うそつき
正直者の君は、いつも教室の片隅で孤立していた。
嘘つきの僕は、いつも人の輪の片隅に佇んでいた。
傍から見た時、どちらの方がマシに見えるのだろう。
一応は他人と行動をしている僕。
退屈そうに頬杖をついている君。
きっと人と一緒に居る僕の方が良くはみられるのだろう。
人からそう思われたとしても、僕にはちっとも良いとは思えないんだ。
面白いとも思えない話題に合わせて、愛想と共に自分の心を偽った言葉を吐き出す。
そんなしたくもない愚かな行動を止められない、永劫の愚者である僕は孤高に居座る君に興味があったのかもしれない。
くだらない会話の合間にふと君の方に視線を向けてみると、退屈そうな君の視線が僕と交わっていた。
まさか目が合うとは思わなかった。そんな不意の出来事に動じていたのか、直ぐに視線を反らせば良いのに、首を僅かばかり動かすなんて簡単な行動もできないで固まっていた。
視線の合間に人影が落ちた。
僕が輪の末席に加わっている内の誰かが僕の前に移動してきたらしい。
この時ばかりはその誰かに感謝をし、またいつも通りの無意味な会話の合いの手に戻る。
†
僕に取って予期せぬ出来事が起きたのは、こんな日の放課後だった。
長かった学校の一日が終わり、待ちに待っていた一人で帰ろうとしていた時だった。
耳に詰めたイヤホンからはお気に入りのバンドの曲が流れ、上機嫌で上履きを履き替えていた時に、背後から肩を叩かれたんだ。
振り向いた先に居たのは、今まで僕と何も関わりを持ったことの無かった君だった。
完全に予想外の相手から呼び止められて呆けていた僕は、君の口が動いているのに気が付いてイヤホンを耳から外した。
「なにかな?」
努めて落ち着いて聴き返した。
「ちょっとあなたとお話がしたいの。今、時間ある?」
簡単に言ってしまえば呼び出し、だろうか? 正直に言ってあまり気は進まない。それでも、僕は――
「いいよ。別に急いでいないからね」
――うそつきだから。
口から出る言葉は僕が本当に言いたいものとは異なってしまう。
「そう言うと思っていたわ。こっちに来て」
そう言って君はつまらなさそうな表情をして、僕を連れ出してきた場所は校舎裏。
放課後の喧騒が遠巻きに流れる人気のない場所に僕は連れてこられた。
「それで、こんなところにまでわざわざ付いてきたけれど、一体僕に何の用なのかな?」
本当はこんな言葉を吐き出す時間すら口惜しく、今すぐにでも一人で帰りたい。
「私は回りくどい話が嫌いだから、率直に聴かせてちょうだい」
ああ、知っているよ。それが原因で君は一人になってしまったのだから。
そして、目の前にいる君は呼びだした理由を告げる。
「どうしてあなたは嘘をつき続けているの?」
その言葉が届いたとき、僕はやはりそれを聴いてくるのか、と思っていた。
だからあらかじめ答えなんて決まっている。
「別に嘘なんて付いているつもりはないよ。本当にそうだ、と思った言葉しか口にしていないつもりなんだけれどなぁ」
嘘だ。全てが嘘だった。
それでも僕は偽りをあたかも真実のように告げる。
「それに僕が君に嘘をつく必要なんてないだろう?」
君に嘘をつく必要なんてない。こればかりは真実を告げてしまったかもしれない。なんせ僕は僕に嘘をつき続けているのだから。
「そう」
聴きだしていた君は無表情で如何にもつまらなさそうだった。
「なら私の方から言わせて貰ってもいいかしら?」
僕の顔を覗き込んでくる双眸は、僕を逃すまいと首根っこを掴んでいるかのような拘束力があったが、そんなものがなくとも僕はこう言っていただろう。
「構わないよ。そもそも君が呼び出したのだし、何か言いたいことがあったんだよね」
