買い物
「さて、そろそろ話を始めようか」
アランとハイドの関係について話すのは予定外だった為少し時間は押したものの、ようやく三人は本題に入る。
「では、私は外に」
「いいやアラン、君は残ってていいぞ」
「しかし、『部屋に誰も入れるな』と仰っていたのでは」
「君には話してもいいと言っただろう?」
「本当によろしいのですか?」
「ああ、君にも彼との取引を手伝ってもらおうと思っていたところだ。元々そのつもりだったのだが、知り合いなら尚更都合が良いだろう」
「……分かりました」
自分の隣のスペースを叩いて隣に座れと指示するアルシエル。
アランは緊張しながらソファに腰掛け、彼らの話に加わる事になった。
「さて、それじゃあウチの商品を見てもらいましょうかね」
ハイドは腰につけていた小さな麻袋に手を入れると、中から沢山の品物を取り出して紹介しながらテーブルに並べ始めた。
小銭くらいしか入らないようなサイズの袋から剣や宝石などが次々と出てくる。
空間魔法の掛けられた魔法道具で魔法鞄の一種だ。中身自体が異空間になっているものや、あらかじめ登録した空間に繋がっているものなどがある。
商品を取り出しながら、ハイドが解説を始めた。
「今回も色々と仕入れてきましたよ。まずはこちら、世にも珍しい一角獣の角です。一角獣を狩ってすぐに加工したもので状態もかなり良い。お次は竜殺しの剣でございます。名誉ある剣とも呪われし剣とも言われてますね。しかしどちらにせよ他にはない名剣であるのは間違いない。そしてこちらは目玉商品、幸福を呼ぶ壺でございます!この壺を飾るだけで次々と幸運に見舞われたちまち幸福になると言われております!おっと、これでは時間が足りませんのでどんどんいきましょうか。未来の見える水晶にいつの間にか髪が伸びる不思議な人形にそれから……」
ハイドが勧めてくる商品は明らかに怪しい商品がほとんどだが、それを差し引いてもどれも高価そうな物ばかりだ。
────何故、魔王はこんな男を呼んだのだろう?
何か買い物をしたいにしても、こんな男である必要は無いはずだ。
アランが疑問に思いながら様子を見てると、ハイドから驚きの商品が出てきた。
「これをオススメするのは少し気が引けますが怒らないでくださいね? こちら人間界屈指の画家であるカーディルの作品で題名は『旅立ちの勇者』でございます」
アランは絶句した。開いた口が塞がらない。
豪勢な額縁に入れられた絵には丘の上に立つ勇者の後ろ姿が描かれていた。
イーゼルスタンドに載せられた絵画がテーブルの隣に置かれる。
─────これかっ……!
今はっきりとわかった。アルシエルはこの為にハイドを呼んだのだと。
行商人で魔界にまでやってくる者はまず居ない。人間界で盗賊に襲われるより遥かに怖い危険がわんさかある場所でいくら稼げたとしても殺されるのがオチだからだ。
となれば、魔界にやってきた上に勇者関連商品を売っているハイドはアルシエルにとって貴重な存在どころの話ではない。
アルシエルはハイドの得意先として契約し、勇者グッズの入手経路を確立したのだ。
しかしここでまた疑問が浮かび上がる。
ハイドはこの魔王が勇者を好きだと知っているのか、ということだ。
今のところは知っている様には見えない。
「これで今回お持ちした商品は全てになります。お気に召した物はありましたでしょうか?」
「ああ。全部はまとめて買い取る」
「……魔王様ちょっとこちらへ」
「えっ、なんだい。どうしたアラン」
聞き捨てならないアルシエルの発言に待ったをかける。
二人は席を外し、ハイドに背を向けて部屋の隅で声を潜める。
ここまでは冷静だった。
(どんな買い物してんですかアンタ!)
(な、なんだ急に。文句があるのか!)
