第14話 隣に居て欲しかった
自分にも周りの人にも私たちは嘘しかついていない。
誰か1人でも本心を言えば、きっと全てが変わってしまう。
+++
さばさばしてて、少し離れた所から皆を見て中立的立場を常に保つ。そんな子だと思っていた。でも、付き合いだしてからは
そんな印象はガラリと変わり、独占欲が強いくせに素直になれない不器用な子で、常に何かを不安がり今まで以上に瞳の淋しさは増している気がする。最近の由依はそんな感じだった。
大学の通常練習の他に選抜の練習のある私は、夏休みと言えるのは分からない程に休みの無い日々を送っていた。もちろん、デートなんて満足に出来ていない。
「あの日の映画楽しかったなー」
「ん?」
「……映画」
「初デートの日?」
「……」
「照れてる?」
「……うるさい」
照れ隠しで口が悪くなる事には、もうすっかり慣れてしまった。今ではそんな照れ隠しも可愛く思える。
「可愛いね、由依は」
本心だ。少し頬と耳を赤らめムッとしている由依は可愛い。可愛いんだ。可愛いとしか思えない。そこに愛おしいと言う気持ちは湧いてこない。
この子を本当に好きになれたら幸せな日々なんだろうなと思う。こんなに好きでいてくれて素直に照れたりして可愛い彼女だと思うのに。それなのに沢山の嘘をついて、自分にも周り人にも嘘ばかりで、違うと分かっているのに本心を言う勇気は持てなくて。今は独りになりたくないんだ。
ごめんね、由依。由依を好きになれたら楽なのにそんな楽な事もうちには出来ないらしい。
好きの言葉も抱きしめる事も本当は全部嘘なんだ。君の優しさに苦しくなる時もあるけれど、今はその優しさに甘えさせて
傷付けた分、いつか必ず罰を受けるから。今は独りになれない。
はるにメールをする事も電話を掛ける事も出来ないまま時間だけが過ぎていく。はる、今何してるの?
「……なぁ、聞いてる?」
「……」
「麻衣!」
「っ! なに?」
「俺の話聞いてる?」
「えっ、ごめん……何?」
「だから、花火大会行こうぜ」
「花火大会?」
「そう、花火大会」
「いつあるの?」
「来週の土曜。空いてる?」
「うん、大丈夫」
「じゃ、行こうぜ?」
「うん、良いよ」
「っしゃ!」
花火か、そんなに興味ないな……
「浴衣着て行こうぜ」
「えっ?」
「浴衣!あ、俺は甚平だけど」
「浴衣着るの面倒くさいよ……」
「良いじゃん!麻衣絶対似合うよ」
「うーん……」
「なぁ、頼むよ」
「なんでそんなにこだわるの?」
「……」
「なんで?」
「実はサークルの奴らに麻衣の浴衣姿見せてやるって宣言しちゃって……」
「なにそれ……」
「ごめん!でも頼むよ麻衣!」
「……はぁ、分かった」
「まじ?」
「うん、良いよ浴衣」
「っしゃ!ありがと!」
「花火大会?」
「うん」
「行きたいの?」
「…うん。はる、嫌?」
「ううん、嫌じゃないよ」
「じゃ、」
「行こっか、花火大会」
「うん!」
「土曜でしょ?選抜練習終わりになるけど良い?」
「うん!」
「人混みとか嫌いなのに由依から誘うなんて意外」
「はるとは行ってみたい……」
「照れるね」
照れ笑いのはるは最高に可愛い。そして、最高に爽やかで格好良い。
「はる浴衣着る?」
「ん?浴衣?」
「うん、私持ってないからどうしようかなって」
「うーん、着てほしい?」
「……うん」
「分かった、着る」
「本当?」
「うん」
「……ありがとう」
「彼女のお願いだからね」
「ッ…」
「顔赤いよ?」
「うるさい!」
「照れてるー」
「うっ……うるさい!」
そう言ってもはるは優しく笑ってて、私はずっとこの時間が続いて欲しい。ねぇ、はるもそう思う?
