ep.84 異教徒と遊んでみないか
翌日の朝、約束の時。アガスティアの数名が登城して謁見の間に向かった。エスカ、センリ、クロハ、オルベールの4名。関係のないセズナは宿舎でお留守番。
「ようこそ、アドラシオへ。私がこの国の領主イーロンだ」
炭鉱夫のような体つきの大男がこの国の管理者。王制ではないこの国に王はいないため領主という形になる。
「そして、こちらにおわすのが司祭のルドル様」
領主に様付けされる不思議な雰囲気の男が近づいてくる。
「司祭のルドルです。どうぞお見知り置きください」
挨拶にきた彼に対してセンリの左耳に付いた耳飾りが激しく反応している。それが意味するところは、
「テペラン。七賢者の子孫だな」
勇者の一族を裏切った七賢者の子孫だった。
「――ッ! ではあなたが勇者の……」
来ること自体は知っていたようだが、まさか目の前にいる白髪眼帯の男が勇者の末裔だとは思わなかった。そんな表情をしている。
「これは失礼。その節は先祖がご迷惑をおかけしました」
「先祖? おかしなことを言う。当時から生き長らえているんじゃないのか?」
センリが言った途端、その場の空気が固まった。
「……それは、私の父ビザールのことですね」
静寂を破ってルドルが口を開く。まさか正直に答えるとは思わずアガスティア一行に衝撃が走った。
「別に隠すつもりはありません。周知の事実ですから」
「司教のビザール様は奇跡の力により今もご健在。この時代においても私たちを導いてくださる指導者的立場にあられます」
ルドルに続けてイーロンが話す。彼自身も教徒で崇拝者だった。
「……なるほどな。よく分かった」
事実をひた隠しにしない。これまでの流れからビザールの絶対的な余裕を感じる。
「とりあえず、あんたの血を分けてもらいたい。その司教様とやらに呪いをかけられた哀れなやつらのために」
裏切った当時の七賢者は勇者の一族を庇う仲間にさえ呪いをかけていた。それは特別な、子々孫々と受け継がれる忌まわしきもので、解くには彼らかその流れを汲む者の血が必要だった。
「……確かそういう話もありましたね。いいでしょう。今度でよければ私の血をお渡しします。他には何か? ここへ来られたのは特使の任だけではないのでしょう」
ルドルはやけにあっさりとした態度で話している。それこそたいしたことではないというふうに。そう来るならとセンリはさらに態度を変えた。
「司教に会わせろ」
「分かりました。今ここでとはいきませんがすぐに取り次ぎます」
まさかの二つ返事。ルドルは彼の態度に怒ることなくうなずいてみせた。イーロンも彼の態度に苛立っている様子はない。
そこからの話も円滑に進んだ。エスカの語る内容に双方うなずきながら耳を傾け、理解を示したように見て取れた。しかしながら果たして心に届いたのかは分からない空虚な手応えだった。
特使としての話と滞在に関する確認が終わるなり、アガスティア一行はやんわりとした態度で帰された。
宿舎に戻ってからセンリが部屋に入るとそこにセズナの姿はなかった。どうやら出かけているようだ。
あの余裕綽々の態度が気になったセンリは誰かに邪魔をされる前に自身だけで街へと出かけた。敵情を知るために。
まずは街の全景を見渡したいとそれに適した場所を探す。中心地区内に建つ巨大な鐘塔なら間違いないだろうと天辺の屋根に登った。
眼下に広がる街の景色。城に近しいところはしっかりと区画整理されているが、離れるにつれて曖昧になっていく。これは別に不思議ではない。あからさまに貧困地区だと分かるところも見当たらない。が、ふと気になる点があった。
「……ん?」
センリが注目したのはそこら中にある教会。基本の色はほぼ同じで、形や大きさは少しずつ違うだけ。しかしながら目を凝らすと手入れの具合に大きな差があった。
それが何を意味するのか分からないが、センリは見た中で一番汚い教会に向かった。
不思議と懐かしさを感じさせる教会の雰囲気。そこはただ単に手入れを怠っていただけだが、こちらはしたくてもできない空気が漂っている。
「ようこそ。……あら?」
