秘薬を求めて
部屋の扉が開かれる。アルシエルが中から出てくるのと同時に廊下の奥の扉からぞろぞろと魔族が退出していった。
「お疲れ様です。会議はどうでしたか」
「相変わらず骨が折れたよ。勇者に勝っても問題は山ほどある。政治や種族間の争いとか。こればかりは魔剣でどうにかなるものではないからね」
執務室へ向かう廊下を歩く魔王の後ろに控えてついていく。
「だが、その魔剣で解決すべき問題もあった」
「というと?」
「まぁ……そろそろ本格的に人間界を滅ぼしてはと進言された」
アランは思わず足を止めかけるが、悟られないようになんとか一歩前へと踏み出していく。
「それで、なんと?」
「その前にまず滅ぼすかどうかという議論にもなってね。勝利派と和平派で割れたんだ」
魔界の魔族も一枚岩ではない。多様な種族の中には争いを好まない者も多い。
「元々派閥は分かれていて今回も議論は平行線だった。勇者がいない今、わざわざ和平交渉をする必要も無いという勝利派の方が優勢でね。あとは魔王様が勝利に導いてくれるだけだとさ」
アランが執務室への扉を開き、アルシエルは倒れるように椅子に座った。
「それでは、前線に立たれるので?」
「いいや。この聖痕があるかぎりコンディションが悪い。それでも勇者が居なければ負けは無いが、不測の事態が起きればどれだけの被害を出すか分からない」
万全の力であれば何が起きようとも問題にならない。魔王の力というのはそれほどまでに強力無比なものなのだ。
魔族の勝利はもはや揺るがない。それでも人間界側に降伏の意志はなく、滅びるまで戦うのだろう。ならば問題は勝ち方だ。
戦いでより被害を少なくする為には護れるだけの力を取り戻す必要がある。
「聖痕の解析は続けているがまだまだ解除には時間がかかりそうでね。それも待ってられなくなってきたようだ。」
そこでだ、とアルシエルは不敵に笑った。
「出掛けるよ」
△△△
魔王御用達の箱馬車を走らせること3日。アランとアルシエルは魔界の西に位置する「トーグ大森林」の入り口にやって来ていた。
「ここから森の中に入っていいんスか?」
御者を務めていたナッシュが運転席から訊ねる。
「ああ、用はその先にある」
「了解ッス」
「ていうかなんでコイツ連れてきてるんです」
「人手が欲しかったから」
従者の今更な疑問に魔王は平然と答える。
「今回はお忍びで来てるからね。事情を説明する相手は増やしたくない。その点彼は聖痕の話をしても誓約のおかげでバレる事はないから事情を話せる相手だ。聞いた上で金を積んだら喜んで引き受けてくれたよ。少人数で行くことは先方にも伝えてあるから問題は無いはずだ」
「毎度あり~ッス」
窓越しに人差し指と親指をくっつけたサインが見えた。
「先方? 誰かに会うんですか」
「ああ。と言ってもそれが目的じゃない。目的地の手前で村に行くんだ」
森の中の切り拓かれた道を通っていくが、いつまで経っても景色は一向に変わることが無い。
「……迷ってないよな?」
「一本道じゃ迷いようが無い、と言いたいところッスけど……こうも景色が同じだとそれも疑いたくなりますねぇ。結構奥深くまで来ましたよ?」
「いや見えてきた。あそこを目指してくれ」
窓から顔を出したのアルシエルに釣られて反対の窓をアランも開ける。
遠くに切り立った崖が道の先に見えてきた。
「あの崖下まで行けば村がある」
ナッシュは言われた通りに馬を走らせると、すぐにその村に到着した。
「我らが村へようこそお出でくださいました。〈魔王〉アルシエル様。私は村長のワンダです」
頭の上に獣の耳を生やした獣人族の村長はアルシエルの前で跪いてみせる。
「面をあげてくれ。こちらこそ急にすまないね」
「とんでもない。魔王様であればいつでも大歓迎でございます。目的はアレでございましょう?」
「ああ、そうだ」
「おお! ついにこの日が来たのですね。それでは早速ご案内します」
村の雰囲気はとても穏やかだった。
子供達が村の中心にある広場で遊び、大人達は狩りや裁縫などの仕事をしている。
男は狩りが仕事のようだが、それとは別に戦闘の訓練をしている者達が見えた。素手による組手が行われている。
「あれは?」
「ああ、あれは戦士を育てているのです」
「というと、魔王軍へ入る者ですか?」
「いえいえ違います。ここにはいざという時の為に戦士が必要なのです」
村長の答えの意味が分からないまま、アランは彼の後ろを付いていく。
一行はそのまま村突っ切って外へと出てしまった。
「さぁ、着きましたよ」
村から少し離れた場所で村長は足を止めた。
そこには何も無かった。森の中に不自然なほどの草木の一本も生えていない場所があった。
村長はそこへ向けて手をかざして魔法を発動させると、空間に穴が開いて次第に広がっていった。
「これは……結界?」
「そうです。そしてこの中にある祠が……『ダンジョン』への入り口になります」
