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最初の従者



「貴方が……その墓の人物……従者を殺した?」


 アルシエルはただ墓石を見つめる。

 ふと背後に気配を感じてアランが振り返ると、深くフードを被ったローブの男が歩いてきた。

 男、というのは身長と骨格から。だが顔は見えない。その手には花束が抱えられている事から、誰かの墓参りだろう。


「行こうか。今日は村をあげて祭りを催してくれるそうだ。みんなきっと待っているだろう」

「……わかりました」


 人に聞かれたくない話だろう。アランは大人しくその場を後にした。

 日が落ちて祭りが催される。

 村中に音楽が鳴り響く。笛の音に合わせて太鼓を手で叩く音がリズミカルに跳ねる。

 広場の中心には巨大な火が灯され、村人達はその周りを囲うようにして踊っていた。

 ナッシュは村人の輪に入って踊り、アルシエルはジョッキを上げて酒を飲み干す。


「うーん美味いねこの果実酒!」

「そうでしょうそうでしょう! 森の恵みをたっぷり使った村自慢の果実酒でございます! ささ、もう一杯!」


 空になったジョッキに村長が酒を注いでいく。

 ジョッキを持ってない右手は空いているわけでもなく、肉の串焼きが握られている。

 一口大の肉を串から口へと放り込み、溢れる肉汁と柔らかい肉を口の中で味わってから飲み込む。そうして空いた口に今度は波打つ果実酒をかっ喰らう。


「ん~~っ!」


 料理と酒の無限ループにアルシエルの手は止まらなくなった。

 広場では曲芸が始まり、男達がその強靭な肉体を披露する為に跳ねたり回転したりナイフをジャグリングしたりと祭りを盛り上げていった。

 やがて夜も更けてくると、次第に音楽も緩やかなテンポへと下っていく。


「んー……ちょっと箸休めしようかな。風に当たってくるよ」


 ひとしきり食べ終えたアルシエルは丸太の椅子から立ち上がり、席を外す。


「誰か護衛を……」

「大丈夫」


 そう言いながらも、アルシエルは両手にはジョッキを持って行った。

 広場から見える家の前で立っていたアランにジョッキを一つ渡した。


「場所を変えようか」

「……そうですね」


 少し歩いて村の裏手にある崖下にやってくると、アルシエルはアランを抱き抱えて跳躍した。


「うおお!?」

「いい景色だろう?」


 頂上まで一気に飛び越えて足をつける。

 崖淵に腰掛け、足を遊ばせながらアルシエルは眼下の祭りを眺めた。

 ジョッキを傾けて酒を飲み干し、一息。


「……彼はこの村の出身だった」


 アルシエルは彼について語り始めた。



※※※



「お、お待ちください魔王様!」


 青年はいくつもの書類を抱き抱え、先を歩くアルシエルを追って廊下を走る。

 彼女はそれでも止まらず、先へ先へと進んでいく。

 それは二人の関係性をよく表していた。


「本日のスケジュールはこちらになります。ハードスケジュールですけど頑張りましょうね!」

「………………」


 狼の耳を細かく動かしながら、彼は笑顔で拳を掲げた。

 従者の名前はロウ。狼の獣人だが、雰囲気は人懐っこい犬の様な青年だった。

 身長がアルシエルより低いのもあってか、懸命に後ろをついて回る様子がより犬を連想させる。

 だが、当時の彼女はそんなことすら考える暇もなかった。【魔王】となったばかりで魔界全体が不安定な状態に陥っており、問題が山積みになっていたからだ。

 魔界の統治を早々に済ませなければ人間との戦争どころではない。アルシエルは多忙な毎日を送っていた。

 そんな日々でもロウは彼女に付いていき、できる限り彼女の要望に応え、サポートしていた。

 やがて魔界の統治も落ち着きを見せ始めると、今度は人間界との対立が問題となる。


「自ら戦場に出られるのですか?」

「ああ。今度のは大規模な戦になる。私が戦う可能性は高い」


 アルシエルは書類にサインをしながらロウの質問に答えた。


「そう、ですか…」

「……何か言いたそうだが?」

「いえ、自分も戦う力があればと思っただけです。私は獣人としての身体能力は高い方ではありませんので、早々に兵士は諦めました」


 獣人の中でも狼人族は特に戦闘力の高い種族だ。だがロウからは戦う者の気配は感じられない。

 「これでも努力はしたんですけどね?」とロウは頬を掻いて苦笑する。


「諦めたつもりでも駄目ですね……戦いに赴く人達を見ると自分もその中に加われたらとふと考えてしまいます」

「そうか」

「あ! 魔王様の従者である事に不満がある訳ではございませんよ!?」

「そうだな。わかっている」


 アルシエルは淡々と滑らせていたペンを置いて立ち上がると、隣りに居たロウに向き合う。


「……ロウ。右手を出せ」

「……はい?」


 ロウの右手をアルシエルの両手が包み込む。

 彼女が目を閉じると、包まれた右手が中で輝き出した。

 わずか数秒で輝きが消え、アルシエルは両手を離す。

 ロウの右手には赤い紋章が刻まれていた。


「これは……!?」