(大アリですよ。欲しいのは勇者の絵画だけでしょ!それをわざわざ全部買ってカモフラージュする気なんですか)
(これならバレないからね)
(費用がかかり過ぎなんですけど。無駄が多すぎますよ)
(ひ、必要経費ってことで……)
感情が爆発したアランをなんとか納得させようと試みるが、彼は呆れた顔のまま首を横に振る。
(駄目です。この様子だと今までも同じ買い方してるんでしょう?総額を想像したくもないですが部屋の中のグッズの数から察して、勇者好きに匹敵するくらいバレたらまずい金使いの荒さです。というか、本当に買うのやめたほうがいいですよ。物が増えれば増えるほど見つかる可能性も増えますから)
(……それは、分かってはいるけどさ)
アランの言う事は至極真っ当だ。
だからアルシエルは反論もせず、ただ俯くだけ。
────取引を任せたかったのは事情を知っている上で人間とでも取引できると踏んだ、といったところか。
私用とはいえ任せられる所は任せたかったのだろう。
それくらい〈魔王〉は忙しい。側で見ていればそれはよくわかる。
王の威厳を保ち、公務をこなし、魔界を守る為に戦う。
それでいて好きなものを、好きな人を嫌いでいなければならない。求めてはいけない。
────それは、いくらなんでもあんまりだろう。
アランは一つため息を吐くと、腹を括った。
「……分かりました。グッズの購入は認めます」
「え?」
「ただし、魔王様には覚悟して頂きますがよろしいですか」
「わ、わかった」
アルシエルは何度も首を立てに振る。
「よろしい」とアランは彼女と共にハイドの元へと戻った。
────これで俺の意思で秘密をバラすわけではなくなったはずだ。
「話は終わりました?」
「ああ、とりあえずさっきの魔王様の発言は取り消す」
「ほう」
「魔王様、以前私に使った誓約書ってもう一枚ありますか?」
「え?ああ、あるが……」
アルシエルが手を翳すと空間に手のひらほどの黒い穴が現れた。その中に手を突っ込み、誓約書を取り出す。
これも空間魔法の一種で魔法鞄と使い方は変わらないが、鞄を持ち歩く必要がない事や異空間のサイズを自分で決められるという利点があるため、かなり高位の魔法とされる。
商人には魅力的な魔法でハイドは異空間を羨ましそうに眺めていたが、誓約書を目の前に差し出されて視線を落とした。
「アランの旦那、どういうおつもりで?」
「まず順を追って説明する。魔王様は今までお前からすべての商品を買っていたが、それは本当に欲しいものをバレないようにするためだ。」
「それはまぁわかりますよ。魔王が勇者の絵を買ってどうするんだろうとか思いましたし」
────魔王が隣で静かにダメージを受けているが今は置いておこう。
「そして魔王様はそのやり方で『自分にとって本当に価値があるもの』を悟られずに買ってきたわけだ。やり方は今知ったが、欲しい商品は俺も知っている」
「……おおっぴらに買うとまずい物なんですかい?」
「ああ、非常にまずい。公に買って周りに広まったら困る。その本当の価値を分かっているのは魔王様だけなんだから、他人に渡ってほしくはない」
「待ってください。それはつまり、この中に俺が知らない価値が眠っていると?」
「そうだ。けれどそれが良いとも悪いとも言えない。秘密だからな」
魔王だけがその価値を知っている物。
自分の売っている商品の価値を知らないとなれば、商人としてこんなに愚かな事はない。
良い意味でも悪い意味だとしてもだ。
『今まで売ってきた中に』ならばさらに悪い。 商売のチャンスを何度も不意にしていたかもしれないからだ。
そしてハイドはある可能性に気が付いた。
「まさか、本当に幸福を呼ぶ壺だった……?」
「それは無い」
「冗談ですよ。続けてくださいな」
「……とはいえ毎回その商品一つの為に全ての商品を買い取る、というのは費用面で全く宜しくない。なので必ずその商品を買う代わりに、こちらからはその商品と秘密を教える」
「!?」
「ふむ」
アルシエルが驚いた顔がアランに向く。
────こっち見んな。下手な動揺で怪しまれたらどうする。
覚悟してもらうと言ったでしょう、というアイコンタクトを返すとアルシエルは不安そうなまま首を戻した。
「けれどアランの旦那、最悪でも俺としてはこのままでも別に構いやしないんじゃないですかね?今のやり方でも俺は得したままですから」
「そうは言うが、どの商品が求められているのか分からないままこれからも売りに来るのか?これまでだって魔王様が一切買わなかった時はあった筈だ」
「それは……確かにそうですね」
「今後ずっとそうなる可能性は大いにある。希少性がこれから上がる物だからな」
「……へぇ」
ハイドは今、ヒントを貰ったと思ってくれたようだ。
商品の中に思い当たるものでもあるのだろうが、まさか勇者の絵だとは思っていないだろう。
このやりとりはなによりも商品を勇者グッズだと思わせない事が大事だ。
その上で、誓約書にサインをしてもらう。
────もしバレたら俺は誓約を破った事になり、死ぬだろう。こんな事で命を掛けなきゃならないとは……。
「ではこの誓約書は?」
「この秘密は魔王様が誰にも伝えていない。だから『魔王様の秘密を他者に伝えない』という誓約をしてもらいたい」
「絶対に他人に知られたくないし買われたくない、というわけですね」
「そうだ。悪いがこれは誓約書だ。必要なら契約書も後で用意するが、まずはこれにサインしてもらわないと話は進まない」