礼拝用に扉は開かれていてセンリが訝しんで中に入ると、初老の女が眉を上げた。
「あなた、この地区の人ではないわね」
「この地区じゃない。外から来た」
「……まあ。それは遠路遥々と。見たところ教徒の方ではないように見えますが、このような場所にどのようなご用件でしょうか?」
「ただ興味があって見にきただけだ」
中のほうは想像よりも手入れが行き届いていた。それでも経年劣化による備品の欠けや傷がよく目立つ。
「慎ましいな」
長椅子の傷を撫でながらセンリが呟けば女がふと目を伏せる。
「……ここは新解釈派の教会ですからね」
新解釈派。同教の内で原理主義派と対立する宗派。調和を保ちたい彼らは教典を改めて解釈しなおすことで和を乱すような部分を撤廃した。その中には勇者の一族に対する謂れのない罪も含まれている。
「新解釈派、か。知り合いにもいたな」
「きっとその方たちも肩身が狭いでしょうね。まだまだ原理主義派のほうが主流なので。いつの日か流れが変わるといいんだけど……」
すると外から小競り合いのような音が聞こえてきた。出ていってみると目の前で男が殴られて倒れた。それに駆け寄る若い女。
「改宗しろって言ったよな。こんな目にあいたくなければ」
「そのことなら断ると言ったはずだ……!」
殴った男が改宗を迫り、殴られた男が拒否している図。
「強情なやつめ」
殴った男は集団を率いていた。どうやらある種の地回りのようだ。後方に控える仲間が前に出てきて、抵抗の姿勢を見せる男女2人を取り囲む。それを見兼ねて、
「まっ、待ちなさい!」
センリと話していた初老の女が集団に割って入り、
「暴力はいけません」
彼ら2人の盾として、相手方の中心人物と対峙した。
「誰かと思えば教会のババアか。あんたにも言ったよな。扉は一生閉じておけと」
「……それはできません、と申したはずです。ここへ来てくださる方々のためにも」
「こんな場所、誰も来ねえよッ」
「――ッ」
男はあろうことか初老の女に蹴りを入れた。
「な、なんてことを……!」
さっき殴られた男が慌てて近寄り、そばにいた女も今度はそちらのほうへ。
たった3人に対して多数で脅しつける理不尽な状況。
「もういい。殺すか。ここまで改宗を拒むのならもはやただの異端者だ」と男が言った。
この場に彼ら以外はいない。つまり目撃者もいない。偶然居合わせた1人を除いては。
「おい」
虫けらの如く存在を無視されていたセンリが自ら声をかけた。
誰だお前は、といった顔で一斉に睨みつける集団。この状況がふと、センリに懐かしい記憶を思い起こさせた。
以前住んでいた辺境の町、その貧民街で似た局面に何度も出くわしたことがあることを。その時は決まって適当にあしらっていた。背後で無責任に「あとは任せましたよ」とぬかすぐうたら神父の声援を耳にしながら。
「異端者の前に、異教徒と遊んでみないか」
「異教徒……だと」
センリの言葉に彼らは目の色を変える。向き直って殺意を醸し出した。
「…………」
中心人物の男が何も言わずに手を向ける。魔力の波動が周囲に溢れたと思えばすぐに収束してセンリの首に手の跡が現れた。どうやら絞め殺そうとしているようだ。しかし、
「どうした?」
ふんわり手形をつけるだけでそこから先に進めず奇怪に思う。
「……そんな馬鹿なことが」
ふと何かを悟って目を細める男。思い違いだと信じて最大限の力を込めるも反発が強すぎて意味をなさない。
それどころか逆にその手と腕が一息に捻れた。男は目を見開き、周囲が愕然とする。
「やり方が違う。こうやるんだ」
時を移さず今度はセンリが手を差し向ける。すると男の首に手形が現れ、きつく締め上げた。宙に浮き上がり、
「ぐッ……あッ、あッ……」
息苦しさで激しくもがいている。適当な頃合いを見計らって解放すると男は咳交じりに涎を撒き散らしたあとそのまま意識を失った。仲間は驚愕し、完全に戦意を喪失している。
「失せろ」
追い打ちのようにセンリが言い放つと、集団は気絶した中心人物の男を抱えて逃げ去った。後に残された3人はぼんやりと気抜けした様子でどこか遠くを見つめていた。




