31:夢
時は少し遡る。
ドランツさんの屋台を出たところだ。
「おはようございます。お嬢様!」
振り向けば昨日合ったメイド軍団の新人さんの、ニアさんだったかな。
「おはようございます。ニアさん」
満面に浮かぶ嬉しそうな笑顔。やだ、何か眩しい!
「わ、あの、私の様な者の名前を覚えてくださって光栄です!」
見れば、買出しの最中だったらしく魔法の鞄に入りきらなかった荷物を両手に抱えている。
火の一族の屋敷も冒険者ギルドのそばにあるという事で途中まで一緒に行くことにする。
先ほどのユウキさん、隠密スキルを発動した状態で私達についてくる。
…………はぁ。
(どうしたリン?)
クロがフードから出てきて目の前で私の顔をマジマジと見つめているユウキさんの視線を邪魔する様にじーっと見つめだす。
(クロ君、本人気づかれてないと思ってるから)
(うぬ、こんなレベルの低い隠密でか?)
(うん、実際隣にいるニアさんまったく気付いてないでしょ)
(むう、たしかに)
(ユウキさん隠密レベルMAXだし、多分普通は気付かれないよ)
(そうなのか?)
(うん、私達は超高度な隠密を使いこなす人が仲間にいるから只の隠密レベルMAX程度じゃ普通に気付いちゃうっていうだけだよ)
(あの覗き魔だな!!!)
(え、覗きって?)
(あいつは日々のストーキングに飽き足らずその隠密スキルで女湯に忍び込んだりしているのだ!!!)
(えぇぇぇ!!! って、取り合えずクロ、気付いているの気付かれたら面倒だから気付いてない振りしておいてよ)
(ぬう、いっそ殺してしまうのはどうだ?)
(えー、やだよ。なるべく係わりたくない、悪運とかどういう効果を発揮するか解らないし敵対しないならスルーの方向が望ましい)
(無理だと思うぞ)
そう言うクロの視線を辿ればニアさんを見つめるユウキさん。
あぁ、暗殺弐か、スキル強奪と鑑定、こんなに相性の良い組み合わせもないのかもしれない。けれど暗殺弐はユニークスキルだ。スキル強奪の対象にならない、本人の鑑定でもその情報が確認できているはずなんだけど...まさか念の為に殺そうとか思っているの?
…………はぁ。
なんか、ずっと着いて来る。遠慮のない視線でジロジロこちらを見てくるのをクロが邪魔しているけど、なんだかなあ。たまにクロに対して殺気よりももっと歪んだ感情をちらりと覗かせる。これは、
(リン、こいつダメだ、殺しておこう)
おそらく、ユウキさん、殺すという行為に対するストッパーが無い。クロみたいに止められる事を前提とした冗談ではなく、興味が向いたという程度で実行する精神状態。狂人特有の歪んだ空気。似たような空気を持った人が昨日居た。あの人は魔剣によって狂ったのだろう。なら、この人は何によって狂ったのか。
冒険者ギルドの建物前につく。
「お早うございます。お嬢様」
うーん、まいった。
状況が凄い混沌としている。
(リン?)
(むー)
(ぬ?)
あ、ユウキさんの発する異様な空気に気付いたメイド軍団から何人かが隠密で姿を消した。臨戦態勢じゃないですか、やだー。
(あーもー、どうしよう)
(ここが戦場だ!)
荒ぶるクロを捕まえて、クロの頭に私のおでこをぐりぐりと押し付ける。
(やーめーれー!)
だいたいユウキさん、いや、ユウキ君、この人こんなに禍々しい気配を撒き散らして隠密している意味あると思っているの? ねえ、ねえ、もー!
メイド長さんは私の隣に来てニコニコ微笑んでいるけど完全に戦闘モードだし、宿の裏口から密かに護衛していた王国暗部のヤンさん達もただならぬ気配を察知したからかおそらく町中に散っていた隊員達が続々と集結していて私を囲むように気配が増えていっている。このままだと本当にここが戦場になってしまうんですけど!
クロをぐりぐりしながら念話する。
(なんか守られるって大変だよね)
(うむ、実際守っているのはこっちだしな)
(うーん、けどこまごました揉め事は自動解決してくれるっていう利点はあるよね)
(だが、そのおかげであの小僧の成れの果てを始末出来ない状況が発生しているな)
(成れの果てって...やっぱりヤンさん達があれだよねえ)
(奴等は監視役の意味合いが濃いからな)
(そうだよね、全部ローラン王に報告が上がるんだろうね)
(特殊イベントが起きてリン個人に忠誠を誓うなどというご都合主義は絶対にありえんしな、洗脳するか?)
(んー、それはちょっと厳しいかな)
(メイド達は上手くいっているようだが?)
(いやあ、ちょっと無理があるでしょ、彼女達の場合はトップを全部一度にやったから上手く機能しているけど)
(全員やれば?)
(私とクロを殺しに来たとかならいいけど、守ってくれてる人達にそんなこと出来ないよ)
(甘いな!)
(えー、自分の都合だけで他人をどうこうとかしてたらそれこそ成れの果てになっちゃうんじゃないの?)
(何も気にしない分、成れの果ては強いな)
そうともいえない、周りを気にしていないからか、それとも自分より格上に会っていないのか、スキルという優位性に依存しているからか、あまりにも隙が多い。隠密で姿を消したためメイドさんの数が減っているのに気付いてさえいないし、既に彼の首に巻いてある糸、これはまあ気付かれないように巻いたので仕様が無いけど。いつでもこの指を引けば首が落ちる。始末するというだけならばこの油断しきっている今やれば済むだけの話。
しかし、そんなことをしたら隠密がとけた勇者ユウキの死体がいきなり出現して大騒ぎになってしまう、そうなればヤンさんから王様に報告が上がってしまうだろう、状況的にそんな事が出来るのは私しかいない。私に対する対応に変化がおきる可能性がある。
それよりなにより勇者ユウキの死体が回収でもされたら大問題。死者蘇生時に絶対隷属の呪縛などというとんでもないことを普通にするだろうし、最悪、隷属失敗からの勇者暴走でローラン王国滅亡とかもありえる。
悪運。
結局これに行き着く。今考えた最悪の状況、最も悪いそれが起きるかもしれない運命というのはどれほどの確率なのか。どれほどの悪い運なのか。
やるならば、もっと確実に、運の範囲を狭めて、それに左右されない状況で...って、一番良いのはユウキ君がこのままどっかにいってくれるのが全員平和でいられるんだけどね。




