29:狂宴の始まり
隠密スキルで姿を消して観察する。僕のスキルは全てカンストしているから一度発動したら僕自身がスキルを切るまで誰も僕の存在を認識する事は出来ない。
まずは嫁候補のリンといたっけ、正面に回り顔を間近で見る。
ホゥ、と思わず溜息を漏らしそうになる。可愛いとは思っていたけど間近で見るとその美しさに酔いが醒める思いだ。これはもう嫁決定だ。
モゾモゾモゾ。
思わず見惚れれていると、嫁の背中に垂れているフードの中から子猫が顔を覗かせて僕を見ている。ん、気付かれた?
キョロキョロ。
僕を見ていた視線が外れキョロキョロと周りを眺めだす子猫。気のせいか、それとも動物の勘というやつが働いたのかな、そういえば獣人族は勘が鋭いと聞いた事がある、もしかしたらカンストしている僕の隠密も獣人には見破られてしまうかもしれない。今後は注意しよう。
もう一人はニアといったか、暗殺弐のスキルを持っているメイド。顔は、僕の嫁を見てしまった後だとしょうがないが及第点といったところか、どうせ殺すのだから関係ないが新しいスキルが手に入るかもと思うとワクワクが止まらない。
ジーッ。
ん? 誰かの視線を感じ振り返るが、当然誰も見ていない。隠密を発動している僕を認識できるものなどいない。
僕の嫁とメイドと並び町を歩く。なんだかデートをしているみたいだ。位置関係は僕、嫁、メイド。嫁の手を握りたいけどさすがにそれをすると隠密が解けてしまうのでグッとガマン。美しい嫁の顔をじっと見つめていると子猫が肩に移動してきて嫁の顔がよく見えなくなる。ジャマだなあ、殺しちゃうぞ?
大きな建物の前につく。てっきり自分の屋敷に戻っているのだと思ったら、ここは屋敷ではないよなあ。もう我慢の限界なんだけど、せっかく穏便に事を運ぼうと町中での殺しをガマンしてきたのに、これ以上見てるだけなんて気がおかしくなりそうだよ。とりあえずメイドだけここで殺してみようかな...
「お早うございます。お嬢様」
おっと、タイミングが悪い、メイドの集団が近付いてきて僕の嫁に挨拶してくる。ちょっとやばそうな雰囲気なのがいるなあ、鑑定しておこう。
……ほぼ全てのメイドが暗殺持ちだ。これはただのメイド集団ではないな、残念だけど少し距離を置いたほうがよさそうだ。
少し離れて歩きながら僕の嫁について行くと、なぜか迷宮へ入っていくではないか。意味が解らない。
いや、そういえば聞いた事がある。弱い貴族を迷宮で強くする方法だったか、だからあんな戦闘に特化したメイドを連れているのか納得、この状況は逆に考えれば僕にとって好都合かもしれない、迷宮内なら何をやっても最終的に迷宮が吸収してくれて証拠が残らない。後片付けを気にしないでいいのはとても楽だ。
あれ? 気のせいか...
それにしても、人の多い迷宮だなあ。迷宮に入ってから魔物に遭わずにもう三層目まで来ている。ここにも冒険者が律儀に列まで作って並んでいるから皆殺しにしてもいいけど範囲魔法は予想外の結果を生む事があるから僕の大事な嫁まで巻き込むかもしれない。けど、これだけの人を一気に殺せば何か新しいスキルが手に入るかもしれないなあ、他人が不幸になるほど僕は幸せになれる。
迷っていると、こちらを向いた嫁の美しい顔が目に留まる。あぁ、あの美しい顔が焼け爛れるのは見たく無い、死ななければ光魔法で元に戻せるけど一度醜くなった顔を見てしまったらもう楽しめなくなるかも知れない。
最悪、一度綺麗なままで殺して外まで持ち帰ろう。そうすれば迷宮内にいる全員を遠慮なく殺すことも出来る。僕の嫁だもん一回くらいは灰にならずに蘇生できるよね?
そうこうしている内に、邪魔物の数が減ってきた。今は九層目かな、メイドの一人がボス部屋らしきものを攻略中だ。
そろそろいいかな...
ボス部屋の扉が開き、挑戦していたメイドが姿を現す。
「さすがです。メイド長様!」
ああ、つまりあれが一番強い奴ということか...
武器を格納している魔法のポーチから剣を取り出す。剣の数は五本。この剣は特別だ。楽しそうに話している嫁たちを見る。狙いは、メイド長と呼ばれた奴とニア、それに鑑定で強かった上三人のメイド達。
「ソードスキル発動、必中...」
僕の声にその場にいる全員がこちらを振り返り見る。
「やあ、初めまして、そしてサヨウナラ。ファイナルシュート!」
斬!
宙に放った五本の剣が弓術スキルに分類される投擲技、ファイナルシュートにより目標の急所へと一直線に飛んでいく。
さすがに目を付けていた上位のメイド達、素早く反応し剣の軌道から身を逸らすがこれは必中の剣だ。しかもそのソードスキル必中を発動している。
「なっ!」
「軌道が変わるなんて!」
必中の効果で剣が軌道を変え狙い違わずメイド達の胸を貫く。




