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理由と覚悟

11話


 アランは眼前の光景を受け入れられずにいた。

 燃え盛る炎を背に立つ敵はスケルトンではなく、二本足の巨躯の獣。

 その姿はアルシエルから聞いた獣化魔法による変身と一致していた。


「なんで……」


 敵はスケルトンとそれを操るネクロマンサーだけだった筈だ。


「ひ、ひぃ……!」


 背後で残っていた村の警備兵の怯える声が聞こえた。


「貴方は逃げてください」

「し、しかしそれでは従者様は…⁉」

「私の事は気にせず、早く!」


 振り向かず、足音で彼が逃げてくれたと把握する。

 この獣が襲い掛かってくるかもしれないと視線を外さずにいたが、動く気配はまるで無かった。彼は眼中に無いらしく、奴もまたこちらをじっと見ていた。


「……用があるのは私ですかね」


 奴は鼻で匂いを嗅ぎ始めた。そうして何かを確信したかのように牙を剥き出しにする。


(鼻……? 臭い……魔王の残り香でも付いてたか。まさかそれで俺を狙いに来たのか?)


 アランは先ほどアルシエルに抱えられて崖を登っている。臭いはその時に付いたものだろう。


(だとしたら間違いなくコイツは話に聞いた従者ロウなわけだ)


 微かな臭いすら捉える嗅覚で彼女の臭いを知っているのはロウだけだ。

 アランは張り詰めた空気の中でも冷静に状況を分析する。


(もしかしたら姿形が同じだけで敵の仲間が獣化してる可能性もと思っていたが、まぁ流石にこの状況でそれは無いな)


 わざわざ暴走するような魔法の使い手を連れてくるなんて普通は無い。

 認めたくはないが改めて現実を認識したアランは拳を構えて戦闘態勢を取った。


(相手は暴走状態の獣。今の俺でどこまでやれるか。いや、『やらなきゃならない』)


 脳裏に浮かんだ彼女の横顔。

 先に動いたのはアランだった。

 ロウに向かって一直線に駆け出して行く。迎え撃つロウも遅れて飛び出す。

 アランは地面に落ちていた槍を拾って踏み込むとロウの頭に目掛けて放った。

 動きを目で捉えたロウは首捻って槍をなんなく躱してみせる。しかし戻した視線の先にアランの姿は無かった。

 槍に意識が行った瞬間に足元に滑り込み、スケルトンが持っていた剣を掴んでいた。

 背後を取ったアランはロウの首目掛けて飛びかかる。


()った!)


 だが剣を振り抜くよりも先に視界の端を何かが掠める。

 切っ先が首に届くよりも先にアランの身体は森へと吹き飛んだ。


「ぐ……何が……!?」


 直撃した脇腹を抑えながら剣を支えに身体を起こす。

 向こうに見えるロウは見せつけるように尻尾を振り回していた。

 ロウがアランを狙う理由は「魔王の臭いがする」だけであり、誰を相手にしているのかも区別はついていない。彼にとっては鼻につく貧弱な獲物程度だろう。

 故に獲物をいたぶって弱らせて食らってやろうという笑みが溢れていた。


「遊びやがって……!」


 出血は無いものの鈍痛が脇から広がってくる。折れてはいないがヒビくらいは入っていそうだ。

 剣を杖代わりに立ち上がると、今度はロウから動き出した。

 見上げるほどの跳躍。あっという間にアランの頭上に影を落とした。


「な……!跳びすぎだろ!?」


 そのままアランを踏み潰そうと地面に激突する。

 後ろに跳んで躱したアランだったが、舞い上がった土煙を切り裂いて強靭な爪が飛び出してきた。

 これは頭を逸らして避ける。掠めた頬からは小さな切り傷が出来ていた。


(ダメだ、攻撃が全然見えない!躱しきれない!)


