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Betrayed Heroes -裏切られし勇者の末裔は腐敗世界を破壊し叛く-  作者: 姫神由来
天地に根差す鋼の呪縛
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ep.93 お話しします

「――すると、今度はそのトロレという女に会いにいくわけか」

「ああ。もし本当だとするなら長年隠していたことだ。そう簡単に口を割るかどうか」

「うーむ。墓場まで持っていく覚悟なら絶対に割らぬと思うが」


 クロハは実に懐疑的(かいぎてき)。エスカは武装勢力の話により興味を持っていて、


「……あの集団はフォルセットと言うんですね。知りませんでした。まさか外のほうからアガスティアへ来ていたなんて」


 危険な組織が知らぬ間に母国へと侵入していたことに不安を抱いた。


「何事もなければいいんですが……。特に今の時期は」

「何かがあったような口振りだな」とセンリがちくり。

「あ、ええ。はい。実は先日アガスティアから便りが送られてきて、母上がその、身籠(みごも)られたとの知らせがありました」

「ほう。それはめでたい」クロハが眉を上げる。

「はい。とても喜ばしいことです。ですがそんな時に不穏な影がよぎっては心身ともに休まらないはずです。……頼りの兄上もまたどこかへ」

(ぬし)の兄には未だかつて会ったことがないのう」

「クロハさんもセンリさんも会ったことがないはずです。人助けや研究に熱心で何かあればすぐにどこかへと遠征していますから」

「困ったやつだな。王位継承の順位で言えば第1位だろう」


 エスカよりも奔放(ほんぽう)高潔(こうけつ)権化(ごんげ)を想像してセンリは内心ぞっとした。


「昔から正義感の強い人で、世界を脅かす魔族の脅威に対してじっとしていられないんだと思います。姉上に王位を譲ることもやぶさかではないと」


 エスカの姉エルサ。彼女との間にまだ確執があるセンリは一切口を出さなかった。


「大変じゃな。アガスティアも。エスカもこうしてちゃらんぽらんに旅をしておるし」

「ちゃらん……。けっ、決して遊んでいるわけでは……!」

「しっかりと旅の醍醐味(だいごみ)を味わっておるではないか」

「そっ、それは、あくまで特使の任の一環として……!」


 冗談に引っかかって慌てるエスカを見てクロハは「くふふっ」と笑っている。


「あいつが近くにいないと調子がいいな」


 センリがふと漏らした。それがセズナのことだと分かったクロハは頬を膨らませる。


「あれは反則じゃ。何をするにも心を読まれては我とて調子が狂う」

「クロハさんは開放的ですから。きっと親しみやすいのでは?」

「くふふっ。嬉しいことを言ってくれるではないか。……ん?」


 クロハは途中で何かに気づいて急に首をブンブンと横に振った。


「おっと、危うく口車に乗るところであった。エスカ。主は時に口八丁(くちはっちょう)じゃ。開放的と聞こえは良いが言い換えれば単純おっぴろげではないか。恐ろしや」

「か、勘違いです。裏があるわけではなく素直に良い意味で」


 先にからかったのはクロハだが翻弄された気分の彼女はお返しだと言いたげにエスカへと組みついた。


「ほれっ! もう一度言ってみい! 我がおっぴろげ女だと!」

「そっ、そんなこと言ってません! 誤解ですっ!」


 飛沫を上げてじゃれ合う2人。内容があまりにくだらないのでだんだん幼い姉妹の喧嘩に見えてくる。


 反して剥き出しになる乙女の素肌が視界に飛び交い、すぐそばでそれをまじまじと見せられるセンリは体感久しぶりにあの台詞を口から発した。


「……馬鹿馬鹿しい」


 結局のぼせる間際まで入浴を満喫した3人。残念ながら最後までセズナは姿を現さなかった。


「分かっておったが、つまらんのう」

「仕方がないですよ」


 クロハとエスカはすっかり仲直りして隣り合わせに歩いている。部屋への分かれ道でセンリだけが違う方向へ。


「またあとで」とエスカが微笑む。

「何かあればすぐに連絡する」


 クロハは人差し指を唇にあてがい、チュッと音を鳴らして差し向けた。


 部屋に戻るとセズナがいつもの位置に座って本を読んでいた。


「あれからずっとここにいたのか」

「はい。特に出かける用事もないですから。大浴場はどうでしたか?」

「天然物に比べると劣るが、肩の力は抜けた」

「それはつまり想像よりも良かったということですね」

「血の臭いを忘れるくらいにはな」


 遠回しに臭うと言われているようでセズナは気づかれないようにそっと自身の臭いを嗅いでみた。返り血にはじゅうぶん注意していたが、少し臭う。獣ではないヒトのそれが。


「他には誰かいましたか?」

「いたが、そいつらももう上がった。今は誰もいないはずだ」

「……ちょっと、行ってきます」


 セズナは立ち上がって部屋から出ていった。


 ベッドの上の調査手帳。大浴場に行く前と全く同じ位置にある。クロハの紙切れも同じ頁に挟まれたまま。向きも同じように見える。しかし、試しに付けておいた頁と紙片に跨がる極小の矢印だけがどうにも一致しなかった。


