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終わらなかった話


 〈魔王〉と〈勇者〉

 人間と魔族が争い続けるこの世界で、戦う事を運命づけられた二人。

 勇者は人々を守る為、聖剣を携えて旅立つ。

 そして、旅の果てに勇者は荒野で魔王と相対した。


「やっと会えたな、魔王。お前を倒し、世界に平和を取り戻す!」

「ああ、会いたかったぞ勇者よ!さぁ、決着をつけようか!」


 戦いは苛烈を極めた。

 勇者の聖剣は選ばれし者にのみ扱える絶大な力を持つ。だが、魔王の持つ魔剣もまた同格の力を持っていた。

 聖剣のひと振りは空を切り裂き、魔剣のひと振りは大地を砕く。

 やがて、二人の戦いは一つの決着を迎える事となった。

 ──聖剣の切っ先が魔王の胸に刺さる。

 あとわずかで貫けたはずが、魔王は直に聖剣を片手で掴んで止めた。

 魔族なら触れるだけで皮膚が溶ける聖なる力をそれでもなお握りしめていた。


「なっ──」


 決死の一手だった。お互いに傷だらけになるまで戦い、勇者は最後の力を込めた一撃を止められた。

 魔王は聖剣を投げ捨て、勇者を蹴り飛ばす。

 地面へと叩きつけられた勇者は即座に起き上がるが、頭上には魔剣の切っ先を中心に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 地面に刺さった聖剣に手を伸ばすが、間に合わない。


「これで終わりだ」


 放たれた黒炎が大地を飲み込む。

 勇者は跡形も無く消し去られ、焼け野原には聖剣だけが残っていた。



 勇者の敗北である。





 〈勇者〉が敗北した。

 〈勇者〉と〈魔王〉の世界の命運を懸けた戦いが終わり、世界は魔王によって支配されると誰もが思っていた。

 しかし、現実はそう単純ではなかったらしく、しばらく経っても世界は支配されずに人間と魔族が対立したままとなっていた。


「……魔王様が勇者を倒した事により、全ての魔族がいっそうの魔王様への忠誠を集めているものの、人間界へ侵略を未だ自ら行っていない事に不満を持つ者もいる、というのが現状の魔界の報告になります。魔王様」