「……分かりました」
ハイドは誓約書に名前を書き込むと血判を捺した。
誓約書は跡形もなく燃え尽き、ハイドに誓約がかかる。
アランはようやく深い息を吐いた。
「さて、教えてもらいますよ魔王様、アランの旦那。お求めの商品はどちらで?」
「魔王様、お願いします」
アランが直接言うと彼自身の誓約が発動して殺される可能性がある為、アルシエルが自らの意志で答えるよう促した。
俯いた彼女は小さく呟く。
「……えだ」
「え?」
「勇者の絵だ!『旅立ちの勇者』!私は勇者が大好きなんだ!」
顔を上げ、ヤケクソに言い放った。
勇気が要ったのだろう。顔を真っ赤にしながら息を荒げている。
対してハイドの反応は、硬直。
「……え?」
「だから絵だって」
「いやすいませんそうじゃなくて……えっ?」
ハイドは呆けたまま信じられないとアランへ視線を向ける。
───馬鹿こっち見んな。話を続けろ。
前髪に隠れた目から困惑しているのがよくわかるが、アランは表情を崩さずに目線でアルシエルを指す。
「ま、魔王様は勇者がお好きだったんです……?」
「そうとも。聞きたいことは色々あるだろうが面倒なのでアランに聞いてくれ」
「旦那ァ!騙しましたね!?」
ようやく理解が追いついたハイドはアランに噛み付いたが、彼は顔色を変えない。
「嘘は一つもないが?」
「そりゃただ好きで欲しがってるなら魔王様にとっては価値があるものですけど、まるでものすごい珍しい物みたいに。希少性が上がるとかなんとか言っちゃってましたけど」
「負けた勇者を人間達は今も讃えてるんです?」
「……いいえ。大バッシングですね。聖剣まで奪われたのは歴代〈勇者〉史上最大の恥とまで言われてます」
「やっぱり今滅ぼすか人間」
アランの魔族としての問いにハイドは魔族に教えるように答える。
二人は互いを魔族と人間という立ち位置を演じているが、そんな事よりもアルシエルは勇者へのバッシングに怒っていた。
右手に乗せるように燃え上がる火の玉を作り出した彼女をアランは冷静に宥めた。
「落ち着いてください。言いたいのは、それなら今後その勇者の関連するものは入手が困難になるのではないか?という事です」
「確かに今後入荷する予定はありませんね。……言ってる事が嘘ではなかったのは認めますが、なんか釈然としないんですけど」
「悪かったよ。でもそのまま『勇者の絵が欲しいので売ってくれ』とは言えなかったんだ。俺にも同じ誓約がかけられているし、誓約無しで知られたら殺すしかないらしいから」
「……まぁいいですよ。それで、今回は『旅立ちの勇者』をご購入頂くということでいいですか」
「ああ、いくらになる?」
アルシエルが尋ねると、ハイドはようやく商売の話になった事で笑顔になった。
「こちらは金貨100枚になりますね」
「絵一枚で金貨100枚!?」
あまりの大金にアランは飛び跳ねた。
通貨は三種類あり、価値の大きい方から金貨、銀貨、銅貨に分けられる。
中でも金貨は銀貨のおよそ100倍の価値がある。
絵一枚にそんな価値があるとはとても思えない。
モデルが自分だと思えば安くても困るが、とはいえ高すぎても恐ろしい。
その様子を見てハイドはしたり顔で語る。
「分かってないなぁ旦那。人間界屈指の画家、カーディル先生の作品だよ?むしろ安いくらいですわ」
「でもこれは流石に……」
「アラン……」
「っ……分かりましたよ」
────〈魔王〉がそんな子猫のような目でこっちを見るな。
値切ろうかとも思ったが既にハイドには誓約をしてもらうなどの譲歩もしてもらっている。これ以上は無理だろう。
アランは大人しく金貨を用意すると、きっちり100枚を手渡した。
「毎度あり。今後とも宜しくお願いしますねお二方」
「ああ、次からは堂々と勇者の商品を買わせてもらうよ。難しいかもしれないが手に入れてくれ」
「任せてください。暫くは魔界の方で商売すると思うんでいつでも声かけてください」
「もう来なくてもいいけどな」
ハイドはアルシエルと握手を交わすと、馬車に乗って去っていった。
馬車で魔王城を後にすると、ハイドは金貨の詰まった袋を愛おしそうに頬擦りをした。
「いやぁ予想外の取引になったけどボロ儲けできてよかったッスわ。金貨10枚の絵が100枚で売れたんだからな~」
作品自体は本当に画家カーディルの描いた本物だ。しかし勇者の敗北により売られたのか、格安で市場に流れていた物をハイドが買い取ったのであった。
「やっぱり旦那はいい金ヅルっすね~次は何買ってもらおうかな~」
誓約をかけられたものの、アランの一枚上手なハイドであった。
「……ッ」
「どうしたんだい、アラン」
「いやなんだか寒気がして」
「風邪か?そんな事よりも見たまえ、『旅立ちの勇者』だ!ああ、これから戦いに赴く後ろ姿もかっこいいなぁ」
「そ、そうですね……」
アルシエルの部屋に絵を運ぶと、彼女は幸せそうに絵を見つめている。
自分の描かれた絵を見られているというのはなんともむず痒いものだ。
本人が自分で買ったものだが、やはり本当は買わない方が良かったとは今でも思っている。
自分の描かれた絵だからというだけでなくバレるリスクも考えれば当然だ。
それでも日々を国や民の為に尽している彼女から楽しみを奪うのは気が引けてしまった。
────俺は甘いんだろうか……?
それが宿敵に対してなのか、彼女自身に対してなのかわからないアランであった。