「じゃ、私も浴衣買おうかな」
「似合いそうだね」
「……どんなのが良いか分かんない」
「紺に紫の柄とか似合いそう」
「暗くない?」
「由依は落ち着いてる方が似合うかなって」
「はるって何色が好きなの?」
「紫」
「さっきの自分の好きな色じゃん」
「確かに」
「……紫にする」
「良いよ、自分の好きなの選びなよ」
「好きだから良い」
「え?」
「好きな人の好きなものが好きだからこれで良い」
「……」
「はる?」
珍しい。はるが頬を赤らめて照れてるんなんて珍しい。
「照れてる?」
「……うん」
「珍しい」
「由依があんな事言うからでしょ」
「あんな事って?」
「……分かってるくせに」
「ん?」
「由依ずるい」
「何が?」
「はぁ……、自分が可愛いって分かってるでしょ」
「……それはない」
「由依?」
「……なんでもない」
あの人には敵わない、そう分かっているからそんな自惚れた事をはるには言えない。
「楽しみだね、花火」
「うん」
「それじゃ、今日はここまで」
「「ありがとうございました!」」
「お腹空いたー、ご飯行こう!」
「これから花火見に行くからまた今度ね」
「えっ、花火大会行くの?」
「うん」
「誰と?」
「由依と行くよ」
「本当最近仲良しだね」
「付き合ってるからね」
「えっ……なんで」
「この間告白された」
「なんで? 麻衣ちゃんは?」
「……もういい」
「……はる」
「美宥には沢山助けられたのに話してなくてごめん」
「本当に好きなの?」
「えっ……うん。好きだよ」
「……そっか」
「美宥」
名前を呼ばれると同時にはるの手が私の頭を撫でる。
「泣かないで、美宥」
あぁ、自分が泣いてるなんて気付かなかった。
「麻衣の事はもう本当にいいから」
違うよ、この涙はそんなに優しいものじゃない。あなたが他の誰かのものになった悲しみと悔しさと自分への苛立ちでとっても汚れてしまった涙なの。ごめんね、はる。おめでとうは言えないや。
「私が泣くなんておかしいよね」
「そんなことは……」
「もう大丈夫だから!」
「でも」
「ほら、花火大会遅れるよ!」
「美宥……」
「大丈夫だからほら、行って?」
「……ご飯また今度行こうね」
「うん!」
大切な友達も泣かせてうちは本当にクズだ。ごめんね、美宥
「お待たせ」
「……」
「由依?」
「……浴衣」
「え、あぁ。これしかなくて」
「……」
「変?」
「……っ……いい」
「ん?」
「格好良い!」
「ふふ、ありがとう」
待ち合わせ場所に来たはるは、男性用の浴衣を着ていて黒地に紺と紫で花が描かれているものだった。一見シンプルだけど、
近くで見ると花柄がとても素敵な浴衣。
髪の毛も軽くセットしてて普段も格好良い黒髪ショートなのに今日は髪型セット+浴衣でいつも以上に格好良い。なんだろう
凄いドキドキする。
「可愛いね浴衣」
「えっ……」
「可愛いよ由依」
「ありがとう」
「お腹空いてる?」
「うん」
「じゃ屋台見に行こう?」
「うん!」
はい、そう言ってはるは、左手をこちらに出してきた。
あっ……、些細な事かもしれないけど、当たり前のことかもしれないけど、手を繋げることが嬉しかった。周りに沢山の人が居てその中で堂々と手を繋げることが、私がはるの彼女だと実感させてくれる。
「ありがとう はる」
「えっ? うん」
ありがとうの意味をきっとはるは分かっていない。でもそれでもいい。
「たこ焼き何味が好き?」
「塩」
「塩?」
「うん、塩」
「私、塩味食べたことない」
「美味しいよ塩」
「食べてみたい」
「あるかなー」
「……ない?」
「美味しいけどあんまり見ないから」
「そうなんだ……」
はるの好きなものは全部知っていたい。たこ焼きだって何だって。
「ここのたこ焼きには無いね」
「……うん」
「他にもたこ焼きの屋台あるから見てこようか?」
「……うん」
「じゃ見てくるからその間に焼きそば並んでて」
「うん、分かった」
「じゃ見てくる」
「うん」
「一人で並ぶの大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「そっか、ふふっ」
「……馬鹿にしてる?」
「ふふっ、心配してるだけ」
「……なんかムカつく」
「じゃ行ってくるね」
「うん」
「ごめん、遅くなった」
「一時間遅刻って……」
「いや、だからごめんって」
「ってか、駿斗浴衣は?」
「あ、忘れた」
「……はぁ」
「ごめんって」
「もういい、お腹空いた」
「じゃなんか食べる?」
「たこ焼き」
「えっ俺、唐揚げ食いたい」
「たこ焼き!」
「じゃ、俺唐揚げ買ってくるから麻衣はたこ焼き買って来てよ」
「えっ……一人で並ぶの?」
「別々に並んだ方が良くない?」
「……分かった」
「じゃ買い終わったらここ集合な」
「うん」
連絡も無しに一時間も遅刻して自分は浴衣着てこないで、しかも彼女を一人で並ばせるって……
それにせっかく浴衣着てきたのになんの感想もないなんて酷い。最低、もう本当に最低!