 魔王城、玉座の間にて。

 金髪に赤目、顔の右側には仮面をつけた従者のアランは玉座の前で報告書を読み上げていた。

 報告を済ませ、一礼。顔を上げると、玉座に座る魔王を見上げる。

 艶めいた銀髪の長い髪、その隙間から生えた二本の角、燃えるように紅い瞳、片腕には漆黒の手甲。勇者を倒した今、世界で最強の存在。

 〈魔王〉アルシエルである。

 その証明として、玉座の背後の壁には強力な結界で封じられた聖剣が飾られている。


「ご苦労……他に何か報告は?」

「いえ、ありません」

「そうか。なら部屋に戻る」

「かしこまりました」


 アルシエルは席を立つと黒衣を翻し、自室へと歩き出す。その後ろをついて行くと、すれ違う者全てが彼女に平伏するのが見える。


『魔剣に選ばれし魔族の王』


 その肩書に相応しく、誰もが彼女に畏敬の念を持っている。

 王としての立ち居振る舞いも素晴らしく、なにより勇者を倒して最強を証明した彼女の強さに憧れないものなどいないだろう。

 ……彼女に〈魔王〉としての問題が本当に無ければ、の話だが。


 アルシエルとアランは自室へ入ると、まず扉の鍵を閉める。

 アルシエルはタンスから一枚の紙を取り出し、ベッドへと寝転がる。

 紙に描かれていたのは、勇者の似顔絵だ。

 両手で紙を握りしめ、ポツリと呟く。


「勇者を倒した、か……おお、勇者よ……死んでしまうとは情けない……!こんなにかっこいいのに……!」


 そしていつもの半泣きをし始めた。

 これが彼女の〈魔王〉として最大の問題点。


『魔王は勇者の事が大好き』


 それはもう、熱烈なファンだった。

 暇さえあれば勇者、二言目には勇者だ。

 他人の趣味に口出すほど野暮でありたくはないが、流石に〈魔王〉としてそれはどうなのだろうかとは思う。

 〈魔王〉と〈勇者〉はこの世界において相容れる事のない宿敵である。


「お茶の用意をしてきます」

「勇者ぁ〜……私が殺さなかったら今頃は人間達を守るために戦っていたんだろうなぁ……さぞや凛々しく美しい顔……いや、戦いを見せてくれただろうに……」


 枕に顔を埋めて泣きじゃくるアルシエルを背に、殺しておいてよく言うなぁと思いながらアランは部屋を後にする。

 キッチンへと到着すると、作り置きしておいたチーズケーキを棚から取り出し、それにあった紅茶を選ぶ。

 部屋に戻るとアルシエルは楽しげに部屋中に勇者グッズを広げていた。ひとしきり泣き終わったのか。

 額に飾られた絵画から人形や勇者の冒険譚まである。


「魔王様、アランです。お茶の用意ができました。今日のおやつはチーズケーキですよ」

「ん、頂こう!今日は風が心地良いからバルコニーで食べるとするか」


 アルシエルが両手を叩くと、広げられた勇者グッズ達はひとりでに宙に浮いて部屋のあちこちに仕舞われていく。

 しかし彼女の手には勇者の似顔絵が握られたままだ。

 そのまま部屋を出てバルコニーへ続く廊下を歩いていく。似顔絵は持っていくつもりなのだろう。


「食べる時は勇者の似顔絵はしまっておいてくださいね」

「分かっている。もう君以外にはバレないようにしなければな」

「私以外の使用人が出入りする事もあるのですから、本当に気をつけてくださいね。私にバレた時のように」


 従者になって間もない頃、まだ仕事に慣れていなかったせいか、考え事をしながらうっかりノックもしないで部屋を開けてしまったことがあった。

 その時、アルシエルは先程のようにお楽しみ中だったのだ。


「あ、あれは君がノックもしないで部屋に入ってきたからではないか……パニックのあまり危うく君を灰にするところだったぞ。持ってきた自作のケーキが美味しかったから良かったものの」

「ノックしなかった私が悪いのですけど、本当に気をつけてくださいね。それと毎日のようにケーキを所望するのはどうかと」

「そう言うな。君の作るケーキは今では一日の楽しみなのだから」

「それはまぁ……光栄です」

「次は砂糖菓子で勇者の人形を添えてみるのはどうだ?」

「作ったらどうせかわいそうで食べられないとか言い出すのが分かりきってるので嫌です」

「ケチ……だが確かにそのとおりだ……!」


 しまった、と顔に出す魔王。


「仕方ない、やはり勇者の似顔絵を添えて食べるとしよう……」

「さっきしまうって言ってませんでした?聞き間違いですかね?」


 「外だから大丈夫」と言ってアルシエルはバルコニーのテーブルにつく。

 アランは紅茶を淹れながら彼女に疑問をぶつけてみた。


「一つ気になっていたのですが、勇者の事をそれだけ気にしていたのなら最後の決戦の時はどんな気持ちで戦っていたんですか?」

「ああ、あの時か。あの時はな……」


 魔王は一度紅茶を啜ると、ほんの少し表情を曇らせ、呟くようにその時のことを話し始めた。


 ──対峙した勇者が私に刃を向けている。


『やっと会えたな、魔王。お前を倒し、平和を取り戻す!』


 その真剣な眼差しはまさに人類の希望たるに相応しいものだった。救う事を諦めず、戦う事を覚悟した目だった。

 実に、実に格好良かった。


(ついに会いに来てくれた……!嬉しい……!嬉しいぞ勇者!私も会いたかった!愛しの勇者よ!)


 とても口には出せない。今は命と世界を賭けた戦いの前だからだ。


「しかしそんな気持ちが昂ったせいか、『会いたかったぞ勇者よ!』とうっかり口に出してしまってな。慌てて言葉を繋げたりしてたんだ。いやはや、この私がうっかりしてしまうとは。さすがは勇者。まともに話す事もままならなかったよ」


 うっかりはほぼ自滅である。


「魔界の運命がかかっていたというのに呑気な思考してますね。というかよくそんなんで勝てましたね」

「もちろん、そんな考えは最初だけだ。自分の背負っているものの重さくらい理解している。だからこそ本気で戦ったよ。でなきゃ勇者を殺す事などできないからな。そう……ころ……ぅ……ゆうしゃ……」

