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急募、魔王の従者



 話は魔王と戦った時にまで遡る。

 旅の果てにようやく対峙した魔王と対決。その戦いに敗れた。


『これで終わりだ』


 魔王の最後の一撃。どこにも逃げ場など無い、決着の為の全てを注ぎ込んだ魔法。

 黒炎に身を焼かれるその瞬間、明確な死を感じる。

 気がつけば、俺は転移していた。どこかも分からない森の中に身体を放り出した。


「ここはどこだ……?戻らないと……」


 戦場へ戻ろうと一歩踏み出したところで、俺は気を失った。


 それからどれくらい経ったのか、目を覚まして戦場に戻ると、魔王はもうそこにはいなかった。

 ただ戦いの爪痕が残る大地を見て、膝をついた。

 ──負けたんだ、俺は。負けてはいけなかったのに。逃げてはいけなかったのに。


 胸の中が絶望と後悔でぐちゃぐちゃになる。

 これから世界はどうなるのか。人々はどうなるのか。

 ──俺のせいで人々は殺されるだろう。

 ──俺のせいで人々は(しいた)げられるだろう。

 ──俺のせいで世界は暗闇に包まれるのだろう。

 自分の背負ってきたものの重さに押しつぶされる。

 逃げて、みっともなく生き延びて、聖剣まで奪われた。

 生き恥を晒すくらいなら、大人しく死んだ方がまだマシだろうか。新しい勇者が世界を救うだろうか。

 そんな事を考えながら死んだ目は空っぽの両手を見つめる。

 ──いいや、違う。

 俺が死ねばそれこそ本当に世界は終わる。聖剣を奪われた以上、新しい勇者が選ばれることは無い。勇者の代わりはもう現れない。

 ──聖剣を取り返す。それしか道は無い。


 光を目に灯し、勇者はもう一度、世界の為に立ち上がる。




 魔王城城下町。勇者はフードで顔を隠して魔族に紛れ込んでいた。

 頭に角が生えた者、獣の頭をした者、全身機械仕掛けの者などの多種多様な魔族が暮らしている。

 普通の人間がそんな所にいれば即座に食い殺されるだろう。猛獣の折の中に生肉を放り込むようなものだ。

 故に、勇者の緊張は計り知れなかった。

 聖剣使いが聖剣を持っていないのだ。突然襲われたとして、どこまでやれるかわからない。

 聖剣を取り返すための作戦を考えながら歩いていると、壁の貼り紙が目に入った。


『急募、魔王城使用人。未経験者歓迎!福利厚生完備!アットホームな職場です!』


 魔王城の求人募集だった。

 あまりにもテンプレートな求人の貼り紙だが、これを利用しない手はない。

 勇者はすぐに準備を整えて面接地である魔王城へ向かった。


「こちらにお名前と種族を」


 魔王城に到着し、受付の魔人に促されて用紙に「アラン」という名の魔人であると書き記す。適当な偽名だが、今後はこれで名乗っていく事にした。

 また、見た目もバレないように変えている。

 服は燕尾服に着替え、右目には仮面を付けていた。

 この仮面は昔とある商人から押し付けられたものだが、曰く「元は魔族になりたかった人間が身につけていた仮面」らしい。

 ──顔の右側に醜いアザがあったその者は同族である人間から化物と呼ばれ、独りぼっちだったのだと。ある時、一冊の本に魔族の血を浴び続ければ呪われて本当の化物の姿になれると書かれており、その者はその通りにした。

 魔族になれば、きっと仲間ができると信じて。

 結果、その者は魔族に殺され、人間のまま死んだ。しかし呪いは身につけていた仮面に移ったのだった。

 というのが商人の話だ。その話が本当かどうかはともかく、この仮面をつけている間は呪われた魔族の姿へと変わる。

 黒だった髪は金に、青かった眼は魔人特有の赤い眼に。

 それから、顔の右側には紋様のようなアザが出来ていた。

 ひとまず、変装はこれでいいだろう。


 扉を開けて案内された場所はまるで闘技場のようだった。高い天井と四方の壁に囲われている。壁の上には観客席もある。

 あとから聞いたがトレーニング施設だという。

 中には九人の男女がいた。獅子頭の男や巻角の生えた女、剣を携えた者などいずれも只者ではない雰囲気を醸し出している。およそ使用人をする気のある人たちには見えない。

 その上、貼り紙で募集する程だから大勢いるのかと思ったが、たった十人しか居ない。魔王は人望が無いのだろうか?


