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2020年宇宙の旅

作者: 不眠症

隼人は急いでいた。

これ以上遅刻するわけにはいかない。高校で留年など、あってはならない。

早足で歩を進める中、正面の階段の上のほうで同じく急いでいる女子高生のスカートが短かったので、それに気を取られてしまった。

その瞬間、隼人は何かに蹴つまずいてバランスを失った。

とっさに階段の段と段の間に手をつこうとしたが、彼の両手は地球を突き抜けて、そのまま体ごと反対側の宇宙空間に飛び出してしまった。

状況がつかめず、宇宙空間で呆然としていた隼人だったが、きょろきょろと周りを見るとそこに一人の老人の姿を発見した。

老人はすかさず語った。

「珍しい客人じゃのう。おぬしはたった今地球を突き抜けてここに来た。

まあ地球という物体に存在するバグかエラーみたいなもんじゃ。

完璧な物体は存在しない。物体が完璧でいられるのは数学上ぐらいじゃ。

絶対というのは絶対にないのじゃ。

どうも物体という形で実体を持ってしまうと、完璧とはいかず、何かしらのきずが出来てしまうものらしい。

まあ、トンネル効果みたいなもんじゃ。ちと規模はでかいがの。」

ゆっくりと回転する地球を見ながら、隼人は老人の話を聞いていた。

「ふーん。で、じいさん。あんたもここに放り出された口か?」

「わしは神じゃ。」

隼人は蔑むような目で老人を見た。

「まあこんな経験したら神様ごっこしたくなるのも分かるよ。」

と、眼下に広がる地球を眺めながら言った。

「ほんとに神なんじゃ。」

老人は食い下がった。

「じゃあ証拠は?」隼人は冷ややかに質した。

「なぜ人間風情にこの神が試されないといかんのじゃ。この不心得もんが!」老人はにわかに取り乱した。

「つっても、なんか普通のじいさんにしか見えないもんなあ。まあ多少は俺の想像する神に近い見た目はしてるけど・・・。」

「そりゃそうじゃ。わしは決まった外見は持っとらん。わしの姿はわしを見る者の心しだいで変わる。」

「ふーん。話し方がじいさんの口調なのは?」

「それは偶然じゃ。まあ神の姿を想像するものは皆たいてい仙人のじじいみたいなのを想像するもんだから、わしもあらかじめこんな口調で生まれてきたのかもしれん。」

隼人は黙っている。

「ときにおぬし、ここに来る前、女子高生のスカートの中を覗こうとしたじゃろう?」

「見てたのか!」

「そんなもんいちいち見てられるか。おぬしの記憶を読み取っただけじゃ。」

「どうもほんとに神らしいな。」

「恐れ入ったか?」

「いや、別に。あんたはただ神として生まれただけだろう?別に偉くとも何ともない。」

「不遜な奴じゃな。まあ媚びを売る奴よりは面白くて好きじゃが。」


「で、じいさんは何歳なんだ?」

「忘れたわいそんなもん。今はこの地球の文明がいい感じのところだから見とる。ただそれだけじゃ。」


「ちょっと語っていいか?」神は切り出した。

「別にいいよ。」

「たまにお前みたいに地球を踏み外してここに来るドジな奴がいてな。

そういうときはこうやって偶然に乗じて、人間にありがたい話を聞かせてやるわけじゃ。」


神は語り出した。

「神はただ見ているだけじゃ。何もしない。

宇宙や地球を作ったわけではない。それらは最初からあったんじゃ。

だいたい神が宇宙を作ったなら、その神は誰が作ったんじゃということになるわい。ただの無限後退じゃ。

わしは瞬間移動したり、物体を透視したり、考えを読んだりできる。

寝なくていい。食べなくていい。そして実体を持っとらん。

何かに影響を与えるような特殊能力は使ったことがない。

使おうと思えば使えるかもしれんがな。

天気を操ったり、自転を止めたり、無意味だからやらん。

そんなことをしても大きな流れは変えられんしな。

神は何人もいる。

この銀河系だけで10人以上いる。

神はなぜ存在するか、自分でもわからん。

人間だってそうだろう。存在に理由はない。

退屈はせん。知的生命体の行いは多種多様で見ていておもしろい。

動物を見てもいいのだが、じきに飽きる。動物園でも一通り見ればそれで十分じゃろう?

