ep.79 私は別に嫌いじゃありませんけど
朝食は簡素ということもあって全員がすぐに食べ終わった。周りが彼らの花畑ということもあり、それに配慮して極力火を使わないようにしているので通常よりも食事の質が劣っていた。物足りないのかクロハは不満げにお腹をさすっている。
「はあー。こんなものでは全然腹が満たされぬわ。待たせるのなら食料くらい支援するべきであろう」
「やつらの主食はそこに咲いてる花だそうだ。試しに食ってみたらどうだ」
センリに言われるままクロハはミモルの花を摘んで食した。しかしながら口の中に何とも言えぬ酸味と苦味が広がり、
「おえっ……」
反射的にその場で吐いてしまった。
「……不味い。不味すぎるぞ。これなら人間の肉を食ったほうがマシじゃ」
唾とともに毒を吐くクロハ。エスカは困ったように眉をひそめて、オルベールは皮肉めいた冗談が好きなのか静かにふっと笑った。
「食料の支援は受けられませんが、技術の提供は受けられると聞いています。私個人として非常に興味をそそられる話です」
老騎士オルベールはエルフの技術に興味を持っていた。もしかすれば自分をさらなる高みへと引き上げてくれるかもしれないと。
「俺個人は興味ないが、気になるなら話は通しておく」
「かたじけない」
オルベールは座ったまま深く礼をしてセンリに感謝を示した。
しばらくして向こうのほうから誰かがやってきた。セズナだ。約束通り欠けた視野を補助するためにセンリのもとへ。
「お待たせしました」
淡い空色の瞳。毛髪は透明で光の乱反射により白く見える。透き通るような青白い肌を覆うのは伝統的な布の服ではなく極めて近代的な革製の服だった。
「来ないと思っていたが」
「約束はちゃんと守りますよ。何かお困りのことは?」
「特にない」
「なら身の回りの世話を」
セズナはセンリから食べ終わった朝食の容器を受け取って野営地の中へ。突然現れたエルフに緊張する隊の面々。
「どこで洗えばいいですか?」
「あ、ああ……。それならここに置いてくれれば。あとでまとめて小川へ洗いにいくから」
接し方が分からず困り顔の男。セズナは指定された場所に容器を置いてセンリのもとへ戻ってきた。何も言わず隣に座って静かにしている。
気まずい雰囲気の中、クロハがミモルの花を突き出して沈黙を破った。
「――のう。エルフは本当にこの花を食べるのかえ?」
「はい」
なぜそんなことを聞くのか。そう言いたげに花を受け取って口に運ぶセズナ。顔を歪めることも吐き出すこともなく咀嚼してから飲み込んだ。
「……普通に食いおった」
「……? 何か問題でも?」
「いや、特には……」
平然とするセズナを困らせたくなったのかクロハはあの質問をした。
「エルフは人の肉を食うと聞く。そなたはどうなのだ?」
非常に繊細な話題を突くのでエスカが待ったをかけようとするが、
「私はまだ食べたことがありません。よければあなたを食べてみてもいいですか?」
その前にセズナが余裕のある表情で言い返した。
「おっ……」
予想と違う返しにクロハは言葉に詰まった。相手のほうが一枚上手だったようだ。
「クロハ殿の負けですな」
オルベールが勝敗を決めてクロハの口がヘの字になった。
「冗談はさておき、みなさんはどのようなご関係で? 私は彼のために、失った眼の代わりをするためにここへ来ました」
彼女がただの使者だと思っていたクロハやオルベールはここでようやく理解した。
「そういえば名乗っていませんでしたね。私はエスカ・ロー・サンティーレ。アガスティア王国の第二王女です」
「私はオルベール。エスカ様の護衛をしております」
「我のことはクロハでよい。まあ、護衛もできる側近と言ったところかのう」
各々自己紹介するとセズナも名乗った。
「そしてあなたが勇者の一族、その末裔。名前は確か……センリ」
彼女は以前エスカが彼の名を口にしたことを覚えていた。吐息のかかる距離まで近づかれたことでセンリは嫌そうに顔を背ける。
「安心してください。寝込みを襲って食べるような真似はしませんから」
「俺を襲えるほどの力があるとは思えないがな」
「力だけが全てじゃありませんよ」
小首を傾げて流し目を使うセズナ。扇情的な仕草に何かを案じたクロハが彼女を優しく引き剥がして小さなため息をつく。
「やれやれエルフとやらは明るいうちから盛るのか」
「……嫉妬の情を感じます」
クロハの体に触れたことでセズナは彼女の内面を読み取った。エルフ特有の読心術だ。
「なっ……」
顔をほのかに赤くするクロハ。周囲の誰もが分かっていることだが、真面目な顔であえて言葉にされると恥ずかしいようだ。
「きっとあなたは……」
何かを言いかけたところでふと止まった。そして細めた目とともにセズナはこう言い直した。
「……そう、あなたも」
その言葉に続きはなく周囲が腑に落ちない顔をする中、彼女だけが何かを理解したように見えた。
そこからは特に何をするわけでもなく各々が時間を消費していった。センリと二人きりになりたいエスカやクロハをよそにセズナが護衛の如く付いて回る。散歩に行けば斜めうしろを歩き、読書にふければそのすぐそばに落ち着く。
不快に思わせない絶妙な距離感を保つ彼女。所作に不自然さがなく実に巧妙。麗しいのは見目だけではなかった。
「ぬう。その技術はいったいどこで……」
「あれほど苦労したものをこう……いともたやすくされてはちょっと落ち込んでしまいますね……」
気難しいセンリの傍らに落ち着くためにかなり苦労した2人は物陰から羨んでいた。
「――ヒトは嫌いじゃなかったのか?」
自分専用の椅子に座ったセンリが本に目を落としながら問いかける。
「嫌いですよ」
「ならどうしてまだここにいる」
「私たちは約束を守りますから。それに……ヒトに嫌われているヒトには興味があります」
物言いからしてそれが勇者の一族を指しているのは明白。
「何のつもりだ?」
「好奇心。そのままの意味ですよ。あなたもヒトでありながらヒトを嫌っている。違いますか?」
「…………」
「種族は違えども私とあなたは言わば同志のようなもの。だから無下に扱うような真似はしたくないです」
先の大戦後にエルフが勇者の一族を迫害したという記述はほとんどない。というのも縁故主義的な彼らはヒトに限らず他種族そのものを排斥する傾向にあるため、言い方はおかしいが平等に差別していると言えるだろう。
「同志か。なら明日から不味い花を食って、人間の肉でも酒のつまみにするか」
「そういう皮肉っぽいところ。私は別に嫌いじゃありませんけど」
怒るどころか軽く微笑んで受け入れるセズナ。
「本がお好きなら集落の書庫から何冊か持ってきましょうか?」
センリが読書家だと見当をつけてセズナが提案すると、
「どんな種類の本がある?」
当人は静かに本から顔を上げて問うた。
「魔術書や技術書が多いですね。他には歴史書や産業書なども。おそらく取り揃えはヒトのものとそう変わらないかと」
「勇者や七賢者、魔族に関連する書物は?」
「たぶんあるんじゃないかと。今夜は集落に帰るのでその時に探してみますね」
「そうか。分かった」
淡白な返事。けれどそこに微量の期待を感じ取るセズナだった。




