ep.100 この裏切り者が
「驚きましたか?」
「いや、まったく」
「でしょうね」
道端の雑談と変わらぬ緊張度のセンリとルドル。
「これのことを調べ回っていたようですが、まさか襲撃に出るとは思いもよりませんでした」
「お前がこの館の管理者なのか?」
「いいえ。ですが支援者ではあります」
「――司祭様、どうしてっ!?」
ヌヴェルが突如として声を張り上げた。穏健派の彼がこの事象に関わっていたことに心底落胆している。周りも同様の感情を抱いていた。
「天に近づくほど地上が見えなくなる。雲を抜けたら、その翼も捧げ物であることに気づくのです。いずれ分かる時が来るでしょう」
説教のようにルドルは遠回しに言い聞かせる。当然それで彼らが納得するわけがなかった。
「して、あなたの本当の目的はいったい何なんですか? いえ。もっと具体的に聞きましょう。新解釈派を扇動して内戦を起こしたあとはどうするつもりなんですか?」
次にルドルはセンリを厳しい態度で追及した。
「……なるほどな」
当人は目を細めてまず一言。そのあとに答えを返す。
「それすらもただの布石に過ぎない。全ては、この裏に潜む化け物を殺すためのものだ」
「……まさか。だとしたら実に無意味で愚かな考えです。あなたはその逆鱗に触れてしまった。もはやお仲間ももう生きては帰れないでしょう」
意味深なことを喋るルドル。それが何を指すのかセンリはすぐに察した。
「知っていますか? 館はここだけじゃない。他にもたくさんあるんですよ」
燃えて散りゆく館を見ながらルドルはあえて口走った。その事実に青年団はさらなる衝撃を受けた。センリも思わず眉を上げる。
「それだけの力があるということです。理解してもらえたでしょうか。もしそうなら今すぐにここから立ち去りなさい。そしてもう二度とこの国の土を踏まないことです。日頃の振る舞いが良ければ神は最後のご慈悲を与えるでしょう」
ルドルは淡々と告げた。内容からして警告しているように聞こえる。であれば敵なのか味方なのか。その立ち位置がどうも見えてこない。
「お前はどっちの味方なんだ……?」
「……私はいつでも、私の大切な人の味方です」
センリの問いにルドルはそう答えた。その眼差しに嘘偽りはなかった。
「それでは。もうこれ以上話すことはありませんので」
ルドルは無防備に背を向けると、強い口調とは真逆の同情を誘う弱々しい足取りで立ち去っていった。不思議なものでその場にいる誰もが捕まえたり追い打ちをしたりしようとは考えなかった。
彼を見送ってセンリたちは再び合流地点に向かう。そこら中に死体が転がっていて、焼け落ちた建物から延焼。粗雑に火葬されていく。そのほとんどが館側の人間だった。
勝ち負けで言えば今回は館の敗北。永久に感じた増援は一挙に止まり、証拠隠滅をしながら撤退している。
フォルセットは残党を狩りつつ捕らわれた人々をかどわかしている様子。彼らが言っていた選ばれし者とはおそらく原理主義派の教徒のことで、組織理念に賛同する者を取り込んでいるようだった。
林の奥にある合流地点に到着すると、すでに任務を終えた仲間が待機していた。救出した人々が揃って顔を向ける。想像よりも遥かに多い。
「ヌヴェル……!」
その中で声を上げる女。呼ばれた彼女がそちらを振り向くと、
「マルシャ!」
そこにはずっと探していた大切な人がいた。2人は駆け寄って愛おしそうに抱き合う。
「探してたんだよ、ずっと」
「ごめんね。私が馬鹿だった」
「ううん。そんなことはどうでもいいの。大丈夫? 酷いことされなかった?」
ヌヴェルは労るようにして彼女の体を触った。
「……されたわ。たくさんね」
驚くヌヴェルをすぐに手で制してマルシャは言葉を続ける。
「けど、絶対に諦めなかった。神様が必ず助けてくれると信じてたから」
「マルシャ。無理はしないで」
ヌヴェルは強気な彼女の体をもう一度強く抱き締めた。すると遅れて迸る怒りの感情がひしひしと伝わってきた。
「決して、このままじゃ終わらせない。絶対に、引きずり出すの。私たちをこんな目にあわせた、その悪魔を……!」
