ep.80 結論から言えば
夜になるとセズナは言葉通り集落に帰った。設置された天幕の中で少し読書をしてから眠りにつくセンリ。その付近にはエスカとクロハが眠る大きめの天幕があり、オルベールと複数の騎士たちが警護のために取り囲んでいた。交替で番をすることになるだろう。
意識が深いところへと落ちたセンリはあの時と同じ奇妙な夢を見ていた。
森の中。今度は遠くから音が聞こえてくる。動物の跳ねる音だ。木々の合間に向けて弓を構え、魔術の矢を放つ。
しかし失敗。目測を誤ってしまった。弓の腕はそれほど良くないようだ。狙っていた中型の動物は驚いて逃げてしまい、それを追って森の奥へとさらに入り込む。
獲物が逃げ込んだのは縄で囲まれた区域。一度足を止めたが、辺りに誰もいないことを確認してから進入した。
そこで目が覚める。気づけば朝になっていた。まだ早いがセンリが天幕から出ると周囲はすでに活動を始めていた。
野営地の中を物珍しそうにうろつくセズナの姿が目に入る。視線が合うと彼女は眉を上げて歩み寄ってきた。本を何冊か小脇に抱えて。
「いい朝ですね。よく眠れましたか?」
「ああ。まあな」
皮肉の意味で返したが彼女は夢の話を知らないので素直に受け取った。
「集落の共有書庫からいくつか見繕ってきました。本来これらは外への持ち出しが厳禁なんですけど。できれば他の方には見せないようにお願いします」
言いながら抱えた本を1冊ずつセンリに手渡していく。
「多くは古語で書かれているので必要であれば私が訳しますね」
「多少は慣れている。が、その時は任せる」
本の表紙をめくって流し読みするセンリ。通常と紙の材質が異なるので手触りは独特。昔から古い書物に接しているので解読とまではいかないもののある程度は古語も読める。
「あと読み終わったら私に返してくださいね」
「ああ。分かってる」
期日までのいい暇潰しになるとセンリは本を抱えたままさっそくどこかへ。この日、本を読むのに心地良い場所を探している。専用の椅子をもう片方の手で引きずりながら絶好の位置を見つけた。
運ぶのも魔術を使えば御茶の子さいさいなのにあえて使わないのは疼く片眼のことを気にしてか。
腰を据えると適当に1冊を選んで読み始めた。セズナはそんな彼のそばに付いて静かに見守っている。つまらなそうに見えるが、そこまで苦にならないのかもしれない。
遅れて起床したエスカやクロハが天幕から出てくる。背伸びをしてから夜中護衛をしてくれた騎士団へ挨拶交じりに礼を言う。
いつでも剣を抜けるように鞘を抱いた状態でまぶたを下ろしていたオルベールが静かに目を開けて立ち上がった。さあ、今日も一日が始まる、と他の団員にそんな目配せをして。
エスカとクロハは小川から汲まれてきた新鮮な水で顔を洗ってセンリの天幕へ。出入り口の布が上がっていることからすでに起床したと知って野営地内を探し回った。
「おっ、おった、おった」
見つけたクロハが指を差す。その先には読書にふけるセンリとそれに寄り添うセズナの姿が。実際には違うのにそれが仲睦まじく見えてしまう2人。
「……む」
「……はあ」
朝から嫉妬の念が湧き上がってくる。クロハが先にズカズカと歩み寄った。
「主よ。何を読んでおるのだ」
横から覗き込もうとしたが、セズナがそれを手で制す。
「ごめんなさい。これは私が集落から持ってきたもので、彼にしか閲覧を許可していません」
言われたクロハは子供のように頬を膨らましたあと、
「なんじゃなんじゃ! それくらい別によいではないかっ」
不服そうに後ずさって勢いよく地べたに腰を下ろした。あぐらをかいて肘を膝の上に。手の甲に顎を載せて苛立った様子を見せる。
エスカというとおそるおそる近づいてクロハの隣に座った。
「あの、その本はどんな本なんですか?」
せめてどんな内容なのか知りたいエスカに対してセンリが答える。
「過去の記録だ。こいつらがどこからどのようにしてこの森に流れ着いたのか」