 ロウはアランを切り裂かんと怒涛の爪撃を上下左右から繰り出していく。

 アランの身体には次々と爪で切り裂かれた傷痕が腕や脚等に出来ていく。

 だが、それだけだった。


(クソ……見切れない上に身体もイメージ通りに動かせない。前と同じだ)


 従者として認められる為に魔王と戦った際も同じ事を感じていた。

 聖剣の力が無くなった今、身体能力は一般人と大差無い。この村の獣人警備兵の方がよほど強いだろう。

 それでもアランがロウの攻撃から致命傷を受けずにいられるのはアラン自身の「勘」によるものだ。

 攻撃が見えずとも無意識に身体が動き、躱す。

 勇者として戦い続けた日々から培った戦闘勘は本人の無自覚なところで発揮されていた。

 しかし躱しきれかった傷に加え、まともに食らえば死ぬという緊張感と集中力は精神的にも疲労を蓄積させた。

 故にほんの些細な事で状況は崩れる。

 

「!?」


 当たらない事に痺れを切らしたロウは爪ではなく力んだ拳を振り下ろした。

 間一髪横に跳んで躱したものの、抉れた地面が破片となって飛来する。顔を腕で守るが今度は視界を遮ってしまう。その一瞬をロウは見逃さなかった。


「しまっ……!」


 脇腹に拳がめり込む。

 ロウの横に振りぬいた一撃でアランは木々を薙ぎ倒しながら吹き飛び、崖へと叩きつけられた。

 凄まじい衝撃に轟音が響き渡る。


「……アランか?」


 アルシエルが音の方を見やれば、崖下から土煙が立ち昇っている。


「ハァ……ハァ……よそ見とは随分余裕だなぁっ……」

「もう決着はついているだろう。貴様には聞きたい事がある。そこで大人しくしていろ」


 エミルは半球状の炎に囲まれて身動きが取れなくなっていた。

 アルシエルとエミルの戦いはすぐに決着がついていた。何十体というスケルトンをけしかけても彼女が手をかざすだけで爆ぜて砕け散っていく。そうして為す術も無くエミルは炎に囚われたのだった。

 ここはもういいかとアルシエルは音の発生源へと向かった。


 アランが殴り飛ばされた跡は木々がへし折られてくっきりと一本の道になっていた。


「ヴヴヴゥ………」


 ロウの口から唾液がボタボタと滴る。

 この戦いが始まってから未だ1匹も狩れていない為か、飢えて飢えて仕方が無いようだ。

 何故か気になる臭いを感じて来たものの、居たのは知らない男で、弱いくせに無駄にしぶとかったせいで身体が血と肉を欲している。

 あの臭いが何かは如何でもいい。獣となったロウにとって大切なのは肉があるかどうかであった。


ガサッ


「!?」


 茂みが揺れる音がして振り向くが、誰も見えない。

 だがロウは誰かが居る事だけは分かっていた。

 獣の爪が茂みを切り裂く。


「あっぶねぇぇえ!!何すんですか!?」


 ナッシュが茂みから飛び出すと地面を転がって木に激突する。

 様子を伺うロウにナッシュは即立ち上がって両手を挙げて戦う意志がない事を示した。


「いや……あの、違うんスよ。子供届けたらすっごい衝撃が聞こえてきたりしたんで様子を見に来ただけッス。全然後ろから襲おうとか旦那の加勢とかしにきたわけじゃないんでお構い無く……あ、ブラシとか要ります?自分商人なんですけどブラッシングしたら毛もツヤツヤになったりとか」


 どうでもいい。今大切なのは目の前に肉が立っているという事実だ。


「ガアァッ!!」

「いらないっスよねすいません!!!」


 飛びかかってきたロウを背に、森の中を逃げ回るナッシュであった。


「がはっ……」


 口の中に溜まった血を吐き出す。

 アランは攻撃を受けた瞬間、魔力を纏う事で鎧のようにして身を守ったおかげでなんとか死なずに済んだのだが、左の脇腹は骨が幾つも折れていた。傷は浅いが頭からも出血しており、赤い血が額から頬へ伝う。

 震える手を地面に押し付け、無理矢理にでも立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。


(やっぱり無茶だったか……こうなるってわかってたのにな……)


 身を守るのに魔力は使い果たした。その上で身体はもうボロボロになっている。聖剣を持たない、魔法もロクに使えないただの人間に魔族の相手など無謀だったのだ。


(もっとマシな選択肢があるって知っていたのに。なんで戦おうなんてしたのか)


 本来選ぶべき選択肢など逃げの一択しかない。

 向こうで戦っているアルシエルが術者であるネクロマンサーを倒せばロウも死体に戻る筈だ。それまで逃げて隠れていればいい。


(その場合、ロウは魔王の元へと向かうだろうな……)


