ep.44 そんなの絶対に信じないわっ
ルキの話は先代の火の巫女マリーレとの出会いから始まる長い話だった。
前言通りルキとマリーレは幼馴染で家も隣同士。いつも一緒に遊んでいて、ともに魔術の才があったことから2人とも普通の学院ではなく魔術学院に入学した。互いに切磋琢磨しいつしか恋人のような関係となる。そんな時だ。当時の火の巫女が神託を残して息を引き取った。そして次の巫女に選ばれたのがマリーレだったのだ。
選ばれたマリーレは城に移り住み、学院をやめて巫女のお勤めに専念した。恋人とはいえただの一般人であるルキはその日を境に彼女と会うことができなくなった。
しかしどうしても会いたいと望んだルキはある時行動に出る。その日は4年に1度の神への感謝祭。巫女と、神を象ったものが街に出て人々の目に触れる特別な日。
ルキはその特別な日にマリーレを連れ去ろうとしたのだ。もちろんそのために長い時間をかけて計画を立てた。
巫女が歩く順路。建物の位置関係とそれに伴う守衛の死角。連れ去る方法および時機と場所。逃走に使う経路。逃走後に身を寄せる場所。若いなりに順序立てて考えていて何度も現地を訪れては当日の練習をしていた。
そうして訪れた感謝祭の日。結果から言うと計画は失敗に終わった。守衛の目を欺いてマリーレに近づき、彼女の協力を得て連れ去るまでは良かったのだが、うしろから黒い影が追いかけてきたのである。
その黒い影は自らを神の使いと名乗り、巫女の返還を迫った。当然ルキは断ったがその数秒後、彼は黒い影によって拘束される。全身に巻きつく影は黒い濃霧を発してルキの全身を呑み込んだ。体が裂けるほどの強烈な激痛が走り、意識を失う直前、彼は誰かの声を聞いた。
それは神の残した言葉だという。
ルキが意識を取り戻した時にはもうマリーレの姿は影も形もなかった。諦めの悪い彼は彼女を探しだして連れ戻そうとしたが、そこで体の異変に気づく。マリーレに少しでも近づこうとすると体が突然動かなくなるのだ。
『もがけ人の子よ。絶望し憎悪し糧となれ』
そこでルキは再び神の言葉を思い出し、その意味を知った。
以降、彼は何度も何度も挑戦したが、彼女に近づくことはおろか声をかけることすらできず。生気を失い老いていく彼女を遠くから見守ることしかできなかったという。
神への感謝祭も誘拐未遂事件をきっかけに内容が一部変更となった。巫女が人々に披露されることがなくなったのである。
###
話の終わりまでセンリはアルテの表情に変化がないか逐一確認していた。終始平静に見えた彼女も黒い影の話では自然と渋い顔になっていた。
「やはり盲信ってわけじゃなさそうだな」
「え?」
「少しは疑ってるんだろう? 火の神様ってやつを」
「……そんなわけないでしょ。だって私は」
その先は当然言わなかった。周りに知られるわけにはいかないと。
「作り話かと思うかもしれねえが、全部本当のことだ。神を名乗る悪魔の声もはっきりと聞いた。今でもこの耳にこびりついてやがる」
ルキの耳にはかきむしった跡が残っていた。そこから長年その悪夢にうなされていることが窺える。酒浸りになるのはそれをひと時の間でも忘れようとするからかもしれない。
「……絶望し憎悪し糧となれ、か。とても神の言うような台詞じゃないな」
「馬鹿らしいわね。お酒の飲みすぎで頭がおかしくなってしまったのかしら」
アルテはため息をついて席を立った。その時、ルキが彼女の手を掴んだ。
「待ってくれ。関係者のお前たちだけが頼りなんだ」
「触らないでくれる? これ以上あんたと話すことはないわ」
軽蔑の目で手をはたくアルテ。潮時かとセンリも席を立った。
「このままだとまた巫女はやつに殺されるぞ。生気も魂も人生も奪われてな」