「おい、貴様」


 扉を閉めて振り返ると、男が話しかけてきた。

 でかい。身長は2メートル以上だろう。頭の横から二本の角が生えており、大剣を背負っていた。

 威圧的だが、アランは怯まずに目を合わせる。


「名は?」

「アランと申します。以後お見知りおきを」


 使用人らしく見えるよう律儀に頭を下げてみせるが、向こうは腕を組んで鼻を鳴らしただけだった。


「俺はカルエス。カルエス・ドミニアだ。随分と貧弱そうな見た目だが、本気で試験を受けに来たのか?」

「……どういう意味ですか?」

「どうってお前──」


 カルエスが話そうとしたが、遮るように扉が開く。

 出てきたのは眼鏡をかけた老紳士だった。

 老人とはいえ背筋のまっすぐ伸びた立ち姿は美しさすら感じる。

 続けて、橙色の髪をしたメイドが現れた。緊張しているのか、表情が固い。


「み、皆さん今日はお越しくださりありがとう御座います。進行は私、メイドのミリアーナです」

「代理として魔王様の従者を務めております、エルガーと申します」

「それでは、採用試験の説明を始めさせていただきたいと思います」


 ミリアーナがたどたどしく挨拶をし、隣のエルガーは柔らかく微笑んでいた。


「皆さんには『魔王様の従者』として相応しいかどうかを試させて頂きます」

「……はい?」


 思わず声を出してしまい、視線がアランへと集まる。


「……ご存じなかったんですか?えーと……」

「あ、アランです。すみません、貼り紙には『魔王城での使用人』としか書いてなかったかと」

「あー……それを見ていらっしゃったんですね……」


 ミリアーナはエルガーと顔を見合わせると小さく頷いた。


「では改めて説明します。確かに使用人の募集も行ってはいたんですが、大方の人員は集まり、残るは魔王様の従者だけなんです。以前まではこちらのエルガーさんが魔王様の従者代理として務めていたのですが、ご高齢の為、引退される事になったのです。それからいろんな方が従者となり魔王様のお側についてお世話などをしていたのですが……皆さんすぐに辞めてしまうのです。その、恐ろしくて」

「恐ろしくて……?」

「はい。気まぐれな上に人使いの荒い御方でして。頼まれたものを用意出来なければ殺されると思った方が良いです。また用意出来たとしても気が変わっていれば殺されると思った方が良いです」

「どっちにしろ殺されるじゃないですか」

「はい。ですので中々続けられる方が見つからず、代理としてエルガーさんが続けており、引退できないのです。この事からまずは簡単に死なない方が最低条件となります」


 殺される前提で話が進んでいるのをおかしいと思う自分の方が変なのだろうか。

 隣ではカルエスが喉を鳴らして「やっぱすげぇよ魔王様……」と引きつりながら笑っている。喜ぶところなのだろうか。魔族の感性がわからない。


「試験の話に戻りましょう。魔王様のお世話に関しては従者になってから教えるので、試験で皆様に見せて頂くのはただ一つ、力のみです。死なないのは確かに最低条件であり、本来従者は主を守る者。護衛としてより強い者が求められるのです」


 示された試験内容に場の空気が引き締まる。ミリアーナは説明を続けた。


「試験内容は簡単。試験官として部屋の向こうに魔物を用意しています」


 部屋の向かいには檻が閉められていた。影が蠢き、何かが閉じ込められているのがわかる。


「それを倒したら合格です。また、合格者が複数人いた場合は倒した速さで決まります。初めは誰が受けますか?」

「俺が行く!」


 即答で飛び出したのはカルエスだ。

 ちらりとこちらに目配せしてきた。

 この試験は何度も行われており、彼や他の皆はおそらく試験がこうなる事を分かっていたのだ。

 この中の誰よりも強く、魔王の側に相応しいのは自分だと自負する者が集っている。

 カルエスもその一人だった。


「俺はカルエス・ドミニア!最強の種族たる龍人族である!どんな魔物であろうと我が大剣で叩き斬り、貧弱な他種族とは違うところをみせてやる!」


 ミリアーナが合図を送ると檻が開いた。

 中からは魔物が出てくる──はずだった。


「ん?」


 現れたのは全身をローブで包んだ、人だった。

 素顔は見えない。だが歩く姿は人のように見える。

 ミリアーナを見ても戸惑った様子だ。

 何かおかしい。嫌な予感がする。


「行くぞ!うおおおおお!」

「あっ、ちょっと!」

「待てカルエス、様子が変だ!」


 ミリアーナとアランの静止も聞かず、カルエスは突進していく。

 そして跳躍し、大剣を振り下ろした。


「……え?」


 轟音が鳴り響いた。

 次の瞬間、カルエスは壁の中にめり込んでいた。

 音の正体は大剣からではなく、カルエスが壁に激突したものだった。


「なんだ、こんなものか。今回も期待できなさそうだ」


 カルエスをめり込ませた誰かはがっかりして溜息を吐く。

 そして、ローブを取り去った。


「貴方は───魔王様!」

「やぁ、ミリアーナ。来ちゃった」


 いい笑顔で返す〈魔王〉アルシエルだが、ミリアーナは慌てふためいていた。


「な、ななな何してるんですか魔王様!ていうか魔物は!?」

「奥で寝てるさ。なに、予定が早く済んで時間が空いたから来たんだよ。私の従者を決める試験だろう?なら私がテストした方が早いと思ってね」

「そんな勝手な……」

「心配するな。むしろ効率的だろう」


 ──なるほど。どうやら本当に気まぐれらしい。

 振り回されるミリアーナも大変そうたが、仮に従者になったらもっと大変なんだろうなと容易に想像できる。


「さて。試験を続けるぞ。あ、もちろん今の奴は失格ね。ルールも変更だ。私に勝てるやつは居ないからな」

「ああもう……好きにしてください……」

「一撃だ。私に一撃でも入れられたら合格にしてやる。制限時間は一時間だ。全員まとめてかかってきていいよ。これなら簡単だろう?殺す気で頑張るように」


 アルシエルは余裕の表情で彼らを挑発する。


(上等……今ここで殺してやる!)


 かつて敗北した〈魔王〉相手に煽られ、アランの闘争心が静かに燃える。


 魔王の従者採用試験、開始。

 


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