この森のエルフは元々別の森に住んでいた。ところが先の大戦時に魔族に焼き払われてしまい、故郷を追われたという話だ。その時に目撃された魔物や魔人についても事細かく書かれている。
「なるほど。記録、ですか……」
どうして彼らの歴史に興味を抱いたのかエスカは不思議に思ったが、これ以上内容については教えてくれそうにないので追求はしなかった。
「……これは?」
「あ、それは……」
センリが本の中で読めない部分を指差すと、セズナはずいとすり寄ってから耳もとで囁いた。周囲に内容を漏らさないように訳しているだけなのだが、それを見ているクロハは気が気じゃなかった。
「もうよいっ! ゆくぞ、エスカ」
「えっ、あっ、はい」
相手にされないのでクロハはエスカを連れてどこかへ行ってしまった。
「いいんですか?」
「問題ない。子守りは俺の仕事じゃないからな」
いつものことだと言わんばかりにセンリは返事。それだけ本に夢中になっていた。
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それからの日々は特に何かが起きるわけでもなく過ぎていった。センリは読書にふけり、セズナはそこに寄り添い、近づきがたいクロハとエスカはどうやって彼の気を引こうか考えていた。
服飾に強いクロハは新しい眼帯を作ることに。エスカは旅で得た知識を活かして美味しい料理を作ろうと決めた。
一方でオルベールや他の隊員は野営地内でエルフたちから様々な技術の提供を受けていた。戦闘に関するものから生活に役立つものまで。ヒトの考えでは至らない知識の結集がそこにはあった。しかし中にはあまりにも高等すぎて扱えないものもあり、そのたびに彼らは自身の力不足を悔いて見送った。
セズナの取り次ぎにより集落から呼び出された彼らは当初ものすごく不本意だったが、切に乞う姿を見て渋々ながら教えていた。
野営地に集落の者が訪れるようになったことで、少し興味を持った別のエルフたちが様子を見にくるようになった。中には言うことを聞かずにやってきた子供もいて、
「――食べる?」
ヒトの食べ物を与えると目を輝かせて受け取り、獣のように逃げ去った。
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長いようで短かったヒトとエルフの交流期間。ついに10日目を迎えてセンリが再び集落に呼び出された。残された交渉の結果を聞くために。
あの屋敷の母屋に足を踏み入れて以前訪れた部屋に入ると、
「来ましたね」
そこには元気そうに微笑むフィヨルダの姿があった。そばには夫のマズルが立っている。
「待たせてしまってごめんなさい。ヒトには少し長かったでしょう」
「さっさと本題に入れ」
挨拶をセンリが軽く流すと、マズルが小さくため息をつきながら言った。
「結論から言えば、賭けはお前の勝ちだ」
「……ほう」
センリは一瞬だけ目を見開く。自信はあったが確信は持てなかったのだ。それこそ彼の好きな勝負事のように。
「目が覚めた時に交渉が成立したと気づきましたが、まさかそんな条件を呑んでいたとも知らずに私は……。ですが掟を守ることが私たちの掟。そこは……しかと守りましょう」
自分のせいでみんなに迷惑がかかることを申し訳なく思う女王フィヨルダ。しかしそれでも反故にはせずに小さくうなずいてから承諾した。たとえヒトでも大事な眼を譲り渡した彼への礼儀として。
「ではこれよりお前たちは俺を、勇者の一族を決して裏切らない」
「不当に扱われないことを願う」マズルの重い一声。
「きっとそんなことをしないと信じています。要求がどうであれ、私とこの子のためにその身を削ってくださった、そんなあなたを」
言いながら大きく膨らんだお腹を愛おしそうにさするフィヨルダ。見るからにいつ産まれてもおかしくない状態だ。それでもヒトのように明日明後日とはいかないだろうが。




