18:奴隷商
噂は駆け巡る。
商業区、マルガリータ邸:
マルガリータは、ブオトの町一番の豪商である。暴力が幅を利かせているこの世界で、女の身でトップを取るという事がどれほど難しい事か、二番三番ならば女の身を利用することで可能であろうがトップはあらゆる点において実力が無くては達成出来ない。それを成したマルガリータの実力は如何ほどのモノなのか。
「ガーレル、あんた間の悪い時に来たねえ」
ガーレルと呼ばれた男。
大きな鷲鼻に鋭い目つきの男が、その暗い目をマルガリータに向ける。
「何がだ?」
「どうやら今この町にローラン王家縁の御方が来ているみたいでねえ」
「ほう、王家筋か」
「ああ、あんたがカーライルで商いをしているのは知っているさね、何をするかは知らないがあちらが人を集めているも知ってる」
「近いうちにローランに攻め込むらしいぞ」
ガーレルが暗く笑う。
「カッカッカ! そりゃ楽しみだねえ」
事の真偽を確認するまでも無くマルガリータはその剣呑な言葉を笑い飛ばす。
「フンッ、喰えない女だ」
「アタシの扱っている商品ならあんたに売ってもいいが、今この町でおかしなことは起こさない方がいいよ」
「お前に迷惑をかける気はない」
「そりゃ無理さね、これでもアタシャここの商人を束ねる立場にいるもんでね、王族のいる間は何の問題も起こす気はない。意味は解るね?」
マルガリータは必要ならば国の情報も商品として扱うが、あくまで大勢に影響の出ない範囲でだ。彼女は自身がローラン王国で商いを行っているローラン国民であることを自覚している。それが基盤であり根幹であることを忘れない。それがトップに登り詰められる者とられない者との差だ。故に彼女は、マルガリータの屋敷を訪ねたガーレルがローラン王国に不利益な問題を起こした。と言う噂が流れるようなら、マルガリータの屋敷を訪ねたガーレルの行方が分からなくなった。と言う噂を選らぶ。
簡単にいえば、アンタの商いにアタシを巻き込むなら殺すよと言っているのだ。
既にガーレルが先ほど発した言葉でマルガリータは否応無く巻き込まれている。ガーレルは間の悪い時に来たのではなくこのタイミングに来たというほうが正しく、冗談として笑い飛ばした言葉がガーレル指した必殺の一手であり彼の商いの仕方である、それに対する返答がマルガリータの言葉の後からガーレルに向けられている殺気ということだ。
「…………解った。では、お前が飼っている獣人をくれ」
「カッ! 白金貨百枚出すなら譲るよ」
白金貨一枚は金貨一万枚に相当する。それを百枚ならばこのブオトの町自体を買ってもお釣りがくる。
深読みするなら、殺気を放つ獣人をくれと言ったガーレルはマルガリータの基盤であり根幹を売ってくれと言ったとも取れる。そして彼女はそれを白金貨百枚で譲ると言った。
売るつもりがあるのかは不明だが、それでもマルガリータは商人であり、自分の持ち物や自分の思想までも商品として値をつける。
「たかが一匹の獣をそんなに気に入っているのか」
マルガリータの背後、垂れ幕の向こうで殺気が膨れ上がる。獣といわれ猛ったのか、マルガリータのつけたマルガリータ自身の値をたかがといわれ憤ったのか。
「およし!」
「フンッ、まあいい」
この商談はご破算ということらしい。
次の商談が始まる。
「ユウキという男を探している。情報をくれ」
「ユウキ? 誰だいそりゃ、人相がわかっているなら教えてくれれば、半日で居場所をつきとめるよ」
「…………ユウキは確実にこちらが貰うということでいいか?」
「なんだい、楽しそうな話しになってきたねえ」
美味しい儲け話の匂いをマルガリータは楽しむ。
「フンッ、迂闊に手を出すと痛い目を見るぞ」
「カッカッカ! そりゃ楽しそうだねえ」
滞在先の宿の名を告げガーレルが出て行く。
マルガリータの背後から奇妙な人影が現れる。
「ボク、あいつ嫌いだ」
「カッ! そりゃあいつを好きな奴なんざいりゃしないさね、アタシャ人さえも商品として売るが、あいつはそれ以上だからねえ」
「それ以上って?」
国さえも天秤にかける。
「ガーレルは奴隷商さね」
「ボクにはマルガリータも同じに見えるけど、さっきボクを売ろうとしたでしょ?」
「カッカッカ! アタシのしてることなんざ遊びさね」
「そうなの?」
「ああ、商人マルガリータさんは、ローラン王国のブオトの町で商売をしてるのさ」
「?」
「カッカッカ! まだファムにはわからないかねえ」
国家間の紛争は膨大な商品を生み出す。さっきガーレルは自身の取り扱う商品を生み出す話をしていたのだ。
ファムと呼ばれた獣人の娘は、テーブルに乗っているお菓子をひとつつまみ、ひょいと口に放り込み部屋を出て行く。
お茶をすすりながらそれを見ていたマルガリータが、誰にともなく呟く。
「ユウキというのを探して、どういう素性か調べておき。猶予は半日、それを過ぎたらガーレルに知らせな」
何事もなかったかのように、お菓子をひとつ口に運び、お茶をすするマルガリータ。




