げたという。

 同じ獣人族が使っていた為か、獣化魔法の適性があったロウが会得するのにそれほど時間はかからなかった。


「オオオオオオオオオオオ!!」


 輝く月に吠える1匹の獣が生まれたのだった。




「適性があったとはいえ、強力な魔法をそんな簡単に取得できるものですか?」


 アランは話を遮り、疑問を訊ねる。


「会得自体はそう難しくないんだよ。問題は会得してからだ。この魔法は発動は出来ても制御が難しい」

「変身した肉体のですか?」

「まず精神の方だね。獣化魔法は文字通り自らの肉体を獣へと変える。その性質ゆえか、変身した本人の精神は肉体に引っ張られてしまうんだ。つまりは野性的……凶暴になりやすい。必然的に肉体の制御も効かなくなる。自分が壊れるまで全てを破壊し尽くす姿はまさに獣だよ」


 そんな魔法を扱えたのは強い精神と肉体を既に備えた英雄クラスの人物だけであり、魔法の制御ができなかった者は暴走しただの獣へと成り果ててしまっていた。


「獣化魔法を使えば見た目も心も元の人物とはかけ離れたものになる。だから私はあの日、愚かにも気付くことが出来なかったんだ……」




 ロウが魔導書を盗み出してふた月ほど経った頃、アルシエルは戦いを終えて城へと戻って来ていた。


「私の留守の間に何か変わった事はあったか」

「いくつかお伝えすべき点がございますがねぇ……」


 老齢の召使いであるエルガーがふるふると小刻みに震えながら書類を確認する。

 ロウを解雇した事が伝わり、代理として抜擢されたのだ。


「お伝えする前に質問なのですが、何故ロウを解雇なされたのです? 力までお与えになられたほど気に入っていたのではないのですか?」

「……弱かったからだよ。それだけだ。他に理由なんて無いよ」

「そうでございますか……」


 アルシエルはエルガーに目を合わせず、テラスへと歩き出した。

 そよ風の吹く青空の下にある街を見下ろした。


「ではそのロウについてでございますが──」


 エルガーの言葉を遮り、轟音が響いた。

 街の方を見れば煙が上がっている。


「な、何事ですかな……? おや、魔王様は?」


 既に彼女はその場から忽然と姿を消していたのだった。




 





 ふらり、ふらりと街を歩く。

 賑やかな市場で一人一人の話し声がはっきりと聞こえ、様々な種類が入り混じった匂いもそれぞれに違いを感じる程感覚が研ぎ澄まされているのがわかる。

 耳障りなそれらは飢えから来るものだ。

 誰でもいいから喰らえと本能が訴えかけてきている。

 森を出てからは何も口にしていない。多少食べた所で満たされる事はなく、より欲し、食えなくなるまで喰らい続ける事になるからだ。

 獣化の魔法の反動だと分かっていても今更どうすることもできない。

 ロウは捕食衝動を抑えつけ続けて今日まで過ごしてきていた。


(短期間で強い力を得たんだ。このくらいのリスクは覚悟の上だ。それでも大丈夫。私はまだ大丈夫だ。この力を以てあの方の為に……)

 

 フードを深く被ったところで効果があるわけでもなく、一刻も早く目的地を着くために歩みを進める。

 あの方の待つ魔王城へ。


「……もう一度会えたら、きっと」


 胸が高鳴る。手に入れた力は想像以上に強力だった。この力があればきっと考え直して頂ける筈だと確信していた。

 そうしておぼついた足取りで向かっていると、向かいからオークが二人歩いてきていた。


「おい昼間から飲み過ぎだぞ」

「いーんだよぉ。戦の帰りだぞ?久しぶりの酒なんだからよぉ」


 一人は泥酔しており、千鳥足で前へと進む。目の前もろくに見えていない。

 その上、大声で語る酔っ払いオークはかなり人目を引いていた。


「俺は戦場でこうやって剣を振って敵をぶった斬ったんだ!いいか、こうやってなぁ──っと、お?」

 

 下を向いて歩いていたロウも目の前のオークに気付かず、肩がぶつかる。バランスを崩した酔っ払いオークは地面に尻餅をついた。

 その間抜けな様子に通行人達がくすくすと笑う。

 遅れて何が起きたか理解した酔っ払いオークは激怒して立ち上がった。


「こっ、この野郎!」


 ロウの胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。


「ぐっ……」

「お、おい。やりすぎだろ」

「うるせぇ! この俺に恥かかせやがったんだ! 殺してやる!」

「っ、やめ……」

「あぁ!? 聞こえねえな!」


 酔っ払いオークは押さえつけたまま腰から剣を引き抜き、ロウの頭めがけて振り下ろした。


「やめろぉぉオオオオオ!!」


 獣の咆哮が放たれた。


「へ……?」


 もう一人のオークが立ちすくんでいる。気が付けば左半身が血で染まっていた。

 自分の血ではない。

 左を見れば背後の壁が鮮血に染まっている。

 中心にあるのは潰れたトマトのようになった酔っ払いオークと、ソレを壁に叩きつけた巨大な獣の腕だった。


「うわぁあああああ!」


 通行人達が悲鳴を上げて逃げ出す。

 目の前の死体だけじゃない。腕の主である化物が現れたからだ。


「ガァアアアアア!!!」


 左腕を振り抜くと民家がいくつも切り裂かれて崩れていく。

 灰色の体毛に、鋭い爪を備えた大きな二本の腕。

 見た目だけなら頭が狼の人狼族(ウェアウルフ)に近いが、体躯は人間の倍以上のサイズをしている。それが獣化の魔法の姿だった。

 右手に掴んでいたオークの死体を口に運び、噛み砕き、喰らう。

 血を飲み干す頃にはさっきまでの酷い気分はすっかりと消えて満たされているのを感じた。


(そうだ、これが欲しかったんだ。何故我慢していたんだろう)


 だが、それもすぐに消えた。


(足りない。もっとだ。もっと欲しイ。もっとクワセロ。モットチヲ、ニクヲ)

「そこまでだ」


 降ってきた声に顔を上げる。

 空には【魔王】が立っていた。見下ろすその目は【敵】を見据えている。


「……なんのつもりか知らないけれど、これ以上暴れるなら私が相手だ」

「ガァアアア!」


 ロウの意識があったのはここまでだった。

 次に目を覚ました時、視界に映るのは曇り空だった。

 自分が仰向けに倒れていると気が付き、起き上がろうとするが指先一つ動かせない。


(力が入らない……何がどうなって……)


 かろうじて動かせた目で横を見れば、美しい街並みは瓦礫の山へと変わり果てていた。

 惨状が彼女との戦いの壮絶さを表している。

 そして瓦礫の脇を通り過ぎて行く背を見つける。


「ぁ……!」


 残る全ての力を込めて右腕を伸ばす。

 それでも焦がれた背は遠のいていく。


「魔王様……!魔王様っ……!」


 右腕しか残っていない身体でロウは命の尽きるその瞬間まで彼女を呼び続けた。



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