第4話 本心ほど言葉にできない
大切なことほど、大切な人には言えない。
それは、相手を想うが故の優しさなのか、逃げなのか。
麻衣に会った日の夜、メールが届いてた。『また図書館に行く日があったら教えて欲しい…。また、はるに会いたい』
麻衣の気持ちがあの頃とは、違う事は分かってる。きっと懐かしい知り合いに会ってテンション上がってるだけ。高校時代の懐かしい話をきっとしたいだけ…。
それでも良いよ、会えるなら理由なんてなんだって良い。
『明日も二時頃行くよ』そう返信してその日はもう眠った。
翌朝、携帯を見た時には麻衣からの返信は着ていなかった。彼氏との予定もあるだろうし、今日は予定が合わなかったんだろう。そう自分に言い聞かせて、気持ちを切り替えて午前練習のために体育館に向かう。
「はる、おはよう」
「おはよう、美侑」
「どうしたの?」
「ん?」
「なんか元気ない?」
「う~ん」
「はる?」
「昨日、麻衣に会った」
「えっ、どこで?」
「図書館」
「なんで…」
「偶然」
「何か話した?」
「麻衣もこの大学ってこと、私がバスケを続けてること、たまに図書館行くことくらいかな。あとは連絡先交換して、その後麻衣の彼氏来た」
「彼氏?なんで?」
「知らない…」
あ、はるちょっと怒ってる。
「その後は?」
「王子様って言われた」
「…」
「だからすぐ帰ったよ」
「そっか…」
「また会いたいって」
「会うの?」
「…うん」
「でも、彼氏いるんでしょ?」
「それでも私が会いたいから」
「そっか…」
はるが会いたいって言うのも思い出すのも悲しむのも機嫌が悪くなるのも全部麻衣ちゃんのことだけ。はるに笑顔になって欲しくてずっとはるを見てきて支えてきたのは私なのに、私が麻衣ちゃんのポジションに行くことは出来なかった。私じゃだめなの?
私が悩むのは、はるのことだけ。でも、この想いはずっと秘めたままでいい。
「さっ! 気持ち切り替えて練習!」
そう声を掛けるとはるは練習前のアップを始めた。
「今日、調子いいね」
「自分でも動けてる気がする」
「集中できてるね」
「うん」
「良かった~」
「ありがとね、美侑」
「ん?」
「美侑は安定剤だから」
「安定剤?」
「そう、私の安定剤」
「どう言う意味?」
「落ち込んだ時や嫌な事があった時に美侑に会うと安心する。だから、精神安定剤」
「ふ~んじゃ、はるにとって私は必要な存在?」
「そうだね、大切だよ」
「好き?」
「えっ?」
「私のこと好き?」
違ってもいい、私の好きと意味が違ってもいいから『好き』って言葉をはるに言って欲しいの。
「好きだよ」
「…えっ」
「美侑のこと好きだよ」
「本当に?」
「…うん」
あっ…はる照れてる。
「照れてる?」
「…別に」
「顔赤いけど?」
「練習後はいつも赤いよ」
「そうだっけ?」
「そうです」
ありがとう、はる。
「照れなくていいのに~」
「違うから」
「素直じゃないね」
「不器用ですから」
「知ってる、ずっと前から知ってる」
「からかうな!」
「ごめーん」
私たちはずっとすれ違ってて交わる事はきっとないけど、それでも私は今、凄く幸せ。
はるがくれた『好き』で私はこれからの人生、どんな事があっても頑張れるから。
はるの声を思い出すだけでこんなにも優しい気持ちになれる。好きな人の近くに居られるだけで、それはもう十分幸せだと思うから。ありがとう、はる。
練習が終わって、今日もカフェにご飯を食べに行く。因みによく「そのお店なんて名前?」って聞かれるけど、店名が“カフェ”こんな名前にしちゃうお茶目なみどりさんはやっぱり可愛い。
「はい、オムライス」
みどりさんのニッコリ笑顔に癒される。
「いただきます」
「ねぇ、試合もうすぐ?」
「ん? あ、はい。来週の土曜日です」
「何時から?」
「試合開始は二時からです」
「じゃさ、試合の日も食べに来て」
「はい!」
「勝つようにカツ用意しておくから」
「えっ? 普通の練習試合ですよ?」
「いいの、勝ってほしいの」
嬉しいな、純粋にこんな風に応援してくれる人に久しぶりに会えた。