分厚い扉が開いて地下へと続く長い階段が現れる。先は暗くどこまで続いているのかも分からない。
「これが今回の目的ですか」
「そうだ。このダンジョンの最奥には秘薬『エリクサー』が眠っているとされている。それを取りに来た」
「このダンジョンは未だかつて踏破した者はおらず、最早〈魔王〉様にしか踏破出来ないと言われておりました。いつかいらっしゃるのではないかと皆心待ちにしていたのです」
「そんなに難しいのですか」
「ええ。かつてここがダンジョンとなる前は大魔女ドロテアの魔法の研究施設だったのではないかとされています。彼女がここを去った後、魔物達が住み着き、ダンジョンと化しました。このダンジョンは全部で地下13層ありまして、様々なモンスターが生息しております。もっとも進んだ者で最奥の部屋まで辿り着いた者もおりました」
「なのに踏破出来なかった?」
「はい。エリクサーがあるであろう最後の部屋にはダンジョンボスであるゴーレムがいるらしいのですが、生還した者曰く『奴にはどんな魔法も通じない』のだそうです」
「なるほど。手強そうですね。魔王様でも厳しいですか?」
「そうだねぇ~手こずるかもねぇ~?」
首を傾げて眉を八の字にしながら悩んで見せる姿はあまりにもわざとらしい。
「思ってませんね」
「まぁね」
「余談ではありますがダンジョン内で古い日誌も見つかっていまして、そこにエリクサーの文字が記されていることから最奥に眠っていると考えられています。その護り手としてゴーレムが設置されているのでしょう。ところで私としてはダンジョンに挑まれるのを待ち望んではいたものの、今回はどうして挑戦する気になったのですか?」
答えにくい質問だが当然の疑問にどう答えるのかとアルシエルの顔を見るが、自然な表情で答える。
「必要になったから取りに来ただけだよ。何に使うかまでは教えられないな」
「……そうですね。差し出がましい質問でした」
「構わないよ。村に戻ろうか」
「あれ、このまま行かないんですか」
「ダンジョンは広い。今日は休んで明日から潜るとしよう」
一同は村へと戻る。
日が暮れ始めた頃には村の中央広場は人が集まってきて、演奏が聴こえてきた。魔王様を歓迎する宴会を開くそうだ。
「ナッシュ、ちょっと来い」
「なんスか旦那」
民家の間を抜けて人気の無い場所でアランとナッシュは二人きりになる。
ここなら他人に話を聞かれる心配がない。
アランは家の壁に背を預けて腕を組み、大きく吸って溜め息を吐き出した。
「ふー………………………マジでやばい事になった」
アランの顔から一気に滝汗が流れ落ち始めて全身で上下に震える。
「魔王がエリクサーを手に入れたら完全に詰みだ。本当にまずい事態だ」
「姐さんの傷……聖痕を癒すって話ッスよね。力を取り戻す必要があると一応説明はされたんですけど」
「ああ。今の魔王は聖痕の影響でパワーが落ちてるはずだ。だから俺はアイツ自身の力で封印している聖剣を取り戻す隙があるはずだと思っていた。それが針の穴程であってもな。けどそれすらも閉じてしまったら本当にどうしようもなくなる」
「まずエリクサーって実在するんスか? あったとして聖痕に効くんスかね」
「無ければラッキーだが有ると仮定するしかない。効果に関しては使ってみない事にはわからないな。だが今でさえ聖剣を取り返す方法がないのに魔王に全快されたら即時間切れだ。何としても阻止するしかない。もっと言うと俺達が阻止したとバレずに阻止する必要がある」
「敵意がバレたらどのみち殺されますからね。それで、阻止する方法は?」
「…………ダンジョンに先に潜って『実はエリクサーはありませんでした』オチにするとか」
「……全13層の広大な迷宮を明日の魔王突入より早く?」
「……無理だよなぁ。どうしたものか」
呻りながら悩むものの名案は浮かばず、時間だけが過ぎた。
従者という仕事がある以上長くアルシエルから離れるわけもいかず、アランは一度彼女の元へと戻ることにした。しかし宿に彼女の姿はなかったので村長を訪ねてみる。
「魔王様がどちらに行かれたか知りませんか?」
「先程村の墓地へ行かれましたよ」
「墓地?」
アランは首を傾げた。
教えられた道を通り、村から離れた場所にある墓地を訪れた。
アルシエルは墓石が整列されている墓地とは別の、一つだけ建てられた墓の前に立っていた。
「知り合いで?」
「……ああ」
「……差し支えなければ、関係を聞いても?」
「いいとも。君には教えるつもりだったから」
アルシエルはこちらを向かず、口だけを動かした。
「これは従者の墓だ。君の前のね」
「私の前の……」
アルシエルが従者をつけていなかったのは無茶な要求や気まぐれが多いからという話は初めに聞いていた。おそらくこれはそうなる前の話だ。
「病気かなにかで?」
「…………」
「魔王様?」
「違うんだよ、アラン」
「違うとは、何が」
「私が殺したんだ」
彼女は背を向けたまま静かに呟いた。




