ー第1撃ー 夢と現実
俺は時々夢を見る。
そこでは周りの人が全員殺され、俺はただそれを見ているだけのグロテスクな夢。
最後に優しそうな顔の男の人が俺の目の前に来て何かを言い残し意識が現実へと戻ってくる。
起きた後にはその男が何を言っていたのかは覚えてなく、あるのは汗で濡れている自分の体と涙と鼻水まみれの顔だけだ。
「あぁ~くそっ....」
この夢を見た日はすごくめんどくさい。
まず汗でびしょびしょになったシーツや布団、寝間着やらを洗濯機にぶち込み、べとべとな体をいつもは入らない朝シャンをし、きれいに洗い流してから身支度をしなければならない。
なんで俺はグロテスクで意味不明な夢を見て尚且つ、こんなめんどくさいことをしなければならないのか。そんなことを考えていても答えは出てこないので考えることをやめた。
いや諦めたと言ったほうがいいのかもしれない.......。
そしてもう一つ、夢とは別にまだ悩みがある。
自分に関しての記憶が皆無ということだ。
まあいわゆる『記憶喪失』である。ただの記憶喪失ならまだ救いはあるが....、なぜか俺という存在がこの世に存在してなかったらしい。そんなバカげた話あるわけないと自分でもそう思ったが調べてみると戸籍もなく知り合いも親もいない。ましてや自分の名前も分からない。唯一分かるのは鏡に映った自分の姿が30代半ばのおっさんということだけだ。
今はなんとか工事現場の住み込みの仕事を見つけ自分がどこの誰かもわからないまま何となく生きている。恵まれていたのはこの体格。たぶん記憶をなくす前の僕は体を鍛えていたのだろう。おかげさまで工事現場でこの筋肉は大活躍である。
ありがとう過去の自分。
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今日も何となく一日が終わり、いつもの帰り道を途中のコンビニで購入したおつまみとビールの入った袋を片手に、フラフラと歩きあたりを見渡す。チカチカと消えかかっている街灯の下には猫が一匹、こちらを見ている。
それはいかにも
『おなかすいたにゃ~ん、こんなかわいいボクちんにそのおつまみをわけるにゃっ!』
といわんばかりの上目遣いだった。
「......しょーがねーな」
俺はこういうかわいいのに弱い。
さっきコンビニで買ったサラミを袋から取り出し地面に撒く。すると猫は目をまん丸くさせ餌に飛びつき喉が詰まるのではないかと思うくらいに勢いよく頬張る。その光景を僕は先ほど買ったビール開け、飲みながら観察していると背後からビールを開ける音が聞こえる。振り向くとそこには20代半ばに見える男性が立っていた。
「ご一緒させてもらってもいいですか?」
そいつはにっこりと笑いながら言った。その笑顔にはどこか見覚えがあって少し懐かしい気持ちになる。それがなぜかは分からないし勘違いかもしれない。ただむこうは俺を見て何も思ってないみたいだから多分思い違いだろう。
「あ、はい。どうぞ。」
別に断る理由もなくその男を受け入れた。
「いや~、私好きなんですよね、猫」
その男性は、見かけ通りの性格で気さくに話しかけてくる。
普段、あまり人と話すのが苦手な自分が何故か今日は自然に話せた。
「俺もです、なんかこう自由に生きてる感じが」
こんな会話を夜に、明かりが消えかけてる街灯の下でビールを一本飲み終えるまで語りつくし解散した。
「またいつか一緒に飲みましょう」と言われたが、相手の名前を聞くのを忘れ、どこに住んでいるのか聞くのも忘れ、連絡先を教えるのも忘れた。たぶんこの先会うことはないだろう。
社宅に着き台所で水を一杯飲み、風呂場へ向かう。風呂から上がると1日の疲れが一気に襲い掛かり布団に倒れこんだ。
気づいたら夢を見ていた。
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いつもの夢。
そこでは周りの人が全員殺され、俺はただそれを見ているだけのグロテスクな夢。
最後に優しそうな顔の男の人が俺の目の前に来て何かを言い残し意識が現実へと戻ってくる。
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「はぁ、はぁ」
目が覚めた。
最後の部分、男の人が俺に喋りかけるところ。
今日はちゃんと覚えている、顔もセリフも。
それは
昨日、野良猫を一緒に見ながらビールを飲んだあの男だった。少し顔は老けて見えたが確かにそうだった。
そして彼はこう言っていた。
「人類を、地球を救え」
って。