初日
採用試験から数日、研修を終えたアランは今日から〈魔王〉アルシエルの従者として本格的に仕えることになった。
「本日より正式に魔王様の従者となりました。これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。アラン」
玉座に腰掛けるアルシエルの前でアランは一礼する。
───本番はここからだ。必ず聖剣を取り返してみせる。
たった一人での聖剣奪還作戦。
アランは静かに心の中で覚悟を決めた。
◆◆◆
「従者の仕事と言っても基本は私の側に居てくれればそれでいい。居なくてもいいけどね」
「逃げ出したら私が怒られるので側にいます」
アルシエルの一歩後ろについてアランは長い廊下を歩いていく。
彼女は目も合わせず話し続ける。
「四六時中付きまとわれる身にもなってくれ。窮屈だろう?逃げ出してるんじゃない、息抜きをしているんだよ」
「心中お察し致しますがそれもまた魔王であるが故ですのでご容赦を。可能な限り快適な距離を保つよう努力いたします」
「私はやりたいようにやるからね。君が勝手に努力してくれ」
「はい」
「ああ、それからもう一つ大事な事がある」
「はい」
「部屋に入るときは必ずノックをする事」
「はい……?」
「気を付けるように」とアランを指を差して念押しする。
困惑しながらも彼は首を縦に振った。
「よし。それじゃあこのあとの予定は?」
「会議が2つと処理する書類が多数ですね」
「いつもの書類地獄か……」
うんざりした声とため息を吐き出すアルシエル。
今のところは彼女から警戒の色は見られない。
距離は遠く感じるが、それは単純に従者という存在に対してだ。
───それで構わない。親しくあればメリットもあるだろうが、今はボロを出さないように役割をこなすだけだ。
その後、アランは従者として的確に仕事をこなした。
主人が足を止めることのないように扉を開け、主人の座る椅子を引き、お茶淹れる等々。
御主人様であるアルシエルの気持ちをいち早く汲み取り、身の回りの世話を行った。
また、書類にサインをしている執務室に入る時も、ドアノックを欠かさなかった。
「よし、これで今日の分は終わりだ」
夕方。最後の書類へのサインが終わり、今日の公務は終了した。
アルシエルは腕を上げて軽く背を伸ばした。
「ではこちらの書類は他の者に届けさせます」
「ああ。ついでに何かおやつでも持ってきてくれ。私は自室に戻ってるから」
「畏まりました」
アランは執務室を出ると他の使用人に書類を渡し、厨房へと足を運んだ。
───丁度いいからコレを持っていくか。
前日に作って寝かせていたケーキの生地を棚から取り出し、仕上げにかかる。
生クリームを塗り、苺を乗せて一人分に切り分ければ、苺のショートケーキの完成だ。
合わせて紅茶などをティーワゴンに乗せ、アルシエルの自室へ向かう。
歩きながら今日の仕事ぶりを振り返ると、案外悪くなかったと思った。
初日の仕事だったため緊張していたが、これといった大きなミスもなく、気まぐれと言われた〈魔王〉アルシエルを怒らせるようなこともしていない。実はこういう仕事も向いていたのかもしれない、なんて。
アルシエルの自室に到着し、ティーワゴンから苺のショートケーキを手に取った。
───あとはこの調子で〈魔王〉やその周りから信頼を勝ち取り、隙を窺うだけだ!
