ep.85 お前たちに話しておきたいことがある
「――っ!」
あの時殴られた男がハッとしてセンリのほうへ向き直った。そのまま立ち上がって歩み寄り、声をかけてきた。
「あの、助けていただきありがとうございました」
「……その格好。異教徒の方ですよね。どうしてこのようなところに?」
男と一緒にいた若い女がそう問いかけると、代わりに初老の女が答えた。
「彼は外の国から来たそうでここへはたまたま……」
話し方から察するに彼らは顔見知りのようだ。
「だいたい想像はつくが何の諍いだ」
「外の方に理解していただけるかは分かりませんが……」
男は自己紹介を交えて事情を説明した。
まず彼の名前はルプレタス。新解釈派の青年団に所属する新進気鋭の教徒。そのそばにいる彼女が同じく青年団のヌヴェル。初老の女は名をトロレと言い、この古びた教会の管理を進んで引き受けていた。
話の大筋はセンリの考えていた通り原理主義派による新解釈派の粛清だった。そして細かい部分に抱いていた疑問を解消する答えもあった。
なぜ教会によって手入れ具合に大きな差があるのか。その謎の答えは単純明快。原理主義派か、新解釈派か。主流の前者には多くの寄付が集まり、後者には爪の先ほど。だから備品の補充や買い替え、建物の修繕もままならず放置されていたのだ。
また原理主義派の一部は過激な思想を持っている。さきほど出会った集団がいい例だろう。彼らのせいで新解釈派へ改宗し得る者たちが尻込みし、なかなか同志が増えない現状だ。
他に気になった点。教会に対して攻撃を仕掛けない理由については、あくまで信仰されている神が同じであることから破壊活動が背信行為に当たるとのこと。
彼ら過激派のやり方としては新解釈派の教徒を抑圧して数を減らし、または取り込み、教会のほうはのちに乗っ取るか自然に朽ち果てさせるというものだった。
「彼らは執拗に改宗を迫ってくる。無視し続ければいずれは……さっきのように」
「前に会った時はどうにかまあ穏便に済んだのに、ね。今回はいきなり殺そうとしてくるから驚いたわ……」
ルプレタスは重いため息をつき、ヌヴェルは恐怖から身を震わせた。
考え方の違いによる宗教内の対立ならどちらが正しいとは言えない。が、やり方に問題はあるだろう。
「いっそのこと寝返ってしまえばいいんじゃないか」
気まぐれで手を貸したセンリが身も蓋もないことを言うや否やルプレタスが即座に否定した。
「できません。信念に背くことになりますから。たとえこの身が朽ち果てようとも曲げるつもりはありません」
断固とした鋼の意志。ヌヴェルのほうには見た限りそこまでの度胸はないみたいだった。
「なぜそこまでこだわる? 信じ抜いたところで何か得になるのか?」
「原理主義派と違って私たちはより『今』に重きを置いています。ですから生きている間の無益な争いは是が非でも避けたい。……たとえば教典の中の勇者の一族に対する節は胸が痛くなるほどに悲しく無益でひどく和を乱すものです」
「うん。それは本当に思う。その特徴に生まれただけで責苦を負うなんて間違ってる」
「……もし今も生きているなら、その苦しみを受け止めて癒やしてあげたいわね。ほんのわずかでも」
ルプレタスを筆頭にヌヴェルやトロレがそう話す。よもや目の前にその勇者の一族の末裔がいるとは夢にも思わないだろう。
「そういえば、あなたの目も綺麗な黒色ですね。今まで気づきませんでした。まさかとは思いますが、これまでに私たちがご迷惑をおかけしたことはありますか……?」
ルプレタスの憂慮は的中どころかもはや的からはみ出すほどに大量の矢が刺さっていると言っても過言ではなかった。
「……特には」
それなら腐るほどあると口走りそうな顔のままセンリはあえて濁した。ここでさらりと正体を晒す糸口を与えるわけにはいかない。
「それはよかった。ですがここにはあのような過激派もいるので用心なされることをおすすめします。……あの強さの持ち主には余計なお世話かもしれませんが」
