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Betrayed Heroes -裏切られし勇者の末裔は腐敗世界を破壊し叛く-  作者: 姫神由来
天地に根差す鋼の呪縛
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ep.94 その勇気に感謝する

「引き渡された、だと」怪訝な表情のセンリ。


 それはつまり彼女が(やかた)から脱出したことを意味する。でなければ辻褄が合わない。


「ご想像の通り、私は館から逃げだして、こうして今も生きている。素性を隠して、日々怯えながらずっと……」


 一生消えない(あと)を手でなぞるように触ってトロレは話す。よほど辛い目にあったのか喉の奥から声が震えていた。


「じゃあ、あんたも魔術師だったのか」

「いえ。素質があっただけで魔術はほとんど使えません。習ったわけでもないので……」


 素質自体は第三者による簡単な診断でもおおよそ判明する。被験者の額に触れたあと微量の魔力を流し込み、その反応次第で見分けられるのだ。


「10年以上前、まだ私が若かった頃。礼拝の帰りに拉致されてどこか暗いところへ。そこでしばらく留置されたあとに、いわゆる『館』へと連れていかれたわ」


 彼女も館の正式な名称については知らないらしい。


「それで……」


 途中で言葉がつかえた。瞬きの回数が露骨に増えて呼吸が荒くなり、ふらっと倒れそうになる。それを近くにいたセズナがとっさに支えた。


「あ、ありがとう……」


 礼を言って見上げたトロレの表情が驚きへ変わる。直前の動きでセズナの頭巾がうしろへとずれていた。露わになるヒトとは違うエルフの顔。彼女はすぐに頭巾を戻したが、もはや疑う余地もなくはっきりと見られている。


「あ、あなた……いえ、なんでもないわ。支えてくれてありがとう。もう大丈夫よ。どうもね、思い出すだけでも、動悸がしてしまうの」


 察したトロレは事情を聞かず話を続けるために深呼吸をした。それだけ大きな心的外傷を負っているということだろう。センリもそのように推察していた。


「……そこで私たちは名前を奪われ、代わりに与えられた番号で管理されたわ。49が私の番号だった。……そして、連れていかれた先の小部屋で、別の番号を持った男と、交わるように強いられたの」


 上下に揺れる声。くしゃくしゃになりそうな心。ところどころ詰まりながらも彼女は勇気を振り絞って告白した。


 セズナの目がすぐさま軽蔑したものへと変わる。かたやセンリは落ち着いた態度で彼女に話しかけた。


「何の目的でそんなことを?」

「……ちゃんとした目的は今でもよく分かりません。でも私たちを掛け合わせて、『素体(そたい)』と呼ばれる人間を作りたかったようね」

「なるほど。『素体』か。続けてくれ」

「はい。身籠ったら別の場所に移されて、静かに出産の時を待ったわ。産まれたと思ったらすぐに取り上げられて。体調が安定したら、またあの時の小部屋に連れていかれた。あとはもう同じことの繰り返し。本当に、悪夢だった。自分が人間であることを忘れるくらい」


 文字通りの生き地獄。心も身体も支配されて家畜同然の生き方を強制されたのだから。


「…………」


 センリの脳裏に浮かぶ顔。ここまで人の命を冒涜(ぼうとく)できる人間はあの男以外にはいない。いてたまるものか。


「何度も繰り返して。おかしくなっていたわ。でも逆らえなかった。何かした人が目の前で魔術をかけられたあと、人形みたいになってしまったのを見て。死ぬよりも怖くなった」


 気分が悪くなったのかトロレは胸を押さえながら教会の長椅子に腰を下ろした。


「時々、集団ごとに運動させられて。これはたぶん、ある程度の健康を維持するためだと思うんだけれど。その時に出会ったのが87番、スエだったわ。同い年で似た境遇。すぐに仲良くなった。そうして彼女がある時、こんなことを言ったの」


『今日、ルドル司祭様に会ってね。こっそり教えてもらったの。近いうちに逃げだす機会が訪れる。だから準備をしておいてねって。あっ、このことは誰にも言わないでよね』


「スエの言う通り、それから数日後に、またとない機会が訪れたわ。何者かによって館が襲撃されたの。当時は分からなかったけれど、今なら分かるわ。襲撃したのは、あのフォルセットよ」

「フォルセット、だと……?」


 ここで話が繋がった。頭首が言い残した感謝の意味が唐突に見えてくる。


「理由は聞かないで。私にも分からないもの。彼らの考えていることなんて」

「ああ、同感だ。だが少しずつ見えてきた。つまりあんたは襲撃の混乱に乗じて館から逃げだしたわけか」

「はい。スエとは途中で離れ離れになってそれっきり。捕らえられたり、間違えて殺されたりする人もたくさん見ました。私も危うく殺されそうになって、それを名前はおろか番号すらも知らない、そのパイプの持ち主に助けてもらったんです」