「魔剣の持ち主である私が認めた者にはその力の一部を分け与える事ができる。君を私の従者として認める。この力に相応しい働きを期待する」

「ま、魔王様……!ありがとうございます!全身全霊を以て貴方に尽くします!」


 ロウは片膝をついて忠誠を誓う。

 これが【魔王】アルシエルの最初の従者の誕生だった。



 それからの戦場にはアルシエルの後ろに立つロウの姿が見えるようになった。

 魔剣の力を分け与えられたロウは魔力により灼熱の剣を生み出す。鎧をいとも簡単に溶かし、中まで焼き切る力だ。

 その力を以て戦場を駆る事は魔王の為、国の為、自分の為に役立てることであり、えも言われぬ快感だった。

 だが、ロウがアルシエルの為に戦えば戦うほどに彼女にとって裏目に出ていた事を二人の最後の戦場でようやく知った。


「ロウ!いるのか!?返事をしろ!」


 戦場に戦塵が吹き荒れて視界を塞ぐ。

 聞こえてくるのは剣の打ち合う音や痛みに喘ぐ悲鳴ばかりだ。


(ひどい混戦だ……)


 敵も味方も分からずに武器を振り回す兵士達。

 この状況でロウを探すのは不可能に思えた。


「!」


 戦塵を突き破り、敵が現れる。一人だ。

 両手に双剣を構えて真っ直ぐに突撃してくる。

 応戦しようと切っ先を向けた瞬間、横から影が飛び出してきた。

 炎を纏った両手剣が双剣を受け止める。


「魔王様!こいつの相手は私が!」

「ロウ!?」


 2つの影がぶつかり合いながら空へと跳ぶ。

 互いの剣が空中で激しく打ち合う。


「ぐうっ……!」


 二本の剣が風を纏う。不自然に渦巻く風は魔法によるものだ。

 風が刃となり嵐のように放たれる斬撃を払い落とす。それでも身体の至るところに切り傷が増えていき、捌き切れなかった。


「負けるものか!私は魔王の従者だ!」


 ダメージも厭わず、決死の覚悟で力を込めて剣を振り下ろす。

 だが、その刃は届く事はなかった。

 剣身は敵の右の剣で砕かれ、左の剣はロウの右肩から脇にかけて身体を切り裂いたのだった。

 落下したロウは受け身も取れず倒れ、敵はそんな彼に切っ先を突きつける。

 その剣が振り下ろされるのを、爆炎が遮った。


「そこまでだ。次は私が相手をしよう」


 片手に炎を浮かべ、近づいていく。

 立ち尽くす相手を砂塵が隠した。アルシエルは再び炎を放ち、辺り一帯を焼き払う。しかしそこに死体は一つも無かった。


「逃げられたか」

「……魔王……さま……」

「ロウ!まだ生きてるな!?」


 どこまで追い掛けて殺してやりたいところだが、ロウを治療する為に彼を抱えてすぐさま治療所へと転移する。


「……っ!」


 ベッドに彼を寝かせて、改めて彼の負った傷を見る。大きな致命傷は胸の傷だが、他にも身体中に夥しい数の切り傷があった。

 それだけではない。古くなった傷痕がいくつもある。今回の戦いより以前から彼はボロボロになりながらも戦っていたのが見て取れた。


「ロウ……」


 治癒魔法使い達がベッドを囲い、治療を始める。

 朦朧としていた意識は次第にハッキリとしていった。


「ひとまずこれで命の危険はありません。ですが身体の損傷はかなりのものです。暫くは絶対安静です」

「わかった。ありがとう」


 治癒魔法使いが天幕を離れると、アルシエルはロウの右手に触れた。


「魔王様……申し訳ありません。力を賜っておきながらこの様な失態……」

「気にするな。単独で私をの首を取りに来るほどの手練だ」

「しかし……」


 戦場に現れた謎の敵。アルシエルは姿をハッキリと見る事は出来なかったが、二刀流の風魔法使いとなればそう多くはないはずだ。生きていれば後に名を馳せる者になるだろう。

 だからロウが敗れたのも納得はできる。



 だが受け入れることはできなかった。



「次こそは必ず……」

「いや、これ以上はもういい」

「え?」


 ロウの顔から表情が抜け落ちる。

 言葉の意味がよくわからなかった。

 もういい、とはなんのことだ。

 彼女の表情はひどく落ち込んでいるようで。

 その唇が小さく動き、残酷な言葉を告げる。


「もう戦わなくていい」

「……待ってください。今回は確かに手酷くやられたのは認めます。ですが戦えなくなったわけじゃありません!まだお役に立てます。命だって惜しくなんかない!」


 右手で彼女の腕をかろうじて掴む。だが、負傷した身体では握り締めることもできず、少しの動きで振り払われた。


「駄目だ。君に力を与えたのは失敗だった」

「なっ……」


 ロウの右手から紋章が消える。与えられていた力が無くなったということだ。

 アルシエルは席を立ち、背を向ける。


「故郷に帰って穏やかに過ごすといい」

「そんな。待ってください……魔王様、魔王様!」


 アルシエルは振り返ることなく天幕から出ていく。

 ロウは身体が軋むのも構わず腕を伸ばす。だがそれが精一杯。

 そうして彼女は彼の前から去ったのだった。

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