10:王権
恭しく、頭を下げたままゴルジフ卿と呼ばれた人が、
「ご機嫌麗しく、リン殿下」
「はい、ストップ! それ以上喋らないでねー」
このおバカ、こんな場所で殿下とか呼ぶな、このおバカ。
「セザールさん、どこか個室ありますか?」
「個室でございますか、ではこちらに」
「ゴルジフ卿、貴方も来て」
「ハハァ!」
嬉しそうに返事をし後をついてくるゴルジフ卿。
その場にいる冒険者達にジロジロと見られる。うー、最悪だ。
(リン、なぜ殿下と呼ばれるのだ?)
(ん? 多分、王位継承権があるとか思ってるんじゃないの)
(あるのか?)
(ないよ、私はローラン王家がバックについてるだけだからね、多分この人、私のことフレデリック王の隠し子とか思ってるんじゃないかな、セザールさんに詳しく説明してないからこの人に渡った情報も曖昧で、適当な憶測も付加されたんじゃないかなあ)
(伝える情報に本人の想像を追加するとか、愚の極みだな)
(だね)
けど、そのおかげでこちらとしては最悪の状況になってしまったんだけどね。
多分、さっきの光景をみていた冒険者達から憶測を交えたトンデモ情報が発信される。
個室に着く。
「じゃあ、セザールさんとゴルジフ卿だけ来て」
「はい」
「ハッ!」
部屋に入る。あー面倒くさいー。
どう考えても私が一番立場が上だ、遠慮してもしょうがないので、そのまま上座の席に座り、二人も席に着くよううながす。
「えー、じゃあ、ゴルジフ卿、どこから私の情報を得たのか教えて、ローランの貴族として嘘偽り無くね」
ローラン王国内においてローラン名のは絶対。特に貴族ならば絶対服従の教育がなされている。
貴族という生き物は、平民を人と見ずに数として認識しているのと反対に、貴族の上に君臨する王家に対しては無条件の絶対服従の教育がなされている。つまり...
「ハッ! 冒険者ギルドに送り込んでいる我が配下の者の報告により、リン殿下がお忍びでブオトの町に訪れていることを知りました」
おーい、お忍びってわかっているなら、あんな出迎えするなー。心の中で突っ込む。
ちらっとセザールさんを見ると、ゴルジフさんを睨んでいる。ま、冒険者ギルドにスパイを送り込んでると目の前で言われれば、ね。
いつまでも殿下と呼ばれるのも困る。その敬称はある立場の者という事を特定する呼び名だ。
「ゴルジフ家の規模は?」
「ハッ! ――――」
なかなかの規模の領地を持っている。上級の伯爵か、もしかすると公爵か侯爵といったところかな。
ならば、ローラン王家からの私に関する御布令が行っているはず。王家に係わる決定事項はある一定以上の貴族には必ず知らされる。
「ゴルジフ卿、おそらく領主に私に関する布令がいっているはずです。一度確認してください、きてないようでしたら親交のある上の方に私の名を出して聞けば答えてくれるはずです」
「ハハァ!」
御布令の詳しい内容は関知していないけど王家の一員として対応しろと書いてあるはず、ん? あれ、確認させると私がこの街にいると特定されてしまうね、あー、確認された家からゾロゾロと騎士が派遣されてくる可能性が極めて高い気がする。それは嫌だなぁ。
「確認は慎重にお願いしますね。今回ここへはお忍びで来ています。無為に私の護衛のためと騎士団が派遣されるような事態は避けたいです。あと、取り合えず、私に関しては普通の冒険者として接してください。呼称もリンと呼び捨てにするか、抵抗があるなら、さんもしくは様でもいいです。あと外にいる騎士達は帰らしてね、あ、セザールさんも邪魔だから迷宮についてこないでね」
「……」
「……」
なぜ黙るのお二人さん。
「帰れといわれてもワシは着いて行くぞ!」
そっぽを向いてフンッと鼻を鳴らすセザールさん、なんかあれだね、態度が一々元冒険者っぽい。
「ローランの騎士として、リン様をお一人で危険な迷宮に行かせることは出来ません。目的のスキルがおありでしたら、我が配下の騎士に取ってこさせます。ご命令を!」
そんなセザールさんを一瞥し、こちらに熱い視線を向けてくるゴルギフ卿。
うーん...
(色々と楽になるかと思ってフレデリック王の誘いを受けたけど、なんか王族って面倒くさいね)
(うむ、リンが男ならこれほど過保護な対応は無かったかもな、奴等にしてみればリンは、か弱いお姫様だからな)
(ひゃー、そうなっちゃうのか、それだと騎士魂を猛烈に刺激しちゃうね)
(うむ、貴族に生まれて騎士として教育を受けたものなら、こんな夢に見るような状況、絶対に放っておかないだろうな。姫を守る騎士など奴等が子供の頃に読んだ御伽話の書き出しだからな)
結局、立場が下であっても上であっても、女と言う事がネックなんだね。別にいいけどね。
「えーと、ワカリマシタ。迷宮には私本人が潜りますので、護衛をお願いします」
「しかし、」
「あー、しかしは無しで、最下層の周回も私がやるんで邪魔しないでね」
「は?」
「は?」
「え、なに?」
「最下層を周回ですか?」
「うん、そうだけどなにか?」
「失礼ですが、この迷宮の特性はご存知ですか?」
「え、ソロでしょ、一番やりやすいよね」
「は?」
「は?」
「え、なになに?」
この後、何度話しても信用してもらえず、王権を発動して黙らせました。
結局、セザールさんとゴルジフさんの二人と選りすぐりの騎士二人の計四人が着いてくる事になった。
(あいつ等、最下層に挑戦させない気満々だな!)
(だよねー、困っちゃうね)
取り合えず、最下層でゴネたらまた王権発動で黙らせようかと考えつつ部屋を出て、騎士さん達は二人だけ残し帰ってもらい迷宮の入り口へ移動する。
(王権発動で何とかなるかな?)
(さすがに無理じゃないか? 最下層に行くまでにリンの強さを見せつけておけば何とかなるかもしれないがな)
(じゃあまた、ひのきの棒で戦闘?)
(だな)
まあ、どのみちボス部屋はソロだし、道中ひのきの棒でパフォーマンスをすればいいだけかな?
迷宮の入り口に戻ってみれば、場違いな集団がいる。
(クロ君、今日はちょっともう帰ろうかと思うんですけど)
(うむ、我も賛成)
(だよね、何か今日は縁起が悪いよね!)
(うむ、迷宮方面は凶と出ているな!)
リンは逃げ出した!
ザッザッザッ!
リンは回りこまれた!
「クッ!」
リンは逃げ出した!
ザッザッザッ!
リンは回りこまれた!
「お嬢様!」
その場違いなメイド服の集団から声を掛けられる。




