ep.78 変な夢を見た
行きと同様ハヴァマに先導されてセンリたちは集落からみんなのもとへと帰った。見知った花畑の向こう側では隊のみんなが待っている。待機していたエルフたちはハヴァマの指示により引き揚げた。
それを見た隊の仲間は交渉が上手くまとまったのだと察して喜んだ。しかし同時にこちらへと戻ってくるセンリの姿に違和感を覚えた。
「――主よ。どうしたんじゃ、その眼帯は」
クロハは開口一番に全員が気になっていることを聞いた。
「それは……あの……」
言いづらそうなエスカ。代わって当事者が答える。
「この眼を以って交渉は成立した。これよりこの森の通行が許可される。俺はそこまで興味がないが、エルフたちの持つ技術も提供される」
聞こえは上々の結果。しかし隊の仲間はそれを素直に喜べなかった。センリがどうこうと言うよりはその隣でひどく悲しむ姫様の姿を見てしまったからだ。
「あの無茶苦茶な要求を目玉一つで解決したのは素晴らしくあるが、主は本当にそれで良かったのかえ……?」
眉を曇らせるクロハに対してセンリは鼻で笑い、
「そんなわけないだろ。だからまだ『俺の』交渉が残っている。期限は10日。それまでここに留まらせてもらう」
言葉を強調して交渉にはまだ続きがあることを伝えた。
長命のエルフにとっては短いかもしれない10日間だが、ヒトにとっては少し長く感じられる。それでも隊のために一肌脱いだ彼に意を唱える者はいなかった。
できる限り彼らの花を踏みつけないようにして陣を取り、しばらくこの場所に留まる準備を整えた。まだ食料は残っているが、先のことを考えて節約のために複数人が食材探しに向かった。
濃い魔素に慣れていない者はぐったりしていて、中には体調不良を訴える者もいた。いわゆる普通のヒトが長期間留まれる場所ではないのだ、ここは。動ける者同士で助け合いながら一時的な拠点が築かれた。
「痛みますか?」
「……まあな」
端のほうで地べたに座るセンリに寄り添うエスカ。何か彼のためにできることはないかと思考を巡らせている。
「――ほれ。2人とも」
背後から現れたクロハが2人のために水を持ってきた。
「あ、ありがとうございます。ちょうど喉が渇いていました」
礼を言って受け取るエスカと何も言わずに受け取るセンリ。
「いったい向こうで何があったのだ?」
するとセンリは水を一気に飲み干してから、
「聞きたければこいつに聞け」
口を開いたと思えばエスカに説明を丸投げした。
「私の口からで良ければ」
「構わぬ。話せ」
それからエスカは集落で起こったこと全てをクロハに話した。
「……ふうむ。よう分かった。しかし力でねじ伏せるという手もあったであろうに。どうしてわざわざかけ合おうなどと。それもあのエルフに」
「誰彼構わず事を荒立てれば確執を残し、無尽蔵に敵を増やすだけだ。それはお前が一番よく分かっているだろ」
「……まあ、そうであるな。主のほうが正しい。ただ我は主がそこまでするとは思っておらんかった」
「それに見合うだけのものは引き出すつもりだ。だからこうして留まっている」
目の前に咲くミモルの花。センリはふと摘んで匂いを嗅いだ。甘い香りの中に香辛料のような風味が残る。
「センリさん。ずっと気になっていたんですが、あの時の『勇者の一族を決して裏切るな』という言葉にはどのような意図が?」
「実は話を聞いた時から我も気になっておった。本来なら『俺を決して裏切るな』でじゅうぶんであろう?」
エスカに続いてクロハが同じ疑問をぶつけてきた。
「孤独に彷徨う亡霊への献花さ」
センリはそれだけ答えてミモルの花を空へと放り投げる。予想とは違う難解な返しに質問者は首を捻った。
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エルフの森に夜が訪れた。集落の片隅にある泉の近くで、誰かが温かい薬草茶を片手に話をしている。切り株に座っているのがセズナで木に寄りかかっているのがハヴァマだ。