 ロウと遭遇したのは彼が本能的にアルシエルを探していたからだ。

 おそらくだが、そもそもの敵の狙いは彼女にロウを襲わせる事という可能性もある。


(この村に狙う価値があるとすればダンジョンがある事ぐらいだが、だとしても強行する理由が見つからない)


 目的が何にしても【魔王】がいる状況での犯行など普通なら考えられない。であれば【魔王】への対策があるか、狙いそのものが【魔王】であるかだ。


(なによりロウの肉体まで生き返らせているのが魔王への明確な悪意を感じる)


 なんにせよ、アルシエルとロウが出会えば穏便には済まないだろう。

 敵としてはロウと戦わせる事でアルシエルに隙が出来るのを待つか、アルシエルがロウを傷つける事ができず彼が彼女を殺すかに賭けている、といったところだろうか。

 仮にこの推察があっていたとしよう。


(それでも、アイツの勝利は揺るがない)


 本人が言うには「聖痕で力の半分も出ない」らしいが、半分も出せれば【勇者】が相手でもない限り勝つだろう。

 よって負けるような心配は必要無い。

 ここまではロウと遭遇した時に考えられた。


(だけど……)


 問題はその先にある。


「アラン、生きてるか」


 降ってきた声に顔を上げる。目の前には戦っていたはずのアルシエルが立っていた。


「なんでここに……敵は倒したんですか……?」

「ああ。既に拘束しているよ。それよりそっちはどうなんだ? 大怪我してるじゃないか。まだ敵がいたのか」


 アルシエルはアランの傷を一目見てスケルトンによるものでは無いと判断していた。


「あとは私に任せて君は休んでいろ」

「…………」


 差し出された右手。

 アランは前に手を伸ばす…………が、その手を地面に突いてなんとか立ち上がってみせた。


「ッ……これくらい大した事はありません……大丈夫です」

「意地っ張りだな君は」

「なんとでも。まだやれます」

「そんな傷を負ってまだやる気なのか。後は私が片付けるから大人しくしていろと────」


 アルシエルの言葉を遮って、轟音が響いた。

 二人揃って音の方を見やると、巨大なスケルトンの上半身が森に現れていた。


「こんな拘束で捕まえた気になるなんて甘いんじゃないかな?【魔王】サマはさぁ!」


 炎の拘束を解き、ヒュージスケルトンの心臓に当たる位置でエミルは立っていた。まだ終わっていないと見せつけるように両手を広げてみせる。

 現れた骨の怪物を遠くから見て、二人は驚く事もなく冷静なままだった。


「……まだ向こうもやる気みたいですね」

「全く、何が目的なんだか……まぁいい。両方とも私に任せておけ」

「嫌です」

「君な…………」


 これだけ言っても聞こうとしないアランに流石のアルシエルも我慢の限界が来ていたのか、彼を見る目の色が暗くなり始める。


「やけに反抗的じゃないか。さっき戦いは任せて大人しく引っ込んでます、なんて言っていたくせに」

「……そうですね。そのつもりでした。けど状況的に俺も戦った方がいいでしょう」

「君にそんな事は期待していない。ロウの話をしただろ? 他人がいても邪魔なだけだ」

「それは嘘です」


 ハッキリと答えたアランにアルシエルは思わず口が止まった。


「貴方はロウに期待を寄せていたはずだ。貴方に尽くす彼が自分の為に戦ってくれる事に。貴方は知らなかったんだ。それは誰にも出来ない事を。自分を守る為に傷を負ったロウを見て後悔したんでしょう」


 彼を戦わせてしまったことを。

 戦えるようにしてしまったことを。

 戦わせなくても、自分がいれば勝つ事ができたことを。

 己の強さ故に、彼の傷や想いに意味が無いことを知って絶望した。


『勇者が一人で戦う理由がわかった気がしたよ』


(正解だよ。俺はそれが分かっていたから、一人で旅立ったんだ。だからお前の気持ちだってわかる)


