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Betrayed Heroes -裏切られし勇者の末裔は腐敗世界を破壊し叛く-  作者: 姫神由来
天地に根差す鋼の呪縛
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ep.105 愚かなことを

 近隣の町に一時避難したアガスティア隊は今か今かとセンリの到着を待っていた。しかしながら代わりにやってきたのは首都から派遣された兵の集まりだった。


「エスカ様。どうされますか?」


 (さび)れた家屋の中でオルベールが問う。


「戦うに決まっておろうが。やつらは殺す気ぞ」


 振り返ったクロハが強い口調で返した。


「そう、ですね。もはや対話などで穏便に済むことはないでしょう。相手の戦力は?」

「偵察班によると、おおむね小隊規模。増援の可能性はじゅうぶんにあります」

「……分かりました。隊のみなさんに伝えてください。相手を迎え撃つことを。そして頃合いを見て、この町から退避します」


 エスカは決断する。この旅が綱渡りになることは初めから知っていた。だから覚悟も決めたのだ。


 できる限り無関係な人々を巻き込まないようにとアガスティア隊は町の(すみ)のほうへ素早く移動して迎え撃つ準備を整えた。


 敵の部隊。先頭に立っていたのは(やかた)から逃走したあの覆面の大男だった。けれど彼らはそのことを知らない。


「アガスティアの者たちに告ぐ。今すぐ武器を捨てて投降せよ」


 見るからに殺気立つ彼らの言葉に従う道理はない。が、何かに気づいたエスカがとある思いのもと彼らの前に顔を出した。クロハやオルベール、その他の隊員を引き連れて。


「――あなたに1つ尋ねたいことがあります。この国の現状に満足していますか?」


 エスカは覆面の男に向かって問いかけた。


「もちろん。司教様のおかげで、この国は未来永劫(みらいえいごう)安寧(あんねい)が約束されているようなもの。不満を持つわけがない」

「たとえその安寧の下に多大なる苦しみが築かれていたとしても、ですか。イーロンさん」

「…………」


 男は黙りこくった。そうしておもむろに覆面を取り払った。現れた炭鉱夫のような男らしい顔立ちは、この国の領主イーロンその人だった。


「やっぱり、知っていたんですね。でもどうして……」

「それはこちらの台詞だ、アガスティア。内政干渉が過ぎるぞ」

「ですが黙って見過ごすわけにはいきません。この国は深刻な(やまい)(おか)されています」


 実際に目にしたこの国の悲惨な現状。加えて適時センリから調査内容を聞いていたエスカは特に館の件に関して他人事ながら一層心を痛めていた。


「そちらには一切関係のないこと。干渉した罪はまずその死をもって(つぐな)ってもらう。それからだ。本国へ賠償を請求するのは」

「ふんっ。別に不可侵条約(ふかしんじょうやく)締結(ていけつ)しているわけでもあるまいに」


 屁理屈(へりくつ)のようにクロハが意を(とな)えてバチッとその身体に電流を走らせた。


「神の領域を侵す者は断罪しなければならない」


 アドラシオ側が先に動く。アガスティア側はすぐにエスカを引っ込めて戦闘部隊が前に出た。オルベールは剣を構える。クロハは詠唱し、


「――(あま)偶像(ぐうぞう)叱責(しっせき)。声は鋭鋒(えいほう)(とが)めは蜿蜿(えんえん)。我が身に(くだ)し、(わめ)き散らせ」


 天雷(てんらい)を自身に落として全身に(まと)った。体毛が逆立ち、薄い膜状の光で覆われる。


(ぬし)に教えてもろうた術、今ここで使わせてもらうぞ」


 それはセンリが館で使用した攻撃的な電光石火(でんこうせっか)の魔術。師には及ばないが並外れて凝縮された雷光(らいこう)が膜から弾けて近くいる者へただちに影響を与える。


 鋼の信仰の下、アドラシオの兵士はかなり鍛え上げられていたが、アガスティア隊も負けていなかった。幾度も死線をくぐり抜けた歴戦の戦士たちが果敢に張り合う。


「クロハ殿ッ!」

「分かっておるッ!」


 厄介な魔術師はクロハが相手取る。その(くれない)の瞳で見極めて雷撃(らいげき)を打ち当て、すぐさま次に行く。たとえ急所に決まらず気絶程度に収まったとしてもそれで構わない。他が止めを刺すからだ。とにかく今は行動可能な敵の数を減らしたいとの一心だった。