「どうしてやつなんかに賭けた?」
「……あの時に感じた力が本物だったから」
お茶を一口飲んでからセズナが答える。
「何が言いたい?」
「彼は手を出さなかった。私たちをこの森ごと葬り去ることができるほどの力を持ちながら。だからきっと交渉に応じてくれると思って」
「ヒト嫌いのお前が……」
「ヒトは嫌い。だけどヒトに嫌われているヒトなら信じられる気がしたの」
敵の敵は味方とでも言わんばかりの考え方。
「その結果、やつの支配下に置かれるかもしれないとしてもか」
「フィヨルダ様とそのお子の命には代えられない。違う?」
「…………」
「嫌ならあなただけでも反故にすればいい」
そこまで言われて黙っているハヴァマではない。と思いきや、
「……契り。そこを曲げては誇りに傷がつく。たとえ相手がヒトであったとしても」
意外にも殊勝なことを言いだした。
「ただしそれは条件が完遂されたらの話だ」
「きっと良くなりますよ。私たちの女王様を信じましょう」
「……そうだな」
排他的だからこそそのぶん身内に甘い部分があるのだろう。ここにエルフの種としての葛藤を垣間見た。
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臓器移植を受けると提供者の記憶が紛れ込むことがあると言われている。それが関係しているのかどうか定かではないが、眼の移植を受けたセンリは奇妙な夢を見ていた。
薄暗い闇の中、息を切らしながら走っている。誰かに追われているのか、しきりにうしろを振り返る。けれど何度振り返っても、そこには誰もいない。
逃げ切ったと安心して立ち止まったのも束の間、気配を感じて横を振り向いた瞬間、目の前にいた誰かによって激しく殴打された。そこで夢が途絶える。
あまりに現実感のある夢だったためセンリは目を覚ました。周囲を見回して何もないことを確認してから再び眠りについた。
「――昨晩、変な夢を見た」
朝食の時間。配給された簡素な食事を手にセンリが呟く。するとそばにいた者たちが反応した。その中でエスカが最初に口を開く。
「どんな夢ですか?」
「闇の中で何者かに追われる、妙に現実感のある夢だった。誰かに激しく殴打されたところで目が覚めたが」
「……ふむ。物騒な夢ですね。何かしらの兆候でしょうか」
オルベールはそれが予知夢と思って先の警戒を強める。
「もしかして移植した眼のせいでしょうか……」
エスカがふと漏らした言葉。それにセンリが反応する。
「この眼は先日事故で亡くなった若いエルフのものだと言っていた。とすれば、そいつの記憶が紛れ込んだのか……?」
「……なるほど。実はそういう類の話を何度か聞いたことがあります。もしかすると実際にその眼が見ていた過去の出来事なのかもしれません」
この中では誰よりも人生経験が豊富なオルベールがそう言ったことで話が真実味を帯びてきた。
「なんじゃ、なんじゃ。何を話しておる」
ちょうど食事を受け取って戻ってきたクロハが夢の話に興味を示す。
「他人の記憶を夢に見るという話です」とエスカが答えると、
「ほーん。面白そうではないか。我にも聞かせよ」
クロハは地べたにあぐらをかいて聞く姿勢を整えた。面倒臭そうなセンリに代わってエスカがちゃんと説明する。
「――何やら臭うのう。もしそれが本当なら眼の提供者は事故ではなく誰かに殺されたのではないか?」
「状況から考えればおそらく。移植されたセンリ殿にとっては気味が悪い話になりますが」
真面目に夢の考察を始めるクロハとオルベール。
「のう、主よ。他に情報はないのかえ?」
「ない。それだけだ」
それを聞いてクロハはがっかりする。夢の一言で片づけるにはあまりに奇妙な出来事。馬鹿馬鹿しいが口癖のセンリも少し気になっていた。




