紅炎と蒼雷
12話完成
ロウは困惑していた。
理由のひとつはアランの姿が変わった事。
手足に鎧を武装したアランの雰囲気は明らかに先程とは別人にまで変わっている。ロウの獣の本能が『危険だ』と警鐘するほどに。
もうひとつは、彼の右手に刻まれていた紋章。
何故かわからないが『それを持つことが許せない』
逃げる選択肢は怒りによってかき消され、ロウはアランへと突撃する。
「ガァァアアアッ!」
アランに襲い掛かる凶爪。
指先が触れるだけで首を刎ねられるだろう威力のそれが眼前に迫る。
そして、今度は完璧に躱してみせた。
頭を狙ったはずの爪は真横を通り過ぎていく。
「!?」
「やっと追いついた」
魔力を体に巡らせた身体強化により、勘で先んじてなお避け切れなかったこれまでの攻撃を捉えられるようになっている。
動きに余裕が出来れば視る余裕も生まれ、ロウの動きを視界でも捉えて見切ることができる。
縦横無尽に繰り出されるロウの爪撃を最小限の動きで躱していく。もはやアランは汗一つかいていない。
頭を狙った貫手がアランの眼前で止まる。
彼の左手がロウの中指を掴んでいた。
「ッ!……ッ!?」
「お前の攻撃はもう見切ってる。今度はこっちの番だな」
アランが右手に拳を握る。
ロウの掴まれた指はピクリとも動かない。
「お返しだ」
アランの拳が腹へとめり込むと身体はくの字に折れ曲がったまま後ろへ弾かれ木々を薙ぎ倒していった。
アランは振り抜いた拳を解き、現れた武装を見つめ直す。
(魔力も身体能力もケタ違いだ……これが【魔王】との契約の力か。おかげで身体が思うように動く。ようやくまともに戦える)
魔剣の持ち主である【魔王】との主従契約により、魔剣の魔力の一部がアランへと渡された。
魔剣の魔力とアラン自身の魔力が繋がり、力はアランが願う形で発現する。
この戦闘において、アランは思うように動かない身体に不満を強く感じていた。勇者の頃の動きを脳がイメージしても身体が追いつかない。
その意識が望みとなって現れたのが四肢の鎧と肉体の強化だった。
「それに加えて……雷の力か」
魔力で編まれた金属のガントレットに蒼い稲妻が瞬く。
「グゥルルルァァァ……!」
土煙が晴れると、ロウは血を吐いて這いつくばっていた。
衝撃で揺れた視界はぼやけ、先にいる誰かがわからない。
視線の先に映るのは銀の髪。
「!!」
朦朧とした意識が戻り、視界が鮮明に戻る。
目の前にいるのは金髪の男だ。彼女とは似ても似つかない。
そもそも、彼女とは誰なのかすら、今のロウにはわかっていない。
それでもロウは自然と口にしていた。
「マ…ァ……オォ……ァ……ァアアアアアアアアア!!」
咆哮と共に身体の中で筋肉が蠢き、背中から羽が飛び出す。頭からは二本の角が生え、両腕は鱗で覆われいく。
「……ソレが獣化魔法の本来の姿か」
「ガァッ!」
キメラとなったロウは姿を消すと同時にアランの目の前へと現れた。先程までとは比べ物にならない速度で接近し、強化した右腕が薙ぎ払う。
だがその爪先に血の一滴すら付かなかった。
「さっさと終わらせるぞ」
紙一重で躱したアランはさらに深く懐に潜り込み、下から腹を蹴り上げた。
めり込んだ足が巨体を空へと跳ね上げる。
「ガハッ………!?」
上空へ飛ばされたロウは背中から鳥の翼を生やすと、一気に広げる事で蹴りの衝撃を無理やり打ち消した。
滞空し、アランを見下ろす。
未だ沸き立つこの怒り、どうしてくれようかと。
感情のままに襲い掛かろうとした時だった。
背後で轟音が響く。
ロウが振り向くと、巨大な骸骨と誰かが戦っている。
「──────」
空に立つ誰か。
巨大な剣を片手に、銀の髪が靡く後ろ姿。
「────マオウ……サマ……」
目覚めてからずっと空っぽだった。
何かを探しているのにそれが何なのかを分からなかった。