「むッ……」


 息の合った連携で兵士が蹴散らされていく。想像以上に()が悪いとイーロンは焦りを見せた。すでに向かってきている増援とは別にもっと人員を送るよう部下に求める。


「さきほどの勢いはどうした」


 よそ見したイーロンに攻撃を仕掛けるクロハ。接近するや否や男は苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「その臭い。私が最も嫌いな類の臭いだ」

「可憐な乙女に臭うとは失礼な。ちゃんと洗っておるわ」


 イーロンは(つば)を吐き捨てて自身の身体能力を強化した。太い手足に血管が浮き上がり、肉体から蒸気が上がる。魔術の気配がしたのに詠唱破棄とはどこか違う奇妙な感覚。


「……もしや呪いの魔術か」


 以前クロハは耳にしたことがあった。あえて自身に呪いを課すことで何かしらの力を得る魔術師の存在を。


「ご明察。司教様の意向に背かない限り私は恒久的(こうきゅうてき)な力をこの身に宿す」

「愚かなことを……」


 肌に感じる力の強さから察するに否定の意思を持てばすぐに死ぬほどの呪い。どんな汚れ仕事であっても引き受けていたに違いない。


「人は長いものに巻かれていたほうが得てして幸せなのだ」


 それをかつてこの国を治めていた領主家の言葉だと捉えると何とも切ない。乗っ取られた末、情けで残されたお飾りの席を享受(きょうじゅ)していると考えればなおさら。


「鋼の国が聞いて(あき)れる。硝子(がらす)のように(もろ)いではないか」

「……否。鋼の信仰心は決して揺らがない」


 イーロンは訂正して拳を握り締めた。血が混じった蒸気が細く立ち昇る。


「――ッ」クロハが速攻を仕掛けた。


 屈んだ態勢から左右に揺れて、地を蹴る。形成した雷槍(らいそう)を握って背後に回り込み、心の臓目がけて突き刺した。


「そんなものは通用しない」


 魔術攻撃に特化した筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体。それ自体が強力な魔術障壁(まじゅつしょうへき)と化していた。


「――ぐッ」


 迂闊(うかつ)に接近したことでクロハは反撃を受けた。強化された重量感のある一撃。思わず胸を押さえて口端から血を吐く。


 いくら速く動けても近づけば餌食(えじき)。遠くからでは威力が足りない。ならば、


「戦術的撤退じゃ!」


 速さを活かして敵の前から逃走した。その間に策を練るつもりのようだ。


 ###


「オルベール!」


 クロハは天雷の纏いを解除。交戦するオルベールのもとへ駆け寄り助言を求める。


「クロハ殿。戦況は?」

「ちっとばかし悪い」


 2人は背中合わせに会話をする。


「硬い外皮(がいひ)を持つ敵に攻撃を届かせる方法を知らぬか」

「……硬い外皮。以前そのような魔族に遭遇したことがあります」


 オルベールは言葉を切り、襲ってきた敵を斬って捨て、続きを話した。


「その時は急所へ剣を突き刺し、そこへ(かみなり)を打ち下ろして止めを刺しました」

「なるほど。しかし我は剣の扱いに慣れていない。上手く使えるとは思えぬ」

「であれば、私が隙を作りましょう。あまり長くここを離れるわけにはいきません故、短期決戦の運びとなりますが。よろしいですか?」

「それでよい」

「御意。それでは『一斉の』の合図で同時に動き、クロハ殿はその辺に落ちている剣を拾ってください。あとは振り返らずにその敵のところまで」

「分かった」


 それからしばし敵の様子を見てから、


「一斉の……!」オルベールが合図を出した。2人は背中合わせから同時に動く。クロハは視界に入った何の変哲(へんてつ)もない軽そうな刺突用の片手剣を拾った。


「むっ」


 見た目よりも重かったが、この際贅沢(ぜいたく)は言っていられない。振り返らずにイーロンのもとへ舞い戻る。オルベールは体の軸がぶれない特徴的な騎士走りで彼女の後についていった。

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