35:最下層
スキルの迷宮七層。メイドの一人が通信用と思われる魔道具を取り出し会話をしている。迷宮の下層であるここで会話が出来るとなると、相手は先行しているリン様達という事になる。何か不測の事態でも起きたのか、我々の所有している魔道具では既に外との会話は出来ない。何かが起きているならば今ここに居る我々だけで対処しなくてはならなくなる。
会話を終了したメイドに質問する。
「何か不測の事態でも起きたのか?」
「いえ、お嬢様が最下層に挑戦するので早めに合流するようにとの事です」
聞き捨てならない言葉に思わず語気を荒げる。
「リン様を最下層のボスに挑戦させるつもりか!?」
「はい、それが何か?」
平然と聞き返してくるメイドに腹が立つ。
「リン様はローラン家縁の御方だぞ、お前たちはそれがどういう事か解っているのか!!」
「はい。私達メイドが命を賭してお仕えするお方です。それが何か?」
なんだ、何か会話がかみ合っていない気がする。
「あの、お嬢様は既に昨日一度最下層のボスに挑戦し勝利しています。私達メイドはお嬢様にご不自由が無い様に早く合流しなくてはなりません」
メイドの一人が言ってくる。
「なん、だと」
他の者達と顔を見合わせる。確かに、いち冒険者がローランの名を賜ったのだ。素晴らしい才能があり強いという事は聞いていたが、あくまで光魔法の使い手としてだという認識だった。いや、それ以前に勇者ユウキの件はどうなったのだ?
メイド達に、確認は出来ない。勇者の件は極秘事項だ、これは早急に確認しなくては。
メイドの一人が戦闘準備をしている。そう、既に先ほど七層のボス部屋は復活している。つまり誰かがソロでボスを攻略しなくては下層へ進めない。そしてモタモタしていては次の八層のボスまで復活してしまう可能性がある。
「待て、ここは俺が行く」
戦闘準備をしていたメイドが聞いてくる。通信魔道具を持っていたメイドだ、魔道具の管理をしているという事はこの中で一番の実力者なのだろう。
「私より強いと?」
言い争っている暇は無い。
「そういうわけではない。ただ俺達は所持している全ての装備を使う許可を受けている。それに見ての通り冒険者だ。要領は得ている。急ぐのだろう?」
「……判りました」
流石に火の一族が誇る戦闘メイドだ。理解が早い。
ボス部屋に入ると背後で扉が閉まり。正面奥が淡く輝きだす。
戦士が出現した!
暗殺者が出現した!
魔法使いが出現した!
おかしい。七層は戦士と盗賊の二体だけのはずだ、これは八層のボスモンスター、しかもあれは盗賊ではなく暗殺者。一撃死の攻撃を繰り出す最悪の魔物。
だが問題ない。感情を消し戦闘モードに移行する。
戦士が剣を構え。
暗殺者が姿を消そうとし。
魔法使いが呪文を唱え始める。
しかし遅い。既にこちらは睡眠の巻物を発動している。
戦士が眠りに落ちる。
暗殺者は眠りに落ちたが目を覚ました。
魔法使いはレジストした。
ロスタイム無しで麻痺の巻物を発動する。
戦士は麻痺。
暗殺者は麻痺。
魔法使いは麻痺。
静寂の巻物の発動をキャンセルし剣を抜き駆け出す。
魔法使いの首を刎ねる。
暗殺者の心臓を突く。
戦士を斬り刻む。
魔法が封じ込められた巻物は込められた魔法を使うことで消滅してしまうが、発動に呪文も魔力も必要としない。確実に先手を取れるが高位の魔物にはほぼレジストされてしまうという欠点がある。それに非常に高価だ。今の二つの巻物だけで一体幾つの金貨が消し飛んだか。それに魔法使いが大魔法使いだったならばもっと苦戦していたかもしれない。
宝箱を開け、中身を回収する。扉が開き少し驚いたふうの皆に合図をする。急げば八層のボス部屋に挑戦しなくても済むかもしれない。
「急げ、どうも迷宮の様子がおかしい。早くリン様に合流するぞ」
駆け足で移動する。
「おい、どうやったのか説明しろよ」
仲間の一人が聞いてくる。そいつの目を見、もう一人の仲間にも目を向ければ、そいつも無言で頷く。メイド達と情報の共有をしておいたほうが良いとの判断か。
「睡眠と麻痺と静寂の巻物を使った。麻痺が全員に入ったので静寂はキャンセルしたがな」
「制限無しが出たとはいえ豪華に使ったな。うん? なぜ静寂を使う必要があったんだ、七層は戦士と盗賊だけだったはずだ。上級職が出てきても静寂は必要ないだろう?」
「いや、魔法使いも出た」
「……どういうことだ?」
「分からん。だから急いでいる」
「…………」
皆、無言で駆ける。
八層、九層とボス部屋へ挑戦する必要無く、最下層の途中でリン様に追いつく。
「あ、お疲れ様です」
王族の一員に労いのお言葉を頂く。
「ハッ!」
こう気さくにされると調子が狂う、リン様の前に膝を折り傅く。周りの気配を探るがあの異様な気配が無い、ここに来るまでも無かったが、これはどういうことなのか。
「何か報告はありますか?」
火の一族のメイド長が聞いてくる。これは俺達ではなくメイド達に対してだろう。
「はい、この者達はお嬢様を護衛していたローランの暗部です。それと、階層のボスがランクアップしているようです」
暗部などと口にするな!
「んー、それ詳しく」
ボスのランクアップがリン様の興味を引いたようだ。
「それは、われ」
「はい、七層のボスが通常ならば戦士、盗賊の二種類だけのはずですが、八層のボスと同じ戦士、盗賊、魔法使いの三種出てきました。加えて盗賊が上級職の暗殺者に変化していました」
「ふーん、ランクアップしたんだ。しかも一種類だけ上級職ねえ」
俺の言葉を遮って話し出したメイドを睨む。
「メイド長様、その剣は?」
一番若いメイドが質問する。そう、確かにあの剣は七層に居た時には持っていなかった剣だ。しかもあれはおそらく必中の剣。件の勇者が愛用していたといわれる特別な剣だ。
「お嬢様からの賜り者です」
嬉しそうに両手で剣を抱くメイド長。どういうことだ?
リン様を盗み見れば、視線を待っていたように曖昧に微笑みながら肩を竦める。なんだ? 何か言外にお伝えしているのか?
理解が追いつかない。二人の仲間を見るが同様のようだ。
勇者は既に始末したということか?
火の一族のメイドが始末したと?
いや、火の一族のメイドが始末した事にしておけと?
勇者など居なかったと?
無理だ。俺などに判断できる事柄ではない。ただ事実を報告しよう。判断するのはヤン様だ。
「じゃあ、大詰めだね」
メイド長によろしくねと言葉をかけ最下層のボス部屋へと入っていくリン様。起きている事に思考がついていけていないのか只呆然とそれを見送ってしまう。




