商人
魔王と従者 5話
魔王が勇者を倒してしばらく。
世界は魔王に支配されるかと思いきや、今もまだ人間と魔族の対立が続いたままとなっていた。
各地では睨み合いが続く地域や、激しい戦が続く地域とそれぞれの状況がある。
玉座の間には、先の戦での報告に遣いの者がやってきていた。
「以上が、戦果と報告になります」
「魔王様!此度の戦、我ら魔王軍の勝利でございます」
「ああ、よくやってくれた。後日褒美と物資を送らせる。今後も私の魔界の為に頑張ってくれ」
「はっ!」
〈魔王〉アルシエルは玉座で肘を立て、細めた瞳で微笑む。
温かくも鋭いその視線に射抜かれ、遣いの者は一層の忠節を胸に抱き、玉座の間を後にした。
今日何度目の謁見だろうか。次から次へと人がやってくる。
アルシエルはそれを全て対応し、帰らせる。
顔色一つ変えず、言葉を選び、王としての威厳を見せる。
やがて全ての謁見への対応を終えると、彼女は自室へと戻っていった。
「魔王様、アランです」
扉を二回ノックし、「入れ」と返事が来てから扉を開く。
視界に入ってきたのは勇者の姿が描かれた抱き枕を抱えてベッドに寝そべる〈魔王〉のだらしない姿だった。
「魔王様、それは……?」
「この抱き枕か?勇者の描かれた抱き枕だ。これを抱いて眠るといい夢が見れるんだよ」
「はぁ……そうですか。あの、バレたらまずいって分かってますか?」
「分かっているとも。君でなければこんな姿は見せていないよ」
〈魔王〉アルシエルが勇者の事を好きだった、という事は彼女とアランの秘密である。魔族の宿敵である勇者に好意を持っていたということが公になれば国中が大騒ぎになるだろう。にも関わらずこの魔王は自室で勇者グッズを広げて満喫している。
「もう全部処分したほうがいいんじゃないでしょうか」
「悪魔か君は……私の癒やしグッズだぞ……」
───だって辺り一面自分のグッズとか居た堪れないにも程があるだろ……
勇者という事を隠して過ごしているアランとしてはかなり気まずい。勇者の描かれたタペストリーとかコーヒーカップとか。どうしてそんなものがあるのかという根本的な疑問すら出てくる。
アランが勇者である事を露とも知らない魔王は彼に構わず勇者を溺愛していた。
「う〜ん……勇者はいい匂いがする……」
「洗剤の香りですよ」
抱き枕に顔を埋めているアルシエルを見てるととても恥ずかしい気分だ。
先程までの彼女が〈魔王〉らしくまともだった為、余計にギャップを感じる。
アランは額に手を当て、恥ずかしさやらで赤くなっているであろう顔を隠して大きく深呼吸。表情を元に戻して、要件に入る。
「とにかく、その腑抜けた顔を直して準備をしてください。予定では極秘でやってこられるお客様がそろそろ到着される頃です」
「おお、そうだったそうだった。彼とは内密の話があるからね。やってきたら裏口から通してくれ」
「畏まりました。しかし、どなたと会われるのか聞いても?」
「会うのは商人だ」
「商人?何か買われるのですか?」
「……まぁ、君なら話してもいいだろう。詳しいことは来てからだ。それと、他の者には彼と会っている最中は部屋に誰も入れないようにと伝えておいてくれ」
「はぁ、分かりました……?」
話の最中に人を入れないのは特に不思議なことではないが、彼女が念を押したことが少し気がかりだ。
アランは勇者グッズを片付けてるアルシエルに一礼をして部屋を後にすると、商人を迎える為に裏口玄関へと赴いた。
魔王城の周りは霧の深い森に囲まれている。普通の人間や魔族ではあっという間に道に迷い、凶悪な魔物の餌食になる。
よって魔王城へ訪れるものは入場許可証を持っていなければならない。それが魔王城を指し示し、それを持つ者を魔物は襲わないため安全にやって来ることができる。
深い霧の中、仄暗い灯りが浮かぶ。揺らめくランプの灯りと馬車の音が近づいてくる。
裏の城門への一本道を進み、馬車が到着した。 荷台から降りてアランの前に立った者は赤茶色のローブで全身を包み、フードを被って顔を隠していた。
荷車に人がいない事から、運転手ではなく客人本人のようだ。
「ようこそおいでくださいました」
まずは両足を揃え、頭を下げて丁寧に挨拶をする。対して向こうはフードを外し、その顔を晒す。
「どうもどうも。お出迎えありがとうございます」
顕わになった姿を見て、アランは固まった。
紺色の髪が長く伸びており、まばらに跳ねている。目は隠れて表情は見えないが、緩んだようにへらりとした口元は軽い態度を感じさせる。
「行商人のハイドと申します。本日は魔王様と商談に……って、あら?その仮面は……いやまさかね。俺がその仮面を売ったのは確か勇──」
ハイドの開きかけた口をアランの右手が塞ぐように鷲掴んだ。
「んぉ!?」
「失礼、お客様。一度こちらに来ていただけますか」
アランは笑顔のままでハイドを連行していったが、その目は笑っていなかった。
人気のない城の影へと放り投げられ、ハイドは戸惑った様子でアランから後ずさる。
「いきなりなにするんですか!客なんですけど!?」
「なんでこんなところに客で来てるんだお前は」
「は?アンタ誰なんすか?会ったことないでしょう」
「いいや?」
横目で辺りに人目が無いことを確認すると、アランは仮面を取り外した。
金色だった髪は黒くなり、赤い瞳は青に変わっていく。
アザの消えた素顔を見て、ハイドは唖然とした。