だが、その背を見てロウは確信する。アレが探し求めたモノだと。
身体を翻し、魔王の元へ羽ばたくために翼を広げた。
戦闘中であることすら忘れたその瞬間、月明かりを遮るものが無いはずの空で視界が暗く陰る。
「よそ見するなよ」
首を前に戻すとアランがロウよりも更に上空で拳を構えていた。
地面にはクレーターが出来ており、凹むほどの脚力で跳んできたのだ。
月を背に黒く染まった男の拳は雷を纏い、蒼く輝く。
迎え撃つロウの拳は膨らみ、全てを込める。
同時に放れた拳が激突した。
「オオオオオオオッ!」
「ガルァアアアアアッッッ!」
蒼い拳が打ち勝ち、ロウは森へ斜めに叩き落とされた。
一方、アランは垂直に足元の地面へと着地する。
「中々のパワーだ。それにこの雷……!」
蒼雷を纏った拳はさながら落雷に打たれたかのように対象を打ち砕く。
その一撃を受けたロウはひとたまりもないはずだ。
「落ちた場所は……向こうか」
ロウの落下地点には草木が禿げて土がむき出しになっていた。
しかし肝心のロウの姿が無い。
考える暇もなく遠くで火柱が上がった。
その光景に冷や汗が頬をつたう。
「まさか……!」
奴の狙いは、魔王だ。
△△△
ヒュージスケルトンの拳が振り下ろされる。
アルシエルは後ろへ跳んで躱し、そのまま宙に浮かんでいた。
「あははっ。流石の魔王様も今の攻撃は避けるんだ?」
「もちろん。骨の者達には悪いが、そんな手で触られて泥まみれにされちゃ困るからね」
「誤魔化さなくたっていいよ。無数の骨を凝縮して作ったこの骨の硬さは鋼鉄をも上回る。さっきまでのスケルトンとはワケが違うんだ。その魔剣ごとへし折ってあげるよ!」
「……ふふっ」
アルシエルはエミルを見下しながら微笑んでいた。
「……何がおかしい?」
「ああ、すまない。その程度で粋がっているのがあまりにも可愛らしくてな。どれ、お望みの魔剣の力を見せてやろう」
見せつけるように魔剣を構えてみせる。
アルシエルは軽々と持っているが見た目は大の大人の男でも持ち上げられなさそうな巨大な片刃の剣だ。
宙を蹴り、魔剣を構えて突撃する。
迎え撃つエミルは骨の右手を振り上げ、まるで虫を叩き潰すかのように振り下ろした。
掌の影が空を覆う。躱すにはもう間に合わない。
アルシエルは静かに魔剣を片手で振るった。
「────へ?」
一閃。ヒュージスケルトンの手首から上は切り離され、宙を舞って背後に落ちた。
切断面は赤い光を帯びてグズグズに焼き切れている。
「これは………」
魔王の持つ魔剣に目をやると、刃が紅い炎を纏っていた。
「魔剣の炎はあらゆるものを燃やし尽くす。さっきまでの普通の炎と同じとは思わない事だ」
「ここから先は命の保証はしない」と鋒をエミルに突きつけた。
「……腕の一本飛ばした程度で勝った気でいるなんて甘いんじゃないの?」
切り落とされた手のひらが元の小さな骨に戻ってバラバラになるが、それらは引っ張られるように手首に集まって形を成していく。そうして元の手の形へと戻ってしまった。
「骨と魔力さえあればいくらでも再生できるんだ。剣一本くらい大したことないね!」
「そうか。なら手加減は無用だな」
アルシエル自身から紅い炎が噴き上がる。
高温によって風が吹き荒れる。
「今度はその骨ごと消し炭にするとしよう」
その眼には確かな殺意が篭っていた。
距離があるはずのエミルにも炎の熱が伝わり、全身からは汗を吹き出していく。
「なんだよ……全然弱ってないじゃないじゃん……!魔剣もろくに使えないって言ってたのに……」
「───!」
聞き捨てならない小言にアルシエルは僅かに反応するが、焦っているエミルは気付かない。
彼は俯いて思考を巡らせる。
(参ったな……ここまでとは想定外だ。それにこんな時のために当てつけてやろうと思ってた元従者のゾンビも誰かが足止めしたせいで使えないし。計画が台無しだ……!)