「ねぇ、君一人?」
「えっ?」
「一人?」
「いや、彼氏と来てます」
「彼氏? どこに居んの?」
「……別の屋台に」
「ふーん」
「……」
「でも、一人で何処行くの?」
「たこ焼き買いに……」
「一人じゃ危ないから一緒に行ってあげるよ」
「いえ、大丈夫です」
「いいから、いいから」
「いえ、本当に大丈夫です」
「そんな事言わないでさ、行こっか」
「もう放っておいてください!」
知らない男性に急に話掛けられた。なんだろう、ナンパ? もう本当に今日はついてない。帰りたい。苛々してしまいつい言葉に棘が出てしまった。
「人が親切で言ってんのに酷くね?」
「……」
「おい、無視すんなよ」
「急いでるんで」
「お前なんかムカつく」
「えっ」
「こっち来いよ」
「やめてください!」
「うるせぇ!」
「やめて!」
「こっち来い!」
「なにしてるんですか?」
「あぁ?」
「彼女嫌がってるから……」
「なんだよ関係ねぇだろ」
「私、彼女じゃないです!」
「なに言ってんだよ」
「……麻衣?」
「はる、はる!」
「麻衣、その人知り合い?」
「違う! 助けてはる」
「なに言ってんだよ麻衣ちゃん 俺たち友達だろ?」
「麻衣?」
「違う、友達なんかじゃない!」
「麻衣」
名前を呼ばれたと思ったらはるに腕を引っ張られた。
「えっ」
「大丈夫?」
気付けば私は、はるの腕の中に居てあの男性は呆然としていた。
「これ以上なにかあるなら警察呼びますよ」
「……ちょっと声掛けただけだろ」
「もう用は済みました?」
「あぁ」
「じゃもう行きますね」
「チッ」
そのまま私は、はるに腕を引かれて屋台がある方へ歩いた。
「はる」
「大丈夫だった?」
「うん」
「何かされた?」
「ううん」
「そっか、良かった」
「ありがとう はる」
「……うん」
さっきはしっかり見てなかったけど、浴衣を着ていていつもと雰囲気が違うからかいつも以上に格好良い。それに、浴衣姿初めて見た。はると会うのはあの日以来で、会いたくて会いたくて仕方なかった人。
駿斗じゃなくて、はるが助けてくれたことがとても嬉しかった。王子様、はるはずっと私の王子様。
「浴衣可愛いね」
「えっ」
「麻衣の浴衣姿初めて見た」
「ありがとう」
「……」
「はるも格好良いよ」
「ありがとう」
「……」
「……」
「一人?」
「ううん、彼と」
「そっか」
「はるは?」
「……彼女と」
「えっ……」
彼女? えっ、はるに彼女?
「彼女?」
「うん」
「……だから?」
「えっ?」
「だからもう私と会えないの?」
「……」
「はる」
「……うん、そうだよ」
「そんな……」
「ごめん」
謝るなんてずるいよ、そんな事されたら何も言えない。
好きって言ってくれたのに、なんで、あれは嘘だったの?
はる、もう私の事は好きじゃないの?