「ゆ、勇者……!」
まるで幽霊にでも会ったかのように狼狽える。
「ほ、本物の勇者!?死んだはずでは!?」
「この通り生きてるよ。俺はまぁ色々事情があって秘密裏にここにいる。だが、お前こそ何でこんなところに来たんだ?人間を裏切って魔王に媚びでも売ってるのか?」
淡々と捲し立てるアラン。
ハイドという男とアランは面識があった。正確には勇者であった頃にであるが。
動揺はしているものの、ハイドは落ち着いて当然のように答えた。
「その言い方はひどいぜ旦那。俺は商人。金を払うのであればゴブリンとだって取引します。魔王だろうが構いやしないし、それどころか魔王様は今ではお得意さんですぜ?」
「……おまえはそういうやつだったな。それはわかった。あとは俺の事は黙っているように」
「流石にわかってますよ。下手にバラして面倒事に巻き込まれるなんてごめんだ。一文にもなりゃしない。言ったってこんな情報、信じる馬鹿はいませんぜ。っていうかなんで俺にはバラしたんです?」
「この仮面はお前から買った物だし、それなりの付き合いもある。いつか気づく可能性が高いなら先に言って黙っててもらったほうがいいからな」
「黙っててくれた方が気付いた時につけ込めると思ったんですけどねぇ。正直なんだから旦那は」
やれやれと肩をすくめて首を振るハイドをアランは少し驚いた様子で見つめた。
「……てっきり秘密を守る代わりに金を要求してくるかと思ったが」
「ま、旦那には昔から贔屓にしてもらいましたし?これくらいは安いですよ」
「昔の話はやめろ……ぶん殴りたくなるから」
「おお、怖い怖い。ひとまず、そろそろ行きましょうかね。あまり遅れると申し訳ないですし」
「……そうだな。案内する」
ハイドを案内しろと言われていたのは最上級の応接室だ。ここを使う時は、他人に知られてはいけないような内密の話がある時だそうで、もちろんアランが入ったことは無かった。
「魔王様、商人をお連れしました」
「入れ」
扉を開けると、アルシエルは豪勢なソファに座って寛いでいた。
彼女は弾かれたように立ち上がると二人の元へ笑顔で歩いてきた。
「これはこれは魔王様。お久しぶりでございます」
「ああ、久しぶりだな、ハイド殿。また会えて良かったよ」
「こちらこそ。しかし、またお呼びいただけるとは思ってもみませんでした」
「まぁ……その辺りに関してはこれから話そう。さぁさぁ、座り給え」
「では失礼して」
ハイドはテーブルを挟んで向かいのソファに腰掛ける。
座るアルシエルの隣で立つアランは腰を曲げて彼女に耳打ちを始めた。
「……客人とはハイドの事だったんですね」
「おや?もしかして知り合いか?」
「ええ、まぁ……昔ちょっとありまして」
勇者である秘密は隠すとしても、ハイドとの関係性まで隠すより、明かしておいたほうがいいだろう。立場上、アランは魔人ということにはなっているが、知り合いである事を秘密にしてもしバレたとき変な疑いをかけられるよりはマシだ。
「なんの話をするのかは存じませんが、コイツと商談なんてやめた方がいいかと」
「なぜ?」
「このハイドという男、詐欺師ですから」
不意に聞こえた不穏な単語にハイドが吹き出した。
「だ、旦那!それは言いがかりだ!」
「事実だろ」
「俺は至極真っ当な行商人だよ!」
「はぁ!?お前のどこが真っ当なんだよ!」
「何があったんだ……」
呆れるアルシエルに、アランはハイドを指差して語った。
「コイツは当たり前のように人を騙して倍の値段で物を売ってるんです。コイツにいくら取られた考えたくもない」
「旦那ぁ、アンタがなんにも考えないでホイホイ出されたもの買うからだろう?昔の話じゃないですか」
「黙れ。その上人が欲しいものがある時に限って値段釣り上げてただろ」
「需要と供給の兼ね合いってやつですよ。旦那、もうちょっと商いについて学んだ方がいいっすよ?教えてあげましょうか?」
「断固断る」
二人のやり取りを見て、アルシエルは「ふむ」と腕を組んだ。
「アランの言い分はわかったが、私は彼でなければ困るのだ。実際、ハイド殿が優秀なのは君もわかってるんじゃないか?」
「それは……まぁ……」
揉めはしたものの、このハイドという男、顧客の需要がありそうなものは大抵揃えているのだ。その時その場で売れそうなものを売りつけてくる。その上、アランも相当の値段はしたものの、ハイドに頼めばなんであれ望む品を用意してもらった事はあった。
「確かに魔王様のご依頼に応えられる商人はそう居ないと思いますね。光栄でございます」
「そういう事だ。納得してくれ、アラン」
「……出過ぎた真似をしました。お許しください」
「構わないよ。彼が怪しい人物ということは分かったからね」
「それなりの付き合いあるのにヒデェ言いようですな魔王様」
「まさか、私を相手に騙すなんて事をしたらどうなるか分からないわけでもないだろう?」
「も、もちろんですよ………」
そんな事をしたら即座に木っ端微塵にされるだろう。
流石にアルシエルの怒りを買うようなことはしてないと思いたいが、アランの経験としてはこの男は何かやってそうだとも思う。
分かりやすく作られた彼女の笑顔とは対称に、ハイドの表情はみるみる青ざめていく。
心当たりがあるのだろうか。それかアルシエルにどんな目に合わされるのか想像して恐怖しているのかもしれないなと思うアランだった。