あまり気の利いた動きをせんからな奴らは。

たまに戯れに人間の姿を借りて地上で暮らすことがある。

そのときは爺さんの姿を借りる。

わしの話し方は年寄り臭いらしくて、若いもんの姿だと怪しまれる。

屋台で食べるおでんが好きじゃ。あれは宇宙一美味い食べ物だ。あの屋台の空気感がそう思わせるのかも知れんがな。

まあ美味い料理を作るのは知的生命体だけだからの。そこはわしの認めるところじゃ。

やっぱり観察するなら知的生命体でないといかん。

じゃが、わしが見る限り、おぬしらが知的生命体であるが故に気の毒に思うようなことがある。

おぬしら人間は肉体を持って、肉体に閉じ込められているから、その肉体に自らの存在を規定されざるを得ないのじゃ。

わしも下界に降りて暮らすことがあるから、何となくわかる。

自分が一生変えられない肉体に閉じ込められて生活するならば、自らの肉体を常に精一杯守って、正当化して暮らしていかなくてはならん。それは心底辛かろう。

傷つきやすく、死とも隣り合わせなら、綺麗事は言ってられん。理想を追い求めるよりは、自己の利益を追求してしまうのも無理からんことだ。

肉体的な快・不快が常に意思決定に絡んできてしまうのだ。

肉体を持っているが故に、怒り、傷つき、苦しみ、老い、嫉妬し、差別し、絶望する。

まあその逆に喜んだり、楽しんだりできるのは肉体を持っているがゆえかも知れんがな。」


「ちょっと待て宇宙人って存在してるのか?」

「当たり前じゃ。自分達だけが特別と思いおって。例えばこの銀河系だけでも数百は下らんぞ。」

「へえー。じゃあUFOとかも地球に来てても全然おかしくないんだな。」

「ああ。あれは嘘じゃ。」

「UFOは来てないのか?」

「来とらんな。」

「なんで来ないんだ?」

「無理だからじゃ。遠すぎて来れん。大体おぬしらもUFOみたいなのを作れとらんじゃないか。月に行くくらいが関の山のくせしよって。」

「たくさん文明があるんなら、その中でとびきり文明が進んだ星があっても良くねえか?」

「そんな星はない。」

「なんで?」

「滅びるからじゃ。その前に。」

隼人は言葉を飲んだ。


「生命が芽吹くのは地球型惑星と相場が決まっとる。

重力だとか地質だとかの関係でな。

よって知的生命体が根付く星の大きさも似たり寄ったりじゃ。

そしてその結末もまた似たり寄ったりじゃ。

知的生命体の文明はせいぜい10万年ほどしか持たんのじゃ。」

「たったの10万年?」

「ああ。資源の奪い合いと内乱の内に、文明はその幕を閉じる。

知的生命体のエゴは持続可能な文明の発展を不可能なものにするんじゃ。」


「お前たちは金だの銀だの化石燃料だのをめちゃくちゃに掘り返すじゃろ?

そうすると地質のバランスが偏って、不安定になるんじゃ。

オゾン層は破れ、空気や海洋は汚染され、森林は破壊され、気温は上昇し、産業廃棄物は散乱し、地質はめちゃくちゃにされる。

そんな荒廃しきった中で生き残れる生物は一握りじゃ。

脆弱な人類は早々に地上から姿を消す。」

「あんたはそういうふうに地球をめちゃくちゃにする人類に、怒りを感じているのか?」

「そんなことはない。わしが地球を用意したわけでもないしの。

誰もあらがうことはできんのだ。

肉体と知性を合わせ持てば、必然そうなる。

知的生命体というのは、最初から破滅を内包しているのだ。」

「そんな・・・身もふたもない話だな。」

「絶滅しなかった知的生命体はいないのじゃ。皆生存に失敗してしもうた。」


「でも俺には人類がそこまで駄目になるなんて思えねえな。

地球が温暖化してることも知ってるし、エアコンだってなるべく使わないようにしてる。

最近はレジ袋がなくなったりしてるし、エコがどうとかもよく聞くぜ?

頑張れば、何とかなるんじゃないか?」


「そうじゃな。物事に絶対はないからな。」

「だよな。あんたは知りすぎたからなんかネガティヴになってっけど・・・。」

そこまで言って隼人は言葉を詰まらせた。

「まあ見てろって、俺たちのこれからを。」

「ああ。お前に言われんでも見とるがな。」

「そんじゃ、俺忙しいからそろそろ行くぜ。学校に遅れちまうわ。戻せるんだろ?俺のこと。」

「ああ。もう準備はいいのか?」

「いいぜ。」


「じゃあ、またな、じいさん。いい話が聞けたぜ。」

「ああ。これからはちっとは殊勝に生きるんじゃぞ。」

「あんたもな。」

「うるさいわ!」


隼人の体が光に包まれる。ふわりと浮かぶとそのまま地球の方向へと動き出した。

徐々にスピードが上がる中、隼人は地球の美しさをその目に焼き付けた。

そして自分の体が地球に近づこうとする寸前に、振り向いてじいさんの姿を見た。


「時間戻して置いたからな!小僧!」

そう言いながらじいさんは笑っていた。


隼人は地球の中を移動している間、そこに存在している資源のことを考えた。

あんまり掘り返さないようにしなくちゃなあ。と心の内で反省した。



「のわっ!」

隼人は先刻吸い込まれた時と同じような体勢で地上に舞い戻ったが、今度は段差の間に手をついても地球を貫通するようなことはなかった。

安堵してそのまま上を見ると、不意に女子高生のスカートの中が目に入った。

彼女はスカートの下に体操着のハーフパンツを履いていた。悔しくはない。

この女子高生のおかげで神に会えたのだ。

心の中で彼は神以外の何かに感謝した。



学校に着いて教室に入ると、隼人はさっそく隣の席の友達に話しかけた。

「今日神に会ってさ。」

「まじか。」

「おでんが好きなんだ。」

「え?」


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