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Betrayed Heroes -裏切られし勇者の末裔は腐敗世界を破壊し叛く-  作者: 姫神由来
火に渦巻くは歴史の咎
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ep.51 我々とは在り方が違う

 出かけた時と変わらぬ開け放たれた窓が見える。けれど消したはずの明かりが漏れていて中に誰かがいることが窺える。


 バルコニーに降り立ち窓から自分の部屋に入ると、エスカが駆け寄ってきた。


「セ、センリさんっ! いったい今までどこにっ!?」

「野暮用だ」


 言いながら上着を脱いでベッドへ向かうと、いびきをかきながら大の字で寝るクロハの姿があった。


 彼女を抱き上げようとしたセンリの手が止まる。脳裏に浮かんだサンパツの言葉。人殺しの手じゃ子供を抱き締められないという。


「…………」


 センリは手を引いて魔術に頼った。扉を開けたあと、クロハを風で持ち上げて廊下へと放り出した。


「な、なんじゃ……」


 目を覚ましたクロハは訳も分からず辺りを見回している。


「あ、あのっ……」

「明日にしろ」


 何か言いたげなエスカも風の魔術によって廊下へと放り出された。


 固く閉じられた扉。静かになった部屋でセンリはベッドにその身を横たえた。馬車の荷台の何倍も心地良い感覚にふと遠い昔を夢に見た。


 ###


 朝になってみると状況が少しややこしくなっていた。食堂へ向かうセンリを慌てた様子のエスカが呼び止める。


「あっ! センリさん! 急ぎお耳に入れたいことが」


 そのまま手を引かれて連れていかれたのは謁見の間。深刻さが伝わる面持ちの国王とアルテ。すぐそばに寝ぼけ眼のクロハと見知らぬ優男。


「おお。来てくれたか」


 国王の声にはいつもの豪快さがない。


「何の用だ? まだ飯も食っていないというのに」

「それは……」

「私から説明しよう」


 娘を制して国王が口を開いた。


「実は今朝、城門の前に人の首が晒されていてな。その内の1つはなんと大臣のものであった」

「…………」センリは顔をしかめる。

「そばには手紙のようなものが置いてあり、『漆黒の落人とともに大いなる災い来たる』と書かれていたのだ」

「漆黒の落人……つまりは文面通りの特徴、この俺に白羽の矢が立ったというわけか。気に食わないな」

「呼び出したことについては申し訳ないと思っている。ただこの目で確かめてみたかったのだ。やはり君がそういうふうな者には見えんのう」

「ですから私の申し上げた通りセンリさんはそういう方ではありません」


 自信げに意見を述べるエスカ。が、それに対してセンリは、


「そうだ。言い忘れていたが、その大臣とやらを殺したのは俺だ。昨日のことだったか」


 せっかくの庇い立てを台無しにして答えた。


 瞬間、その場にいる全員の時が止まり、あまりに予想外の出来事だったのだろう、国王やアルテは何もできずに硬直していた。


「ほれ、主はいつも我の知らぬ間に何かをしておる」


 クロハはいたく落ち着いていて、きっとまた何かに巻き込まれたのだろうと事情を察していた。


「セ、センリさん。本当に大臣さんを……?」


 表情が一転して困惑へ変わったエスカから確認の問いが飛ぶ。


「ああ。やつは実につまらない男だった。貴族だかなんだかと一緒に貧困地区から移民のやつらを集めてはくだらないお遊びをやっていた」

「――その話、もっと詳しくお聞かせ願えませんか?」


 そう言って突然前に出てきたのは今まで何の動きもなかった優男。どこからどう見てもお付きの護衛には見えないその華奢な体。


「なんだお前は?」

「申し遅れました。私は儀典官のユザン。今は代理で大臣の職務も兼任しています」

「彼は、彼の一門は古くからこの国の儀式一般を取り仕切っている。巫女の相談役や神殿行事の管理も任せている。近々で言えば感謝祭もだな」

「陛下のおっしゃる通り神事諸々の管理を任されております。と、挨拶はここまでに、さきほどの一件、どうかお聞かせ願えませんか? 人の集まる感謝祭が控えています故、できる限りの不安要素は潰しておきたいのです」


 祭りの最中に連れ去られた巫女のことを思い出しているのか、ユザンは不祥事を危惧しているようだった。


「いいだろう」


 センリは自身の目線から事の経緯を説明した。


 実はすぐにでも近くへ衛兵を呼び寄せるかどうか迷っていたらしい国王はそれを聞いて二国間の信用のためにもなる保留の決断をした。


「……なるほど。それを証明できる人はいますか?」

「西地区の貧民街にサンパツという男がいる。そいつをここへ連れてくればいい」

「……西地区、ですか」


 アルテの表情が急に曇り、


「移民野郎の言葉は信じるに値しないか?」


 そう言われると首を横に大きく振って否定した。


「そ、そういうわけではありません。ただ、そういう方々はこの国に対してあまり良い印象を持っていないはずなので、本当のことを喋ってくれるかどうか……」

「たった一度でもそいつらと面と向かって話したことはあるのか?」

「……いいえ。ですがその質問にいったい何の意味が……?」

「分かった。今すぐその者をここへ連れてこさせよう」


 国王は不満げな娘を制して答えた。


「それでしたら私がその任を負いましょう。人探しは得意なんですよ、昔から」

「では頼んだぞ」


 ユザンは国王に向かって深く礼をしたあと謁見の間を離れた。


「して、センリよ。非常に申し上げにくいのだが、事の顛末が明らかになるまでは君を自由にしておくわけにはいかない。如何なる理由があったとしても、私どもの大臣に手をかけたわけだからな。足る動機があるとはいえ」

「なら拘束して檻にでも入れておくか?」


 センリが冷めた声で言うと、


「そっ、そうされるおつもりなのですかっ!?」


 横からエスカが国王の前へと飛びだした。


「平時ではそうしているが、彼を檻に入れたとて意味をなさないことは知っている」


 国ごと滅ぼしかねない力を持つ勇者の末裔。それを一瞥してため息をつく国王。その心中を察するに余りある苦渋の配慮。安易な手出しは大国アガスティアへの反抗と見なされる可能性もある。イグニアという国にはそこまで強気になれる余裕はなかった。


「調査が済むまでは、どうか城の中でおとなしくしていてくれ。これは心からの願いだ」


 目の前の男は初めて会った時とはまるで違う雰囲気を放ち、周囲は気圧されていた。


「……退屈だが、まあいいだろう。読みたい本もある」


 例外的な措置で取り計らった国王。譲歩して短い軟禁刑を受け入れたセンリ。


 納得のいかないアルテは小さく首を横に振った。やはり人を殺したことと移民に対する価値観の違いが2人の溝を深めていた。


「お父様。それで本当によろしいのですか?」

「ああ。それで構わない。その証人とやらが来るまでしばし時間を要するだろう。このままみなを待たせるわけにはいかぬ。一時解散としよう」


 言葉とは裏腹に本当は心の安寧のためにアガスティアの一行を遠ざけたかった国王。ぞろぞろと謁見の間から出ていって、娘と数人の待機衛兵だけが残された。


「お父様。大丈夫ですか?」


 先の対面中に感じていた本能的な死の恐怖。もしかしたら殺されていたかもしれない。そんな強い緊張感が抜けて国王は玉座に深く座り直した。


「……ふう。見かけは普通の青年だが、やはりあれはとんでもないな。我々とは在り方が違う。勇者の末裔……いや、恐ろしい国だよ、アガスティアは。敵対していないのがせめてもの救いか」

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