ep.81 破壊の力
用件を終えて屋敷を離れ、集落の中を歩くセンリに鋭い視線が突き刺さる。交渉の件はすでに広まっているのだろう。いくら女王とその子の命を救うためとはいえ不満を抱く者も少なくない。
「あいつが例の……」
「ヒトなんか信じるべきじゃないわ」
「ここで一発やっちまえば……な」
「我らの花畑を踏みにじってよく……」
「やつらのところへ行くやつは全員裏切り者だ」
わざと聞こえるように話すエルフたち。これらの意見が多数派であるのは彼らの排他的な性質から見ても明らか。だが一枚岩というわけではなく中には穏和派と呼べる者たちもいた。
「勇者の一族ってのも結局は七賢者の輩と同じか」
それまで全ての怨言を無視していたセンリがピクリと反応。わざわざ後戻りしてその言葉を口にしたエルフのもとへ。そのまま首を掴んで締め上げた。
「七賢者みたいな塵屑野郎と一緒にするな」
「……う、ぐぐ……」
抵抗しようにも圧倒的な力量の差を感じ取って本能的に体が動かなくなる。
「撤回しろ」
センリが見据えて言い放つと、そのエルフは掠れた声で「わ、分かった」と返した。
解放されて咳き込むエルフ。あまりの殺気に周囲はうろたえている。
「お、俺が間違っていた。これでいいか?」
見るからに誠意は伝わってこないが前言を撤回したことでセンリは矛を収めた。
騒ぎの一部始終を見ていたハヴァマは何も言わずに立ち去っていく彼を見送る。
勇者の一族と交わした契り。エルフたちにとっては先行きが危ぶまれるものとなった。
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センリが集落から戻ってきた頃、野営地は明日の出発に向けて準備をしていた。せっせと片づけをして、荷をまとめている。
隊の中には体調不良のままこの日を迎えた者もいた。それだけこの環境が特殊ということだ。あのオルベールも心なしか疲れているように見える。
送迎役のエルフに別れを告げて野営地を歩くセンリの鼻腔を刺激する豊かな香り。釣られていくと、エスカが大きな鍋の前に立っていた。額に汗をかき、真剣な様子でかき混ぜている。どうやら料理を作っているようだ。周囲は口を出さずに温かく見守っている。
「どうですか……?」
自身で味見をしながら周囲にも味の確認を求めて調整している。一心不乱で近くにいるセンリに気づいている様子はない。
「…………」
センリは何も言わずにその場から去って別の場所へ。クロハの姿は見受けられずおそらくは天幕の中にこもっている。
落ち着いた静かな場所を求めていると、セズナがポツンと隅のほうにいた。穏やかに揺れるカーテンのような空を見上げながら物思いにふけっている。
「――勇者の一族を裏切らない、でしたっけ」
気配を察知したセズナが言いながら顔を横へ向ける。
「決して、な」訂正してから彼女に歩み寄るセンリ。
「もし破ったらどうなります?」
「この手で消す」
「――っ!」
からかってみたつもりがセズナは思わず怯む。眼前に突きつけられた彼の掌から発現した刹那的な漆黒の煌めきが、彼女の内に眠る本能的な恐怖を煽った。
「それは……」
今まで見たことも感じたこともない魔術。あるいは未知の理。
「……異世界から来た勇者の一族は特殊な力を有していたと聞いたことがあります。こうして実際に見たのは初めてですけど」
煌めきの消えた彼の掌を、セズナはおそるおそる両手で握って眼前から遠ざけた。
「もしこの力を発揮したら具体的に私はどうなるんですか……?」
「これは、破壊の力。文字通りお前という存在が木っ端微塵に消え失せる」
「破壊……」
比喩ではなくまさか鼻先に死の概念を突きつけられていたとは露知らず。やはり一筋縄ではいかない男だと認識を改める。
「明日発つ。借りていた本はあとで返すつもりだ」
彼女に伝えたかったのはそれだけのようでセンリは踵を返した。
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日が暮れて夕食の時間になると誰かがセンリを呼びにきた。天幕の中で読書中だった彼は腰を上げて外へ。あの時の良い香りに引っ張られて野営地の中心に。そこでは隊のみなが集って談話していた。
足止めを受けてから実に10日間。ようやく出発できるとあって前夜祭のような雰囲気になっていた。常に節制を心がけねばならないが、今夜は明日への景気付けとして特別に普段より良い食事が振る舞われることになっていた。
そこにはエスカが作っていたあの鍋も含まれている。中は特製のスープ。すでに行列ができていて王女自ら一人一人に提供している。汗をかきながら、でもずっと笑顔で。そういうところがみんなに好かれているのだろう。
行列がなくなるのを待ってからセンリが受け取りにいく。すると気づいたエスカが満面の笑みを見せた。
「あっ、センリさん。実はこれ私が作ったんです。みなさんはもちろんのこと、特にセンリさんには滋養のあるものを食べてもらいたくて」
「……確かに豊かな香りがするな」
滋養強壮に効く食材も多く使われているようで匂いに富んでいた。
