ep.88 私たちは戦士ですから
後日。トロレの伝でルプレタスのもとを訪れたセンリ。
「――お久しぶりです。あの時はお世話になりました。ええと名前は……」
当時、自分たちのことばかりで彼の名前を聞いていなかったことをふと思い出す。
「センリだ」
「センリさん、ですね。覚えました。それで、そちらの方は?」
当然のようについてきているセズナに今度は視線がいく。目深に被った頭巾の奥に潜む不思議な雰囲気に惹かれるルプレタスとその仲間たち。
「セズナ」
「セズナさん、ですね。初めまして。私はルプレタス。この青年団の幹部として日々活動しています」
友好的なルプレタスとは対照的に隣のヌヴェルは警戒心が強かった。
「今日は私に話を聞きたいということでしたが」
「まずはあんたの兄について。関わった事象に興味がある」
「……兄、ですか」
表情からしてあまり気乗りじゃない。ヌヴェルは不満を募らせて口を挟んだ。
「横からごめんなさい。部外者の方には関係ないような気がするんですが?」
「案外関係は深いかもしれないぞ」
「……いったい何者なんですか、あなたたちは?」
素性の知れない異教徒に眉をひそめるヌヴェル。仲間たちも不審を抱く。
「少なくともお前たちの敵じゃない」
「――確かに。でなければあの時私たちを助けるはずがない。素性がどうであれ、協力してくれる方だと信じてお話ししましょう」
ルプレタスは不確かながらもよく当たる直感を信じ、センリたちが味方だと見なして重い口を開いた。感傷的になりながらも順を追って答えてくれた。
彼の兄は新解釈派の中でもかなりの強硬姿勢を貫いていた。そのため原理主義派とはたびたび激しい抗争を繰り広げることになった。
武力布教こそしなかったものの熱心に説いていた彼を疎ましく思った相手過激派は武装勢力フォルセットに情報を流したという。
その時ちょうど別の町で示威運動に参加していた彼のもとに現れたフォルセットはなんと参加者もろとも皆殺しにした。
「その示威運動と言うのが」
「組織的な植民計画に対するものだろう?」
センリが先に答えるとルプレタスは少し驚いた顔をした。
「知っていたんですね。国内の信仰が薄れた場所へ大量の教徒を送りつけ、再び強制改宗させるという国策です」
区画整理の境界線が曖昧になっていくように、国の中心から離れれば離れるほど宗教色が薄くなる。大概そういう場所には棄教した者や信仰に疲れた者、無信仰の者や異なる教えの信者がいるものだ。
それらを引っくるめて信仰を維持し強固にしたいというのが司教の考えだった。
「運動の参加者には新解釈派だけでなく原理主義派もいました。それどころか他の宗派の方や異教徒の方、何も信仰していない方まで」
要は彼らを巻き込んでしまったことで主流派へ反発する層が増えてしまったというわけだ。
「最近では他国にも侵出しているようで。言葉を失いますよ」
「ああ、そのようだな」
センリが懐から取り出した小さな封筒。オルベールから受け取ったものだ。
中身はアガスティア隊が迂回するきっかけを作ったあの小国に関する調書だった。それによると内乱の主な原因は知らぬ間に増え続けたドゥルージ教徒による強引な文化侵略のせいだった。
「このままにはしておけない。神も決してこのようなことをお望みではないはず」
敬虔の念が深いルプレタス。方向性が違うだけでこちらも狂信的と言えるかも知れない。
「お二人はこれからどうされますか? 私たちはこれから他の仲間と合流して、地域住民に害をなす、ある過激派の拠点を叩きにいきますが」
「面白そうじゃないか」とセンリが眉を上げる。
「面白くはないですよ。とても危険ですが、もし私たちの活動を間近で見たいなら、どうぞついてきてください」
話が急に物騒な展開へ。ルプレタスが先導してその場にいた青年団一同が動きだす。センリとセズナは興味本位でその後についていった。