 ついに姿を現した頭首(とうしゅ)の男。彼もまた館からの逃亡者だった。あの『同士』とは同じ過去を共有した仲間という意味合いだったのだろう。


「ちょっと待て。その当時からパイプを持っていたのか?」

「いいえ。逃げ切って何年かした頃に偶然再会したの。教会の前を掃除していたら、そのパイプを吹かしながら彼がやってきて。お互いに驚いたわ。彼は行くあてがなくて、過激派の真似事をしているみたいだったけれど……」

「そういうことか」と納得した様子のセンリ。

「あなたがそのパイプを持っているということは、亡くなったんですね。再会後も何度か顔を見せにきましたけど、結局名前すら教えてくれなかったわ。私からは伝えたのに」

「本当の名前を明かすことに後ろめたさがあったんじゃないか」

「後ろめたさ、ですか……? それはどうして?」

「館では番号で管理されていたと言ったな。ならば本当の名を心から口にできるのはそれこそ自由になった時しかない。しかし、やつは館に協力していた。いや、させられていたのかもしれない」


 ただの賊として活動していたところを運悪く館の関係者に見つかったと考えればしっくりくる経緯。再び捕らえられ、協力するよう呪いをかけられた、といったような。


「ずっと囚われたままだったのさ。番号で呼ばれていた頃と同じ。否、それ以下の不道徳に身を染めて。おそらく『同士』のあんたには嘘をつきたくなかったんだろう、そこだけは」


 彼の所業をよく知らなかったトロレはセンリの表情を見て悟った。自分を助けた男がどうしようもないほどに堕ちていたことを。


「……お互い第二の人生を歩もうって言って別れたのに。やっぱりもっと強く説得して止めるべきだったかしら……」


 彼女に『同士』としての絆はなかったが、助けられた恩があった。その恩を返す機会を永久に失ってしまったことにいまさらながら後悔の念を抱いていた。


「遅かれ早かれこうなっていた。考えるだけ無駄だ。それよりもまだ覚えているなら、館の場所を教えてくれ」

「……正確な場所は覚えていません。あの時は逃げるのに必死で。……でも行き方ならだいたい分かります。もし今も同じ場所に存在するなら」


 口で説明するよりも早いと感じたトロレは何か書くものがないかと尋ねた。センリは筆記具と調査手帳を差し出して空白の頁を開いた。


「えっと確か……ここがこうで……」


 昔の記憶を手繰りながら彼女は街の地図を描いていった。とても手慣れている。クロハの何十倍も上手で分かりやすい。


 完成したのはこの街の一角。周辺の特徴的な建物に(しるし)が付いている。


「今は少し変わってるかもしれないけど、私はこの辺りで馬車の荷台に押し込まれたわ。あとから(ふた)みたいに大量の干し草を詰めてきて、ほとんど真っ暗になったのを覚えてる。外から話し声が聞こえきて、目印の確認をしていたわ」


 彼女によると馬車は複数台。御者(ぎょしゃ)同士でおおよその確認をしていたという。たとえばどの門を通過し、どの看板で右左に曲がり、どの方角へ進むか。


 トロレは手帳を見せながら描いた地図を指でなぞってだいたいの道筋を示した。


「あと御者の服や馬車には私たちの烙印(らくいん)と同じ模様がありました。参考になれば」


 彼女は最後に一度だけ烙印を触ってから服を着直した。


「他に何か、聞きたいことがあればどうぞ。なにぶん当時のことなのでお役に立つかどうかは分かりませんけど」

「いや、もうじゅうぶんだ。話してくれたその勇気に感謝する」


 センリは彼女へ敬意を表した。知られたくない過去。思い出したくない記憶。それらを掘り起こしたことに対する謝罪の意も含めて。


「あの、ずっと気になっていたんだけれど……」


 トロレはふとセズナのほうを見やった。追及されると予期して思わず身構える彼女。


「あなたに不思議な雰囲気を感じたから。まるでルドル様みたいな神秘的なものを。ただ、それが伝えたかっただけ。ごめんなさいね」


 言ってトロレは穏やかな笑顔を見せた。


 話が終わって用がなくなったセンリたちは教会を後にする。その際に、


「あんたの未来に、神の御加護があらんことを」


 勇者の一族の末裔はあえてその言葉を残した。すると彼女は、


「あなたにも、天の御加護があらんことを」


 あえて神の名を使わずにそう返した。すでに開け放たれた扉の向こうへと。

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