勘定を済ませて店を出ようとする2人にルキは警告した。周囲の客は珍獣を見るような目で彼を見ていて極力関わらないようにしていた。
「なんなのあのおじさんは。気持ち悪いわ」
店を出るなりアルテの不満が爆発した。
「街の珍獣はお気に召さなかったか?」
「お気に召す? そんなわけないでしょ。せっかくの良い気分が台無しよ。しかも火の神様を悪魔扱いだなんて不敬に値するわ」
「本当にそう思ってるのか?」
「ええ。だからこうして怒ってるのよ。第一、私が信じなくて誰が信じると言うの?」
怒り顔のアルテ。しかしよく見れば無理して怒っているようにも見える。
「おじさんと言えば、最近大臣の様子もおかしいのよね。なんか目つきが怖くなったっていうか。雰囲気が怖くなったっていうか。ちょくちょく休暇を取ってはどこかにこっそりと出かけてるみたいだし」
追及を避けたいという表れかアルテは平気な顔で話題を変えた。
「……ふん。まあいいさ」
今度はアルテに任せて街を歩いていると2人はピタリと足を止めた。
「……やっぱりこうなるのね」
目の前に黒い蒸気が舞い上がる。それは形を変えて化け物の姿へ。
予期していたと言わんばかりにアルテの顔が歪む。
「約束通りあんたがどうにかしなさいよっ……!」
「言われなくとも」
そう言ってなぜかセンリはアルテのもとから離れていく。
「ちょ、ちょっと! は、話が違うじゃない!」
てっきり守ってくれるものだと思っていたアルテは困惑。あたふたしている間にも魔族の手駒はこちらへ迫ってくる。
「も、もうっ! ほんと最低ねあんたって!」
アルテは罵声を浴びせて反撃の姿勢を取った。
「く、来るっ!」
城で教わった護身用の魔術を行使しようとした目前で敵は急に転進してセンリのほうへ向かった。
「えっ……?」ぼうっとした顔で目を丸くするアルテ。
そうしている間に、
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
センリは魔術の光でいともたやすく処理してしまった。
「……やっぱりな」
跳ね返ってきた黒の飛沫を手で払いながらアルテのもとへ戻ってくるセンリ。
「お前は無条件に輩を引き寄せているわけじゃない」
「それはどういう……」
「お前も見ただろ。やつは直前で俺のほうに向かってきた」
「偶然でしょう?」
「いいや、違うな。さっきので確信した。やつらは退魔の力を感知して襲ってくる。お前にもそれが流れているというわけだ」
「にもってことは……」
「俺のほうがその力は濃いようだ。だからやつは優先度の低いお前を一時的に無視した」
「それならあんたも魔を惹きつける特異体質ってことよね」
「嫌われてはいるが、通常引き寄せることはない。どういうわけかこの力は大層目障りなようだ。この地に根差したどこかの誰かさんにとってはな」
そう言ってセンリは神殿のほうを一瞥した。
「では、私は魔を惹きつける体質ではないと、そう言いたいわけ……?」
「ああ。ここが特別なだけで離れてしまえば意味もなく襲われることはないだろう」
それを聞いてアルテは愕然とした。
「やだ、そんなの嘘よ……。でないと……」
城に囚われていた今までの人生が何だったのか分からなくなる。
「そんなの絶対に信じないわっ!」
「信じるも信じないもお前の自由だ。勝手にしろ」
センリが歩き始めると、アルテは慌てて服を引っ張りその場に引き止めた。
「お城に帰してちょうだい。……またあいつらが襲ってくるかもしれないから」
初めての自由を喜ぶよりも今まで信じていたものが壊れるかもしれない恐怖に怯えて籠に戻ることを選んだ小鳥。
「……分かった」
センリはそんな彼女に哀れみの目を向けて城までさっさと送り届けた。