心の中で悪態をついたエミルだったが、口に出して気が付いた。
そのゾンビであるロウがもうすぐそばに来ていることに。
(いる……!近くにいる!魔王の後方から向かってきている!気付かれなければイケる!)
獲物に気付かれないように気配を消して音も無く森を駆け抜けるロウだったが、自身の魔力が組み込まれているエミルだけは居場所を把握する事ができた。
アルシエルが気付いている様子は無い。
(あと少し……数秒の時間を稼いで意識をこっちに向けさせる!)
顔を上げたエミルは口角を吊り上げて笑っていた。またとないチャンスだ。
「いいよ。魔剣の炎と僕の魔法!どちらが強いか勝負といこうじゃないか!」
エミルが両手を掲げると、森中の死体の骨がヒュージスケルトンへと集まり始めた。
止めようとアルシエルが動いた瞬間、骨の右拳が眼前に迫ってきていた。
表情一つ変えず、横一閃で斬り払う。
炎が燃え移り、裂けた拳が燃え始める。
だが、エミルはそれで構わなかった。
右拳を突き出して半身になった後ろでは骨を集中させて腕を円錐の槍に変形させていた。
(本命はこっちだよ!)
魔剣を振り抜いた隙を狙って槍を突き出す。
確実に殺れるタイミング。それでもエミルはさらに手を打つ。
アルシエルの背後、草葉の陰から静かにロウが飛び出してきた。
(間に合った!やれ!ゾンビ!)
エミルの攻撃を防げばロウの爪で切り裂かれる
ロウの攻撃を防ぐ為に振り向けば、アルシエルは彼を見て確実に動揺する。その隙に彼女の背中から槍で心臓を貫く事ができる。
万が一にも勝ち目は無い。
(マオウ……!)
追いついた背中を見て、ロウの頭にその言葉が浮かぶ。だが、それだけだ。
本能のままに求めてここへ来たはずなのに、その手を伸ばす理由はエミルの命令でしかない。
……もっと大切な理由があったはずなのに。思い出せない。
爪を長く鋭く変化させる。一撃で貫けるように。
追い求めた誰かに、爪を突き出した。
その背中は動かない。
アルシエルはまだ俯いていて、動く気配はない。
「これで終わりだぁぁ!」
諦めたとみたエミルは嬉々として勝利を確信する。
「生憎だが」
顔を上げたアルシエルは笑っていた。
「背中はもう任せてある。頼りないけどね」
雷が、背後に落ちた。
舞い上がった土煙を払い除けて現れたの傷だらけのアランだった。
「何度も言わせんなよ……テメェの相手は俺だろうが!」
右の掌に魔力が集まり、雷が迸る。
蒼い稲妻が夜を切り裂く。
「我が炎、とくと味わうといい」
魔剣が更に燃え上がる。
紅い炎が闇を照らす。
「「これで終わりだ」」
二人の一撃が放たれた。
右手から放出した魔力は雷を纏った熱線となってロウと辺り一面の木々を破壊し尽くしていく。
吹き飛ばされながらも、ロウはアランの後ろにいる彼女を見つめる。
伸ばした手は追い求めた背中に届かない。
(魔王………様………)
ロウは静かに目を瞑り、雷に飲み込まれた。
「燃え尽きろ!」
魔剣から紅炎が龍の形となってヒュージスケルトンの槍を砕いて進んでいく。
登り切った先でエミルのいる心臓目掛けて龍は大きく顎を開いた。
「待っ───」
紅い龍はエミルを喰らって地面に激突すると爆炎の柱となった。
やがて炎が消えると地面には黒い岩のような物が転がっていた。
それはエミルが咄嗟作った骨のボールが炭化したものであり、触らずとも塵となって消えていく。
残されたエミルはボロボロの姿で気を失っていた。
ロウとエミル、戦闘不能。
二つの一撃によって戦いは決着したのだった。




