17:駆ける
噂は駆ける。
現実味が無く、別世界なものほど。
大貴族のご令嬢がこの町に来ている。
王族のお姫様がこの町に来ている。
教会の神子様がこの町に来ている。
それが珍しく、不確かなものほど。
ゴルジフ卿とギルド長が連れ立って迷宮に潜った。
火の一族とゴルジフ卿が連れ立って迷宮に潜った。
大貴族のご令嬢がギルド長と迷宮に潜った。
王族のお姫様がゴルジフ卿と迷宮に潜った。
教会の神子様が火の一族と迷宮に潜った。
噂は、夕刻になる前の酒場で、酒の肴となり。
町人の間では、ひと目お姫様を見ようと冒険者ギルドから続く道に不必要に足を向けてみたり。
権力者は、噂の真偽を確かめようと情報の収集に人を割いたり。
目まぐるしく、噂が噂を創り、事の真偽を覆い隠す。
茫洋とした青年が酒場に入る。
育ちのよさそうなその男、人気の無い街道を一人で歩いていたら確実に盗賊に襲われそうな雰囲気を醸し出している。
普段であれば、酒場にいるガラの悪い者達の肴になりそうなところだが、今は他の肴で皆盛り上がっている。
「ラッシャイ! ご注文は?」
「お薦め料理を頂戴、後飲み物はお酒じゃない甘いので」
「ハイヨ!」
いつもなら、青年と呼ぶに相応しいその風貌からは似つかわしくない軟弱な注文とからかわれる所だ。
この酒場はそのような人種がよく出入りする場、なぜ青年はわざわざこのような場所に来たのか、場違いもはなはだしい。
ちらりと、視線を向ける者もいたが、今はこちらの話題のほうが興味があると会話の中に戻る。
「お姫様かあ、メチャクチャ美人なんだろうな」
「当たり前だろ、俺たちが見たら目が潰れちまわー」
「ここの姫様なのか?」
「隣のカーライルの姫様じゃないのか?」
「ああ、もしかしてこの前嫁いだイレーヌ姫か?」
「それ、もうお姫様じゃなくね?」
「オイラは、神子様って聞いたぜ?」
酔っ払いが口々に自分の妄想を口にしている。
スキルの迷宮で成り立っているこの町の噂話の中心は当然そこになる。
「見た奴もいるんだろ?」
「ああ、俺の知り合いの冒険者が迷宮に入るところを見たって話しだ」
「おお、で?」
「目立たないようにローブを着ていたらしいんだがよ、フードは被ってなかったらしくてよバッチリ顔を見たらしいんだがよ、絹の様な光沢のある黒髪と人間とは思えないような綺麗な顔でよ、思わず見惚れちまったって言ってたぜ」
「おお、一度見てみてーな!」
「だがよ、ゴルジフ卿自身とその騎士に、冒険者ギルドのギルド長セザール本人、それにあの火の一族のメイド達が一緒にいたらしいぜ」
「そりゃヤベーな! 近付いただけで殺されそうだな!」
「だろお? けどよ、大貴族のゴルジフ家と火の一族が護衛についてるって事はやっぱローランのお姫様だよな」
「だなー、神子なら教会の司祭とかが必ずいるはずだもんな」
青年が酒場を後にする。
暮れてきた街道を歩きながら不意にクスリと笑う。
「お姫様か、いいなあ」
赤く染まる空を見上げる。
「よし、僕の嫁にしよう」
夕闇に向かい歩き出す。
青年の名はユウキ。彼は、彼が滅ぼした国で勇者と呼ばれていた。