「魔王様!!?えっ、ちょ、えぇ!?」


 ポロポロと涙を零し始めるアルシエルは机に伏せて顔を隠した。


「ま、魔王様!聞いた私が悪かったですから、泣き止んでくださいよ!」

「ぐすっ………苺のショートケーキ食べたい……」

「言うほど泣いてませんね?」


 やがて泣きやんだアルシエルはハンカチで鼻をかんでいる間、アランは紅茶のおかわりをカップに注ぐ。


「話を聞いて思ったんですが、勇者と話すチャンスでもあったんですから、いっそ告白でもしたら良かったでしょうに」


 なんとなくだが彼女の話を聞いたり、勇者への好意を考えると、戦わない道もあったのではないかと少し思えた。


「……これから世界の命運を賭けた最終決戦で告白とか、頭おかしいんじゃないか……?」


 引いた様子のアルシエルにアランはムカついたが当然のことであり正論である。勇者を好きな魔王がおかしいだけだ。


「私と勇者は戦わなければならなかった。剣に選ばれた者として。そこに私情を挟んだりはしないさ」


 その言葉は勇者好きの魔族ではなく、王としてのものだとアランは感じた。


「そうして勇者を倒した割には人間の国へ侵略を行っていないようですが」

「それはまぁ……あれだよ……なんかやる気でなくて」

「しっかりしてくださいよ、〈魔王〉でしょう」

「……冗談だ。君は私の秘密も知ってるし、もう一つ秘密が増えても構わんだろう。正直に話すよ」


 アルシエルが胸に手を当てると、紋章が浮き出てきた。


「それは?」

聖痕(せいこん)だ。戦いの最後、勇者が聖剣を私に突き立てた時にやられた。傷は塞がったが、心臓に付けられたことで傷痕自体が封印の役割になっている。おかげで力が半分も出せないんだ。いやぁ、さすがだ勇者!ただでは殺されないか!」


 そこは嬉しそうに語るところではないのでは?という気持ちをアランはぐっと飲み込んだ。


「……そうでしたか。しかし解呪(かいじゅ)魔法で解けるのでは?」

「簡単に解けるなら苦労はしないさ。まぁ、ずっとこのままというわけでもないがな。この聖痕は時間が経てばいずれは消えるものだ。それでも暫くはかかるから、ひとまずはこの封印を解くことを目的に動くつもりだよ。侵略はその後。勇者のいない人間達はどうすることもないのだから、のんびりやるさ」

「それを幹部たちに伝えないと納得されないと思いますよ」

「かまわん。わざわざ(さら)す必要もない。人間界には万全を期して行く。それだけだ。戦力差は魔剣があるかどうかくらいだからな」


 拮抗していた戦力は崩れ、もはや誰も魔王を止めることはできない。

 魔剣はそれ一つで魔族を勝利に導くのだ。


「とはいえ他の魔族は私が動かない間でも人間の国を勝手に蹂躙(じゅうりん)するだろう。勝手にやるのだから自己責任だが」


 魔族が人間を奴隷にしようが、食べようが、略奪(りゃくだつ)しようがどうでもいいと魔王は(ひじ)をつきながら話す。


「……では、もしも、今勇者が生きていたら、会えたらどうしますか?」

「ありもしない事を言わないでくれ。けど、そうだな……もしまた出会えたとしても……それでも私は勇者を殺すよ。私は〈魔王〉だから。」


 真剣な眼差しで答える。嘘ではないと。


 「いやほんとにつらいけどね………」と想像しただけでテーブルに顔をつける魔王。

 魔王と勇者が相容(あいい)れることはないのだろう。


「あ、明日は苺のショートケーキで頼む」

「いいですけど、頼みますから勇者の似顔絵を添えて食べないでくださいよ。不味くなりそうです」

「さらに美味しくなるぞ!?」

「死人の絵とケーキってお供え物じゃないんですから。バレたら立場揺らぎかねませんからね?勇者好きの魔王とか、魔界すらも敵に回しますよ。気をつけてください」

「分かってる分かってる。そういう君は私をどう思ってるんだ?なんだかんだで告発しないあたり少し驚いているんだが」

「私は貴方の従者ですから。というか、私が言っても誰も信じませんからね、こんな話」

「それもそうか。いやぁ明日のおやつも楽しみ……ん?」


 ケーキを食べ終えて満足げなアルシエルの髪がそよ風になびく。

 次の瞬間、バルコニーに突風に吹いた。


「あ。」


 テーブルに置かれていた勇者の似顔絵が、魔王城の空に舞った。


「あぁー!?」


 アランは素早く飛び出して手を伸ばし、手すりから乗り出す。

 身体がこぼれ落ちる寸前で似顔絵をキャッチした。

 アルシエルは感嘆(かんたん)の拍手を送る。


「おおー……ナイスキャッチ」

「本当に気をつけてくださいね!?」


 魔王と従者の日常はこうして騒がしく続いていくのだった。





 夜、仕事を終えて自室に戻ったアランは鏡の前に立っていた。


「ふぅ……従者の仕事も楽じゃないな」


 というか魔王の世話をするのが大変だ。うっかりすると勇者好きが知れ渡るリスクがあるのが怖すぎる。

 左に付けていた仮面を取ると、金色だった髪は黒に。魔人特有の赤い瞳は青に()()()()()


 鏡に映ったのは、死んだはずの勇者の姿だった。


 魔王の従者、アラン。 


 彼の正体は勇者である。


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