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日常  作者: タコヤキ
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第一話:かぶとむし

「ねえ、パパはご存知かしら」

 娘の言葉を思い出した。


 年明け早々に大阪の本社へ出張に来たのだ。

 経理関連等の実質的な本社機能は東京にあるのだが、わが社の創業の地であるここに技術開発部門が集中している。


「JKはジュールとケルビンだから、エントロピーなのよ」

 今、私の前には下校途中の女子高生が集団で歩いていた。

 夕方の七時を過ぎた頃、行き交う人々の中で傍若無人に振る舞っている。

 朝から三ヶ所の拠点を回って草臥れた私は、重い荷物を肩に担ぎ、人混みの中を掻き分けて進んで行く。

 大阪駅と梅田駅がクロスする通りはカオスだ。

 人間によるブラウン運動が再現されている。

 女子高生の集団が、高架下のハンバーガーショップへと吸い込まれて行ったので、漸く少しばかり歩き易くなった。


「エントロピーだから、絶えず増大するのは仕方がないわ」

 そんなコトを言っていた娘は、この春からも研究室に残るらしい。

 院も含めて七年も通った大学に、愛着が湧いたと言うのがその理由だ。



 

「リケジョはヤバいです」

 婚活サイトに登録した部下が教えてくれた。

 女性で理系の研究員が大多数を占めていたのだ。

「アイツらは、俺が設計者だと知ると……」

 私の顔を見て、言葉を無くす。

 娘がシュレディンガーのテストで百点満点を取ったので、イタリアンのディナーをご馳走した、という私の自慢話を思い出したらしい。

 君も主任技士になって娘を持つ父親になれば、今の私の気持ちが分かるだろう。




 関西では老舗の大手私鉄の梅田駅から、百貨店が並ぶ繁華街へ繋がる通路に動く歩道がある。

 その上を誰もが立ち止まらずに歩いていた。

 左側が追い越し車線だ。


 ノートパソコンや色々な紙媒体の資料が詰め込まれた、ショルダーバッグを肩に食い込ませ、私も流れに乗って動く歩道を歩く。

 若いカップルが前を歩いていた。

 追い越し車線を急いでいる私に、彼氏が気付いて道を開けてくれる。

 すかさずに彼女がポジションを入れ換え、彼氏の左手に腕を組んだ。

 苦笑いする背の高い彼氏の顔を見上げ、嬉しそうに肩へ額を擦り寄せている。

 彼女には周囲が見えていないのだろう。

 もしかすると、いつも腕を組むポジションなのかも知れない。


 困惑する彼氏にペッタリと引っ付いた彼女を見て、忙しない心がホンノリと暖かくなった。




 何故か娘が好きだった歌を思いだし、オジサンは人混みの中で独り鼻歌を楽しんだ。





終わり

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