アランはドアノブを回し、扉を開けた。
「魔王様、ただいま戻り──」
「やっぱりかっこいいなぁ、勇者は。何度読んでも霊峰に棲むフロストワイバーンから攫われた娘を取り戻す話は最高だ!好きすぎるよ勇者……」
そっと扉を閉じた。
───俺は何も見ていない。ベッドの上で勇者のぬいぐるみを抱き抱えながら本を読んでいる魔王なんて見ていない。疲れてるなぁ。
大きく息を吸って吐く。心を落ち着けてドアをノックしようとした瞬間、拳が扉から突き出てきた。
「うぇ!?」
鼻先寸前だ。直撃していたらダルマ落としのダルマの如く頭だけすっ飛んでいただろう。
「チッ、外したか」
扉越しに声が聞こえると、拳が中へと戻っていった。
空いた穴から殺気を纏った視線がこちらを覗き込む。
「入れ」
「ハイ……」
思わずケーキを置くのを忘れて持ったまま、アランはアルシエルの部屋へと入った。
扉の穴は適当な布で隠し、アルシエルはベッドに腰掛ける。
アランはケーキを左手に持ったまま姿勢を正して立っていた。
「はぁ………見たよね?」
「ナンノコトデショウカ」
「……」
「ハイ見ました。バッチリと」
アルシエルは頭を抱えてため息を吐く。
「言ったよね?部屋に入る時はノックをするようにと」
「ハイ……」
「何故しなかった?」
「考え事をしていましたのでうっかり……」
「そうか。なら死んでもらうとしよう!」
「ちょっ、え!?」
「ミリアーナも悲しむだろうね。新人の従者が初日でクビとは!」
「ちょっと待ってください!落ち着いて!」
「待たない!」
アルシエルはどうにもパニックになっているようだ。
翳した右手に炎が集まる。彼女は本気で殺す気でいる。
しかし、アランは持っていたものに目が止まった。
「ん?それはケーキか?」
「は、はい。魔王様にとお持ち致しました……」
「よ、よし。燃やすのはもったいない。それだけ寄こしてくれ」
「ど、どうぞ……あの、一度落ち着いて話をしましょう。私を殺すのは後でも出来ますから。ここで炎を放ってはお部屋まで燃えてしまいます」
「……わかった。お茶を淹れてくれ」
ティーワゴンを部屋の中に運び、紅茶を淹れる。
アルシエルが指を鳴らすと二人分の椅子とテーブルが現れ、二人は席についた。
ついでに結界も張られ、外に音が漏れなくなった。これで心置きなく話ができる。
「それで……これはどういう事なんでしょうか……?」
「……笑わずに聞いてくれるかい」
「もちろんです」
「……私は勇者が───好きなんだ」
笑うどころか驚きが大きすぎて、声も出ずに開いた口が塞がらなかった。
魔族と人間。〈魔王〉と〈勇者〉。互いに殺し合うこの関係性で何がどうなったらそうなるのか。
そもそも彼女は勇者と戦い、殺した(と思ってる)相手だ。
言ってる事とやってる事がまるで正反対で理解が出来ない。
呆然としていると、アルシエルが訊ねる。
「変だと思うかい?」
「……不思議には思います。〈勇者〉とは我ら魔族の宿敵と言っていい相手ですから。憎みこそすれ、好きになる要素が見当たらないかと」
「そうかな?勇者は顔が良いし人々を守る心優しい青年で何より強いし他にも」
「あ、もうそのへんで。好きなのはわかりました」
これ以上語らせては身が持たないと判断し、したり顔で饒舌に語りだしたアルシエルにストップをかけた。
───〈魔王〉に褒め殺しにされるってどういう状況だよ!