マルシャは唇を震わせたまま、瞬きもせずに必死にその涙を堪えていた。
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燃える館を背に林を脱出し、待機させていた馬車隊とともに街に帰ったあとは青年団と別行動になった。センリとセズナは急いで宿舎に戻る。
しかし、もぬけの殻だった。
「どこに行ったんでしょうか……?」
廊下を歩く。どの部屋も開け放たれていて中は無人だった。荷物もない。残されていたのは大量の足跡。無造作に入り口から各部屋の中まで続いている。
急いで逃げた時のものではなく、何者かに襲撃されたような跡だった。
「何かがあったようですね」
「そのようだな。お前なら分かるんじゃないのか?」
「いいえ。魔力の痕跡を辿ってみましたが」
喋っている途中、センリは唐突に彼女の首を掴んで壁に激しく打ちつけた。
「――なッ、にを……」
「答えは『はい』だろ。この裏切り者が」
背筋が凍えるほどに冷たい目でセンリが言い放つ。
「……ッ!」セズナの瞳孔が開いた。
センリはもう片方の空いた手で上着から調査手帳を取り出す。
「お前が盗み見ることは知っていた。だから試してみたのさ。罠を置いて」
「わ……な……?」
「やつが言っていた『新解釈派を扇動して内戦を起こす』なんてものを俺は別に目指してはいない。結果としてそうなる可能性はあっても」
器用に開かれた手帳。紙片が挟まれた頁に大きく書かれた文字。誰にも口外していないその語句をなぜか他人がそっくりそのまま覚えていた。
「最初から目的はたった一つ。ビザールの野郎を殺すことだけだ。それはずっとそばにいたお前なら分かっていたはず」
「…………」
彼女の表情から察するにそれらも併せて伝えていた。けれどまさか復讐のためにそこまでするとは思わなかったのだろう。あの燃え盛る館を見るまでは。
だからあの時、彼は口を滑らせてまで真意を尋ねたのだ。
センリは手帳をしまってから話を続ける。
「他にもある。ビザールに面した時、やつは瞬時に俺の素性を言い当てた。『破壊』の勇者の末裔だと。その時は不思議に思わなかったが、よくよく考えてみれば妙な話だ。髪は白く、片眼は閉じ、力も見せていないのに」
ほんの少しの違和感。あの時のビザールの対応は確かにどこか不自然だった。会って判断したというよりも事前に知らされていたと考えたほうが腑に落ちる早さの出方だったのだ。
「俺の素性を知る者は多くない。そこでふと思い出した。お前に教えていたことを。それを伝えていたのならしっくり来る」
「どう、やって」
「その口振り。尾行には気づかなかったようだな」
「そんな」はずはないとセズナは眉根を寄せた。
「だろうな。お前の感知能力は知っている。安易に近づけはしない。だからその圏外から後をつけさせていた。一人で出歩く時は昼夜を問わず。まあ、何度か怠ったようだが」
センリの脳裏にふっと間抜けた顔つきの金髪女がよぎった。
「とりあえず二、三度ほど怪しい現場を目撃したそうだ。そしてこれが……」
彼が上着の違う場所から取り出したのは手のひらに収まる程度の千切れた紙。変わった材質で手触りは独特。しかしながら奪取に失敗したのだろうか。古語が書かれているが欠けていて全文は分からなかった。
「お前が渡した運び屋のほうから手に入れた紙の一部だ。これだけじゃ確かな証拠とは言えん。が、疑うにはじゅうぶんな根拠となる。なぜなら、ここにこう書いてあるからだ。『やかたにゆうしゃがくる』と」
直筆の古語。普通の人には読めない言葉でも知識があるセンリにはどうにか読めた。
「あと使う紙にも気を配るべきだったな。これと同じ材質の紙はお前たちの森では一般的でも、残念ながらこの国では使われていない。他にも」
「――このまま、だと、いずれ」
セズナが言葉を遮った。首を絞められたままおもむろに喋り始めて、
「やかた、にゆうしゃ、がくる。だから、しん、かいしゃく、はの、せいねん、だんを、どうにか、して、とめて。それが、わたし、がかいた、その、てがみ、のないよう」
とうとう内通者であることを自白した。