 アランは続ける。


「弱いから力を取り上げたんじゃない。これ以上傷ついて欲しくないから、戦わせないようにしたんでしょう」

「っ……!」

「そして今、私の事も同じように守ろうとしてくれている。自分がいるにも関わらず周りで他人が傷つくのが耐えられない。だから全部引き受けるって言うのも分かります」

「だったら……」

「それでも俺は戦います」


 俺もお前と同じだから。

 かつての従者をもう一度殺す。そんな事をすれば彼女の心は再び傷つくだけだ。

 それを俺だけが分かっていて逃げられるわけがない。

 だからここは譲れない。


「なにより、今の貴方の状態では無理ですよ」


 アランは彼女の胸元を指差した。


「聖痕のせいで本調子には程遠いのでしょう?この先何が起こるかわかりません。使える戦力は一つでも使うべきだし、貴方は少しでも温存出来るならそうすべきだ」

「うっ……でも君が負けたら結局私が戦うことになる。なら初めから私でも」

「仮にそうなったとしても戦った事は無駄にはなりません。わずかでも貴方が戦いやすくなるならそうしたほうが良いでしょう」

「でも……」


 勝つと分かっていながら心にも無い理屈を並べて理由を誤魔化し通す。

 図星なのか、聖痕を持ち出すとアルシエルは答えに自信が持てなくなっていた。

 アルシエルにとって勇者との戦い以降初の戦闘だからだ。実際の所、戦いにどれだけの影響が出るのか断定は出来ない。万全でない上に敵の情報も少ない中で先の話をされては不安も増してくる。


「今守るべきは村人達です。使えるものはなんでも使いましょう。だから俺に任せてください」


 言葉に嘘はない。

 村人を守りたいのは本当の事だ。魔族であっても彼らは理不尽に襲われた被害者なのだから。

 アランは譲らないという強い意志を秘めた瞳で彼女に訴えかける。


「……っ………」


 言葉を返そうと開いた彼女の口は力無く閉じた。


「……それでは、失礼します」


 もう止められないと判断したアランはアルシエルの隣を通り過ぎる。


「待て」


 アランの右手をアルシエルは掴んで止めた。

 

「君は命が惜しくないのか」

「……私は一度、命惜しさに逃げ出しました。それを今も後悔しています。もう二度とそんな事はしたくない」


 あの日の事を忘れた夜は無い。全ては自分の弱さが招いた事だ。そのせいでどれだけの人が傷つき、失った事だろう。考えただけで押しつぶされそうだ。これ以上、あんな思いはしたくない。耐えられない。


「だから俺は、俺が守りたいものの為に命をかけます」


 【魔王】にではない。相手がアルシエルだから、アランは命をかけてその心を守ろうと思えた。

 その答えに迷いは無かった。


「そうか……なら私も覚悟を決めよう」


 繋いだ手から光が広がり、包み込んでいく。


「これは……」

「君の想いは分かった。だが私だって何もせず死なせるわけにはいかない」


 手に力が入る。ようやく二人は向き合い、目を合わせた。


「君を信じる。そっちは任せたよ」


 やがて光は2つに弾けるのだった。


「うおおおおおおお!!」


 ただひたすらに走る。一心不乱に。迫り来る獣に追いつかれないように。喰われてしまわないように。

 ロウに目を付けられたナッシュは森の中を走り回っていた。


「グルルァ!!」

「ギャー!もう無理ぃー!」


 ロウの大きく開いた顎がナッシュの上から迫った次の瞬間、光が二人の間に割って落ちた。


「あなたの相手はまだ私ですよ」


 現れたアランは再びロウと対峙した。



 もう一つの光であるアルシエルはエミルの前に着地する。

 ヒュージスケルトンの中でエミルは


「なんだもう来たんだ?誰か助けに行ったんじゃなかったの?」

「ああ、向こうは私の従者に任せた。だから安心しろ。貴様の相手は最後までしてやる」


 アランとアルシエル、互いの足元に魔法陣が広がると蒼と紅の光が空へと放たれた。


「決着をつけましょうか。先輩!」


 アランは右手を上げ、手の甲の紋章が輝く。空へと昇った光は蒼い雷となり、アランへと降り注ぐ。

 雷は四肢を包み込むと、鎧へと姿を変えた。


「久々の出番だ。簡単に死んでくれるなよ」


 アルシエルは左手を掲げる。空へと昇った光は炎となってアルシエルへと降り注ぐ。

 彼女はそれを左手で掴み、剣へと形を変える。

 炎を振り払えば、そこには黒紫の大剣が握られていた。


 アルシエルは剣の切っ先を、アランは指先を突きつける。


「「覚悟しろ」」



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