この状況で平静を装っていられる自分を一番褒めたいところだ。
まだ全然理解が追いついていない為、今すぐにでも叫び出したい。「わけがわからない」と。
そんな取り乱した様子など見せられるわけもなく、あくまで冷静に話を進める。
「魔王様が勇者を好きなのは分かりました。魔王様はそれを隠していたのに私が扉をノックをしなかったせいで見つかってしまったと」
「そういう事だ」
「よく今までバレませんでしたね……」
「ノックもせずにいきなり部屋に入ってくるのは君くらいだ」
「申し訳ございません……」
部屋の中をよく見れば壁には勇者の肖像画が飾られ、机には勇者を彫った人形やぬいぐるみが置かれ、本棚には勇者の冒険譚が書かれた本まである。
「普段は隠しているからバレたことはなかったんだよ」
アルシエルが人差し指を振って見せると、数々の勇者グッズ達は部屋のどこかへ隠れていき、肖像画は別の人物に、本は別のタイトルに変わった。
「だから、私の秘密を知った君には死んでもらわないと困るわけだ。この事を知られれば皆大騒ぎになるだろうからね」
「っ……!」
フォークでショートケーキを一口大に割り、突き刺す。
魔王の目の色が変わり、アランは殺気を感じ取った。
当然の流れだ。事情はどうあれ非は彼の方にある。
身体を強張らせたアランにケーキのついたフォークを向ける。
「加えて殺すには惜しい人材というわけでもない。君が死ぬ事に納得できたかい?」
「……」
答えられないのは、納得できているからだろう。
だが受け入れる事ができないのだ。
聖剣を取り戻すと決めてここへ来た時に、命を懸ける覚悟はしてきた。
けれど、いくらなんでもこの死に方は無いだろう。
しかし悪いのは自分自身。なんとか譲歩してもらおうにも手が思いつかない。
沈黙したまま動かないアラン。
その様子をじっと見つめ、アルシエルは頬杖を突く。
(もう他に言う事は無さそうだな……悪いが恨むなら自分の迂闊さを恨んでおくれ)
そんな事を思いながら、ケーキを口に運ぶ。
アルシエルの右眉が微かに動いた。
「……ところで、このケーキはどこで買ってきたんだい?」
尋ねながら、もう一口。
アランは突然の質問に困惑しながらも答えた。
「そのケーキはここで作ったものです」
「ほう。どの料理人かな。このケーキは実に美味しい。濃厚ながら嫌味のない甘さで後味も良いし、苺の酸味がちょうど良く感じられる。素晴らしい。作った者には褒美を与えたいくらいだ」
「私ですが」
満足気に語っていたアルシエルの動きが石のように固まった。さらにピクリともしないまま頬を油汗が伝っていく。
「……もう一度言ってくれるかい」
「そのケーキを作ったのは私です。」
「……い、いやいや。君、いくら助かりたいからってそういう嘘は良くないよ」
「作ったのが私だと助かる流れになるんですか……?」
「いや別にそういう訳じゃないけど……本当に君が?」
「はい。なんでしたら材料や道具を借りた料理人に確認してもらってもいいですし、目の前で作って見せても構いませんよ」
「……じゃあ、他にも作れるものはある?」
「凝ったものは難しいですが簡単なものなら……クッキーとかスコーンとかですけど」
「そうか……」
食べ物の単語を聞いてアルシエルは生唾を飲み込む。
そして呼吸を整え、アランを見据えた。
「決めた。君を殺すのはナシだ」
「……え!?」
「殺すには惜しい人材と判断した」
「さっきと言ってる事真逆ですけど!?」
「なんだ、生かしてもらえることを喜んだらどうだい?」
「そ……れはそうですけど……そんなに美味しかったですか?」
アルシエルは腕を組み、目を瞑り、したり顔で答えた。
「超美味しかった(まぁ悪くないかな)」
「台詞が逆のようです」
「あっ」
「……でも気に入ってもらえたなら良かったです。おかげで命拾いしたようですので」
ひとまず首の皮一枚繋がったと安堵するアラン。
格好つかなかったアルシエルは咳払いを一つすると、一枚の紙を机に置いた。
「安心しているところ悪いけど、代わりにこの書類にサインしてもらう」
「これは?」
「簡単に言うと君が『アルシエルが勇者を好きだと他人にバラしません』という誓約書だ。生きていたいのなら拒否権は無い」
「……わかりました」
アランは誓約書に名前を書き、血判を押した。
アルシエルがそれを確認すると、誓約書は跡形もなく燃えた。
「君が直接的に伝えなかったとしても、君が原因でバレた場合も破ったことになる。この誓いを破れば君も同じように骨まで燃えて死ぬから気をつけて」
「肝に銘じておきます」
アルシエルは右手を差し出す。
「それじゃあ改めてよろしく、従者アラン」
「よろしくお願いします、魔王さま」
恐れず、躊躇わず、アランはその手を取るのだった。