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言った通り途中で他の仲間と合流。戦闘に適した者たちを引き連れて入り組んだ場所を通っていく。遠くから見ただけでは分からない建物の陰。物が散乱した地面はぬかるみ、じめじめとしていて露骨に雰囲気が悪くなっていく。
「この先の拠点にいる過激派はフォルセットを模倣、いや利用した集団でやり口は非常に悪質。獣のようにふらりと現れては改宗を迫り、拒めば恐喝、暴行、殺し。何でもやる」
ルプレタスが言うには、教徒だが賊に近い手合いのようだ。信仰は形だけで、そこに心はもはやないのだろう。
実際に拠点のすぐ近くまでやってくると青年団は誰一人として喋らなくなった。ぐるりと建物に囲まれた無人の広場。張り詰めた空気の中に混入した悪意が嘲笑う。
「――改宗希望者かァ?」
古びた建物の上、木の根から作られたパイプを吹かして見下ろす男。盛大に広がった煙が晴れると彼の背後にぞろぞろと仲間が現れた。その中にはあの日教会でルプレタスたちを襲った顔ぶれもいる。
「身ぐるみ剥がしてこい。そのあとで男は殺せ。女は捕らえろ」
パイプの男が命令する。仲間はうなずいて狩りに出かけた。
「お出ましだな」青年団の1人が言う。
全員が気配を感じ取って戦闘態勢に入った。センリやセズナも例外ではない。
「護身用に」
ルプレタスから真新しい鋼の短剣を渡されたセンリ。それを手の上で器用に遊ばせて、
「悪くない出来だ」
その品質を確認した。意味合いが変わっても鋼の技術は未だ健在のようだ。
「私も戦えばいいですか?」セズナが問う。
「逃げるも戦うもお前の自由だ」
「なら戦ってあなたを支援します」
そう言ってセズナは両手を合わせる。直後、離した指先から橋渡しの如く糸を引いた。
「さあ、始めましょう」
魔術による具現の糸は繊細ながらも強靭で貝の真珠層によく似た色をしていた。
「――誘いの袂。蠱毒に濡れて拐かせ」
センリは指先でスッと短剣の刃をなぞった。
誘引の魔術。本来人に使うべきところをあえて武器に付与することで意識を誘導し接近戦を有利に。小規模な集団戦においては囮の役割もこなす。
事態が動いた。建物の中から、上から、脇の路地から、敵集団が現れた。武器を構え、魔術を使う者もいるようだ。獲物を前にした狩人気分で意気揚々と一斉に襲いかかってくる。口々に相手を怯ませるような言葉を言いながら。
「やつらの常套手段だ。臆するな。迎え撃て」
ルプレタスは鞘から鋼鉄の剣を抜いて先陣を切った。その後に続く仲間たち。ヌヴェルは怯えながらも勇んで飛びだした。
一方でセンリは心に余裕を持って広場の外周を歩いている。するとほのかに光る切っ先に意識が誘導されて、
「しゃあッ!」
威勢よく敵が攻撃を仕掛けてきた。鈍器を振り上げて進路を阻む。センリは通りがけ見えぬ速さの剣捌きで首を刎ねた。音を置き去りにして輩の頭部が地面に転がり、目が合った次の相手を動揺、恐怖させた。
「て、てめェ……」
怯んだその隙を狙ってセズナが手を振るう。目視が困難な魔術の糸が男の首もとでふんわりと弛み、一息に真っ直ぐ伸びた。
「……おっ」
違和感を覚えて男が首もとを触ると赤い血が跳ねてその頭部が滑り落ちた。
「手慣れてるな」
「私たちは戦士ですから」
久しいのか指先の感触を確かめながら糸を踊らせるセズナ。常人には捉えられぬ洗練された動き。
侵入者から森と集落を守るために。人里に潜入するために。日々の狩猟のために。エルフは幼少から戦闘訓練を受けていた。これがもし視野の悪い森ならば熟練の冒険者であったとしても知らぬ間に狩られているに違いない。
背筋が凍る、本能に訴えかける危険信号が第六感を通して周囲に伝う。この時すでに賊集団の誰もが気づき始めていた。
羊と思っていたこの群れの中には、血に飢えた狼が紛れ込んでいる、と。