ep.95 助けてくれ……
数日後の話。センリは自分だけで青年団に接触することに。ついていくつもりだったセズナは暇なクロハによって強引に連れだされた。今頃は街のどこかで異国の甘味を堪能しているに違いない。
「すみません。わざわざこんなご足労を」
新しい秘密の集会所にてルプレタスが言った。
「前の集会所は念のために放棄したので」
「どうりで。探すのに苦労した」
始めセンリは前の集会所に行ったが、もぬけの殻だった。そこからどうにか顔見知りの青年団員を探しだして、ようやくたどり着いたのだ。
「それで今日はどのような? 挨拶に来たわけではないですよね」
「館の情報を得た」
その名詞が出ただけで周囲の団員がざわついた。
「それは……彼女からですか?」
「ああ。だがお前たちの考えているような悪い繋がりはなかった」
それを聞いてひとまず安心するルプレタス。他の団員もほっとしていた。
「では、どうか聞かせてください。その館について」
センリはおもむろに調査手帳を開いて彼らに説明した。彼女の尊厳に関わる内容だけは省くか言い換えることで対処していた。
「――恐ろしいですね。人々を収容して人体実験とは……」
「そういう気配はしていたけど、まさかね」
ルプレタスとヌヴェル。他の団員もそれほど驚く様子はなかった。伊達に長らく裏社会に関わってるわけではない。
「ここで一つ。俺から提案がある」
センリが人差し指を上げる。そこへ全員が注目した。
「青年団とともにこの館へ襲撃をかけたい」
その場の多くが声を上げてどよめいた。その中で唯一落ち着き払った態度のルプレタスが不敵な笑みを浮かべた。
「いいですね。救出作戦というわけですか」
「待って。そんなことをしたら間違いなく総力戦になるわよ。きっと相手もこれまでとは訳が違う。考え直すべきよ」
対してヌヴェルは例えようのない不安を内から溢れさせていた。
それから主要な構成員を呼び出して議論した。結果として集会所に集った面々は賛成と反対で真っ二つに分かれた。反対派の多くは非戦闘員で襲撃に駆り出されることを恐れているようだ。
「センリさん。まさかとは思いますが、いきなり襲撃、というわけではないですよね?」
「当然だ。下準備が必要になる」
その返答を受けてルプレタスは反対派へ向き直る。
「なら、こういうのは。館への襲撃には一切参加しない。その代わり下準備のために動いてもらう。これで問題ない者は挙手を願いたい。もちろん一定の危険は伴うだろう」
ルプレタスの案に反対派の半数以上が手を挙げた。
「これでどうでしょうか?」と提案者の彼はセンリへ次の指示を仰いだ。
「悪くない。人脈や土地勘のあるお前たちにはやってもらいたい重要なことがある。それは館の正確な位置を特定すること。そしてもう一つは」
彼らの予想を裏切るまさかの答えだった。
「フォルセットへ襲撃の情報を流すことだ」
突拍子もないことに衝撃が走る。あのルプレタスでさえ動揺を隠せない。
「セっ、センリさん。それはいったいどういう趣旨で……」
「利用するのさ、やつらを。フォルセットが館へ襲撃を仕掛けた話はしただろう。もしそれが失敗に終わっていたとしたら、乗ってくる可能性がある」
あえてけしかけることで館側を混乱させ、戦力を削る。それにルプレタスは腕を組んで首を捻った。
「うーん。どうでしょうか。あの頭首の話を信じるなら館は今も健在で。全員ならともかく少数の人質を奪還する目的だったなら成功しているかもしれない。でも呪いのことを考えるに次の襲撃を予期しているようにも思える」
「やつらはとにかく執拗だ。雪辱のために来てもおかしくはない」と経験者は語る。
「そうね。連中はみんな頭がおかしいわ。過去に遭遇したことがあるけど、ほとんど話が通じなかった」
ヌヴェルは渋い顔で何度も首を横に振った。
「どちらにせよ、流す情報にある言葉を添えておけばいい。勇者の一族の末裔が襲撃に参加する、とな」
周囲は耳を疑った。ルプレタスが聞き返す。
「どういうことですか……?」
「こういうことだ」とセンリは幻惑の魔術を自身に使った。
「あっ、髪が……!」
ヌヴェルの目に映るセンリは本来の黒髪に戻っていた。
「すごい。まるで本物みたいですね。元々の目の色は黒ですし……」
ルプレタスは小さく口を開けたまま感心している。
彼が本物であることには誰一人として気づいていない。灯台下暗し、の表現が似合うだろうか。結びつけるにはあまりにも安易で身近すぎるため頭からその可能性がすっぽりと抜けていた。
「しかし、果たして引っかかるでしょうか。扮装しただけで」
「やつらは与した者にも容赦しない。騙っているだけでも癪に障るだろう。そもそも怨敵のためならば地の果てまでも追ってくる連中だ」
「ずいぶん詳しいんですね」ヌヴェルが目を丸くする。
「旅をしていれば色々と耳に入るのさ」
センリは髪をかき上げて幻惑を解除した。国外を旅したことがない彼らはすんなりと納得。依然として疑う気配はなかった。
「この計画は情報開示の時機が肝になる。だから俺の指示があるまで襲撃に関することは絶対に伏せておけ。たとえ身内であっても仲間であっても他言は無用だ」
予め計画の詳しい内容を知ることができるのは今この場にいる者だけ。
「俺からは以上だ。変更点や細かい部分はこれから詰めていく」
そうやってセンリが話を締めると、青年団は各々真剣な顔でうなずいた。
今度の戦いは熾烈なものになると、この時からすでに全員が気づいていた。
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「――仕上がりは?」
どこかの屋内で司教ビザールが問いかけた。
「今度こそ良い出来だと思います」
研究者ふうの女が胸を張って返事をするも、ビザールは不満を示す。
「と思います?」
「よっ、良い出来です。失礼いたしました」
女は慌てて言い直した。彼の前ではほんの少しの言い間違えでも命取りになる。
「お前はここにいろ」
「はい」
すぐそばで影に徹していたルドルが短く答えた。本当は何かを言いたいが言えずにいる顔をして。
女とともに別室へ入ったビザールが目にしたのは適齢期の少女。部屋の隅で明らかに怯えている。
「それでは、ごゆっくり」と女が退出し、静かに扉を閉めた。
二人きりになったことで少女の恐怖は最高潮へ。角張った動きで首を振る。
「いっ、いやっ……」
「恐れることはない。すぐに済む」
ビザールは手を差し伸べた。直後、その手が肩口からぐにゃりと垂れ下がって触手のようになった。
「さあ、身を委ねろ」
それはもはや人としての営みではなく、目的のためだけの事務的な行為でしかなかった。
部屋の中から聞こえてくる泣き声に、ルドルはぎゅっと目を閉じたまま堪えるばかりで、
「……もう、嫌だ……誰でもいい……助けてくれ……」
誰にも聞こえないか細い声でそう呟いた。とっくに折れてしまった心を慰めるかのようにして。