 ###


「あら、いらっしゃい」


 日を改めて教会に赴くと彼女がいた。その変わらぬ優しい顔を、白髪眼帯の男と頭巾を目深に被った女に向ける。


「聞きたいことがあって来た」

「はい? 何かしらね」

「『(やかた)』、という言葉に聞き覚えはあるか?」

「……館、ですか。それはどなたかの?」

「一般的な館じゃない。裏で人身売買に加担している誰かの館だ」

「ごめんなさい。よく分からないわ」

「危険な武装勢力とも関わりがあるらしいが」

「……あなたが何を言っているかさえも私には……」


 センリにとっては予想通りの反応。はなから言葉尻を捕らえるつもりはないため鍵となる語句を試しにぶつけてみただけ。


「なら、これを」


 センリが頭首のパイプを取り出すと彼女、トロレの目の色が変わった。その一瞬を見逃さなかった。


「これはとある男のものだ。やつはあんたのことを『同士』と呼んでいた」

「……そんな。人違いでしょう」

「ああ、かもしれない。やつは賊だった。あんたがその一味だったとは思えない。だがその昔、やつが賊になる前に何かしらの縁があったと考えるのは(うたぐ)りすぎだろうか」

「……お帰りください。話すことは何もありません」


 拒絶の意。トロレは悲しげに背を向けた。けれどここで諦める男ではない。


「一方的に素性を明かせというのは確かに公平じゃない。だから、俺も素性を明かす」


 それを聞いてトロレがゆっくりと振り返った。


 古びた教会の中、男の名乗りが静かに木霊する。


「――俺は、かつて勇者と呼ばれた一族の末裔だ。今は訳あって旅をしている」


 追ってトロレの目が見開かれた。


「まあ……! なんということでしょう……」


 黒の片眼をじっと見つめる彼女に疑う様子はなかった。なぜならこの差別の総本山で故意にそれを名乗るのは自殺行為に等しいからだ。(よだれ)を垂らした過激派がごまんと寄ってくる。


「ちょっと、待ってもらえるかしら」


 トロレは慌てて教会の入り口へ。閉ざすことのなかった扉を閉めて内鍵をかけた。


「……これで誰かに聞こえるということはないと思うわ」


 戻ってきた彼女が言う。万が一のことを考えた彼への配慮だった。


「どうして、その末裔さんがこんなところへ。教徒の私が言うのはおかしいけど、ここは旅の途中で立ち寄るべき国じゃないわ」

「なぜかって? どうしても殺したい男がいるからさ。館はそのための足掛かりになると信じている」


 センリが名前を上げなくともトロレはそれが誰か察した。


「でも息子の、ルドル司祭様のことは恨まないであげてほしいの。彼はいい人よ。原理主義と新解釈との板挟みにあいながらも双方に理解を示してくれているわ。この国を本当の意味でまとめられるとしたら、彼しかいない」

「希望の光だかなんだか知らないが、俺の邪魔をしない限りは死ぬこともないだろう」

「たとえそれが本意ではないとしても、ですか……?」


 一瞬トロレの返事だと錯覚したが、実際にそれを言ったのはセズナだった。


「本意であろうがなかろうが、行く手を阻むなら容赦はしない。お前、いや、お前たちだってそうするだろう。違うか?」


 如何なる理由があろうとも森へ踏み込んだ侵入者には情け容赦なしのエルフ。それは彼女自身が一番分かっていた。


「……そうですね。違いません」


 なぜか彼女は顔を背けたあと、隠すように頭巾の端を掴んで下げた。


「本題に戻る。これで俺は素性を明かした。だが、捉え方は自由だ。何もなければ帰る」


 センリは言いながらトロレへ向き直った。


「……もしルドル様に手をかけないと誓ってくれるのなら、お話しします。本当のことは分からないけれど、彼には感謝してるの」


 述べた感謝の()。パイプの頭首(とうしゅ)が最後に言い残した言葉の中にも含まれていた。


「分かった。約束しよう。さあ、話してくれ」


 センリが了承すると、トロレはにわかに服の留め具を外して胸部を晒した。


「これが……、館に引き渡された者の(しるし)です」


 胸部の中央に押された烙印(らくいん)。その特徴的な意匠(いしょう)が目を引いた。

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