「みどりさんって彼氏居るんですか?」
「なに急に? 居ませーん」
「モテそうなのに…」
「モテても好きな人に好きになってもらえなかったら意味ないでしょ?」
「確かに…」
「今は恋愛よりお店が楽しいかな」
「恋愛がなくても充実してる…」
「そうね、でも急にどうしたの?」
「いや、周りの人皆彼氏いるから…」
「皆って、私居ないじゃん!」
「…そうですね」
「はるちゃんは? 彼女居ないの?」
「今はいません…って彼女⁉」
「あれ?彼氏?」
「いや、あの、両方大丈夫…です」
「あ、両方か」
またニッコリと笑うみどりさん、悪意なんてこれっぽっちもない様な優しい笑顔。でも、何を考えてるのか読めなくて不思議な感じもする。これが大人の余裕ってやつ? 分からない…。
「じゃ、来週土曜日カツ用意してるからね!」
「はい、ありがとうございます」
時計を見たら二時二十分を過ぎた頃。やばい、二時過ぎてる。結局、麻衣から返信がなかったから今日図書館に来るのかは分からないけど、自分で二時には居ると言った手前、既に遅刻状態…気まずい。
急いで館内に入っていつものテーブルへ向かう。……いた。一人であのテーブル席に座っている。本、持ってないんだ…
「なにしてるの?」
後ろからゆっくり優しく声を掛ける。
「…遅いよ」
なんでそんな寂しそうな顔するかな、勘違いしそうだよ…
「ご飯食べてたら遅くなった」
「来ないのかと思った」
「うん、来ないのかと思った」
「えっ?」
「返信無かったから来るか分からなかったから」
「あっ…ごめん」
「いいよ」
「もう返信来ないかもって思ったらなんだか怖くて…だから、私の番で止めてた。そうしたら、また私からはるに連絡できるから」
そんなこと…
「麻衣を無視する訳ないのに」
「…うん、でも不安だった」
「どうして?」
「昨日、はるを怒らせたら…」
「ん?」
「駿斗が来てからなんか苛々してたでしょ? 王子様って言っちゃったし…」
「言ったのは麻衣じゃないよね?」
「うん、駿斗…だね。でも」
「彼氏だから?」
「えっ?」
「彼氏だから責任感じてるの?」
「…うん」
「そっか」
やっぱり彼氏が大事だよね…昨日も今日もなんでこんなに凹んでるんだろ。会いたくて仕方なかったはずなのに思ってたのと全然違う…。
「はる」
「ん?」
「いや?」
「えっ……なにが?」
「駿斗のこと」
うん、いやだ
「そんな事ないよ」
「昨日からはる苛々してる」
「そう?」
「うん、そんな感じする」
「…そっか、ごめん」
「…はる」
もうこの話はいやだ、なんか疲れる。
「はるが嫌なら駿斗の話しないし、会わせない様にするから…」
「…」
「だから…嫌いにならないで…」
「麻衣…」
「はるに嫌われたくない」
私の左袖を遠慮がちに掴んで、目はもう涙が溢れそうなくらい潤ませてそんな事を言わないでよ麻衣。
「好きだから嫌いになんてならないよ」
今の麻衣は、壊れちゃいそうなくらい弱々しい守りたい、そう思った。だから、麻衣の腕を取り引き寄せて抱きしめた。
「あの時からずっと好きだから…」
「はる…」
「だから、嫌いになることはないよ」
「…本当?」
「うん、だから心配しないで」
「違う、好きって本当?」
「…うん」
「本当に本当?」
さっきまで泣きそうだったのにもう涙は心配ないね。
「本当だよ。でも、大丈夫だから」
「えっ…」
「彼氏いる人に付き合ってなんて言わないから」
「あっ…」
「麻衣のこと困らせたくないし今のままで良いと思ってる」
「…うん」
「麻衣が幸せならそれを壊したくない。こうやって会えるだけでうちは十分だから」
「…はる。もっと会いたい、もっと話したい」
「でも、彼との時間も」
「駿斗はいいから! 今は、はるを優先したい」
「…ありがとう」
言うつもりはなかった。この気持ちはずっと秘密にしておくつもりだった。それなのに、ごめんね。困らせたくなかったけど、彼との幸せを壊すつもりはないからたまにでいいから少しでいいから私を想ってください。