「さっきので目を付けられてないといいんだけどねえ……」
少なくとも動き回れる青年団組とは違い管理者として教会に赴かなければならないトロレはそのことを不安に思っていた。
その後、センリは原理主義派の教会にも足を運んだ。たまたま訪れたところは親切な対応で新解釈派の話をしても悪い顔はせず。むしろそれもありだろうと好意的に捉えていた。やはり主流派も一枚岩というわけではないようだ。
色々と話を聞いてみたところ多くは変化を嫌う趣旨だった。新解釈派に乗り換えればこれまで積み上げてきた数々の徳や寄付が水の泡。過激派にも裏切り者として目を付けられるかもしれないと。
センリはその場その場で手帳に情報を書き記してから街を散策して宿舎に帰った。
「おかえりなさい」
部屋に戻るとセズナの姿があった。いつもの位置で本を読んでいる。
「どこへお出かけしていたんですか?」
「ちょっとした巡礼さ」
「すごく信心深いんですね」
冗談には冗談で返すセズナ。
「お前も出かけていたんだろう」
「はい。宿舎の周りを散歩していました。やっぱり森に比べると魔素が少ないですね、ここは。文明的ですが、根源的なものを蔑ろにしているように感じます」
彼女はエルフならではの視点でヒトの社会をなじってみせる。
「だからと言って原始的な生活に逆戻りは御免だな」
「大事なのは均衡ですよ。根源と共生しながら文明を取り入れていくような。……それとも調和と言ったほうが分かりやすいでしょうか」
「調和、か。その手の話は今日何度も聞いたな」
少々うんざりした顔で上着を脱ぎ捨てるセンリ。床に投げられたその上着は以前別の国で購入したもの。しかし酷使されるせいで徐々にほつれてきていた。
「あの、洗いましょうか?」
染みついた汗の臭いに気づいてセズナが申し出る。旅路で定期的に洗ってはいたみたいだが、じゅうぶんではなかったのだろう。けれどそれは彼に限った話ではない。
「その必要はない。自分のものは自分で洗う」
「臭いますよ、それ」
「死臭に比べればマシだ」
「私が気にするので洗いますよ」
セズナは腰を上げてくしゃくしゃの上着を手に取る。その時するりと何かが落ちた。拾い上げるとそれは手帳だった。
「これは……?」
「調査用の手帳だ」
「そうなんですね。お返しします」
ベッドに寝転がるセンリに手帳を返すセズナ。気になった顔のままで。
「ではちょっと洗ってきます」
扉を開けると入れ替わりでエスカとクロハがやってきた。
「あっ」
「おっ」
驚く2人をよそにセズナは微笑みだけ返してその場を後にした。
「主の部屋におることは知っておったが……」
離れていく彼女の背中を見送りながらクロハがぽつりと漏らす。
「まあよい。ひと時の辛抱じゃ」
「それはこっちの台詞だ。で、何の用だ?」
その質問にはエスカが答えた。
「あ、はい。実はその、センリさんがおっしゃられた司教様との謁見についてですが、明日に決まりました」
「……なんだと」
あまりに早い対応。渋るどころかむしろ会いたがっているような。
「ええ。私も驚きました。まさかここまで早くに対応してくださるなんて」
「問題はそこじゃない。やつは裏切った張本人だぞ。なぜ快く引き受けた」
言わば歴史の証人。勇者の一族を貶めた当人がその末裔と直々に会うというのだ。
「心の底から深く反省しておる、とかであろうか?」
クロハが腕を組んで斜め上を見る。少なくとも息子のルドルには敵対心がなかった。
「あいつらが我が身を省みるとは思えない。何か裏がある。あるいは鋼のように揺るがぬ余裕を持っているからか」
当時は自分らを脅かす存在だったが、時が経ちもはや歯牙にも掛けない。そんなふうにも取れる釈然としない状況。とりあえず会ってみないことには分からない。
「……お前たちに話しておきたいことがある」
この大きな獲物はやはり一筋縄ではいかないと考えてセンリには珍しく他人を頼った。察した2人はもちろんと今にも言いそうな顔で快くうなずいた。