「はい、どうぞ。たくさん食べてくださいね。私もすぐに行きますから」
スープの入った木製の器を手渡すエスカ。近くでそのやりとりを見ていた人が、
「エスカ様。ここはこの私にお任せください」
気を利かせてそれとなく交替を促した。
「あ、は、はい。ありがとう」
センリと一緒に夕食を取りたかったエスカは機会を得てその者に後を任せた。その場を離れようとした時、賑わいが気になって様子を見にきたセズナが目に入った。
「あっ! えっと、セズナさんっ」
エスカが声をかけた。それに反応して彼女は人々の合間を縫い歩み寄ってくる。その間にエスカは別の容器に新しくスープを注いでもらって、
「もしよかったらどうぞ。作ってみたんですけど」
それを彼女に手渡した。
「…………」
セズナは無言で器に目を落とす。ヒトを警戒しているのか今まで一度も食事を受け取らなかったのだ。
「エルフのみなさんが好きなミモルの花も入れてみました」
「……花を?」
ヒトにとっては食べられたものではないミモルの花。エスカはそれをどうにか使えないかずっと思案していた。
「香辛料として使ってみたんです。あとは調和するように他の食材を組み合わせてみました。この森で採れたものもいくつか使って」
説明を受けてセズナは今一度スープの匂いを嗅いでみた。確かに入り組んだ匂いの中に親しみ深い香りを感じる。
「向こうで一緒に食べませんか?」
純粋な目で優しく促されると、セズナは懐疑的ながらも小さくこくりとうなずいた。
そのあと他の料理を取り分けている最中に、
「――おっ、そこにおったのか。我もすぐに向かう」
クロハとすれ違った。彼女はちょうど今スープを受け取りにいくところだった。
一行は空いているところを見つけて腰を落ち着ける。センリ、エスカ、セズナ、そこにオルベールが合流し、ちょっと遅れてクロハがやってきた。大盛りの器を引っ提げて。
「…………」
各々食べ始める中でセズナだけがためらっている。ふと隣に目をやればセンリがあのスープを口にしたところだった。まだ温かく白い湯気が立っている。
「……美味いな」
一口飲んでセンリが珍しく褒めの言葉を漏らした。試行錯誤の跡を感じる調和のとれた味が五臓六腑に染み渡っていく。
「ほ、本当ですか……? よかった。すごく嬉しいです」
第一に彼の反応を気にしていたエスカの顔がパッと明るく早変わり。
それを間近に見ていたセズナの手がついに動いた。スープの入った器をそのまま口もとへ運んで緩やかに喉を鳴らす。
「……ふう」
一息に飲み干してしまった彼女。口端を手でぬぐってからエスカへと向き直って、
「美味しいです、これ」
率直に味の感想を伝えた。
「セズナさんも。よかったです。そう言ってもらえて」
苦労した甲斐があったと言わんばかりにご満悦のエスカ。
「確かに美味である。このスープはエスカが作ったのであろう?」
「はい。この森の食材も使っています。あのミモルの花も」
「……ほう。あの不味い花をよくもここまで」
クロハは目を丸くした。勢いのまま近くに生えているミモルの花をもう一度食してみるが、やはり不味くて吐き出した。
「馬鹿かお前は……」
その様を見て呆れるセンリ。さすがのエスカも苦笑いだった。
最初の一歩を踏み出したことで吹っ切れたセズナは他の料理にも手を出して、味の感想を逐一告げていた。そこから分かったのは、ヒトとエルフの間に味覚の違いはあるが、想像よりも遠くはないということだ。
出された料理のいくつかは高評価で、そのどれもがこの森の食材を使用していた。つまり彼ら好みの食材を料理の中に溶け込ませて上手く均衡がとれれば、ヒトとエルフ、両方が美味しく感じるものを作ることは可能なのだ。
「――おっ、そうじゃった」
エスカが新しい発見をした一方で、クロハが突然服の中から何かを取り出した。
それは新しい眼帯。黒を基調とした上品な意匠で、目に接する裏面は負担が軽くなるようにふんわりとした布地が縫い込まれていた。
「ほれ、そんなありあわせのものではなくこっちを使うがよい」
クロハから胸に押しつけられた新しい眼帯。センリは容器を置いてからそれをまじまじと見つめる。細部まで丁寧に縫われていて綻びは一切見当たらない。今着けているものよりも遥かに良い手触りだ。
試しに付け替えてみるとぴったり合った。以前あった布地の荒さも感じない。
「着け心地はどうであろうか?」
「……悪くない。いい出来だ」
「くふふっ! そうであろう、そうであろう。裁縫は淑女の嗜みであるからに、その程度のもの我からすれば造作もない」
ほしかった反応がもらえたからかクロハは歯を見せて笑む。
「…………」
美味しい食事に新しい眼帯。受け取った本人は片眼を失ったことへの慰めだと思っている。確かに間違ってはいないが、そこには嫉妬心という成分も含まれていた。
感情の揺らぎを感じ取ったセズナは自身の感覚をさらに研ぎ澄ませて、彼女たちが今どんな気持ちを抱いているのか推察した。
「……なるほど」
以前は漠然とした心象だったが今回はより深く。しっかりと感情を汲み取った。そっと陰から彼らの関係性を盗み見るようにして。