帰りたい。面倒くさい。誰とも話したくなんかないんだ。
嘘つきな僕の口は思ってもいないことをペラペラと作りだす。
「そう、なら」
と、君は一呼吸間を開けてから続ける。
「私はね嘘つきが大っ嫌いなの。だから嘘をつき続けているあなたが嫌いで、許せない。だから絶対に私は嘘をつかないの。あなたは私が嘘を嫌っているのを知っているでしょう?」
キツイ言葉と共に向けられている視線は明らかに僕を糾弾していた。
「それは知っているけれど、嘘をついていないのだから直しようがないよ」
君が嘘を許せないのは、ある事件のせいで僕のクラス内では有名な話だった。
その事件は四月に起きた。
人間関係がまだまっさらだったあの頃、君は今のように一人で居ることもなく、他の人たちと同じように集団の中に混ざっていた。
そんな平穏が崩れ去ってしまったのは四月の中頃。
昼休みで賑わう教室内を一つの怒声が満たし、一挙として静けさが押し寄せた。
その怒声の正体こそが君であり、その出来事こそが今の孤高を生み出した。
静まり返った教室内で君は、一緒のクループ内に居た女子の一人に向けこう怒鳴っていた。
「なんで嘘をつくのよ!」
どんな内容だったのかは当事者ではない僕は知らないけれど、昼休みの賑わいの中でするような、他愛ない会話の中で生まれた程度の些細な嘘にあれほど激昂していた姿は、クラスメイト全員に深い印象を与えた。
どうしたの? どうしてそんなに怒っているの? と宥めようとしている他の女子たちの制止も振り切って君は追及し続け、挙句問いただされていた女子が泣き出してしまった。
それを見て流石の君も気まずさを味わったのか、その場を立ち去ったが、翌日からは一人で過ごす日々の始まりを迎えていた。
これが君の起こした事件のあらましだ。
そして僕の直近に待ち受けている出来事は、泣いてしまった女子と同じ内容だろう。
「だから、これ以上問い詰められても僕にはどうしようもないよ」
嘘つきである僕の性分は、どれだけ君に問いめらようと変えられないし、そもそもとして変わるつもりがないんだ。聴く耳を持たない相手にどれだけ有難い言葉を並べても無意味なのだから、早々に諦めて欲しい。
「あくまでもそう言い切るつもりなのね」
真っすぐな瞳は僕を糾弾し続ける。
「本当だから仕方がないんだよ」
間髪も置かず、口からは嘘が零れる。
「……そう、幾ら聴いても無駄みたいね。なら諦めるわよ」
表情は諦めているようには見えないが、糠に釘を打ったところで意味がないのと同じように、僕にこれ以上時間を掛けた所で無意味だとわかってくれたようだ。
「なら、僕は帰らせて貰うね」
険しい表情をしている君を真正面に見据えながら愛想笑いを浮かべ、歩き出す。
「けれど、最期に一つだけ訊かせて」
無表情へと戻りかけていた顔を繕い、脚を止め、君の方へと向き直る。
「嘘をつき続けるのって楽しいの?」
予想外の言葉に一瞬口ごもる。それでも直ぐに僕の口は嘘を生み出す。
「……さあね、僕は嘘つきではないから、嘘つきの人の気持ちはわからないけれど、きっと楽しいから嘘をつき続けているんじゃないかな」
これこそ嘘だ。辛いなんて自分が一番わかっているんだ。それでも僕はもう嘘をつき続けることに慣れ過ぎてしまった。自然とこんな心にもないことを言えるくらいには嘘に蝕まれているんだ。
「……とても悲しいわね」
表情と感情の一致している彼女の言葉に胸が抉られるような気がした。
――これしかないんだ。
思わず溢れそうになった言葉を口の中で押しとどめ、偽りの笑顔を作り、彼女に改めて別れを告げ、一人で帰る。
†
翌日、彼女はいつものように一人きりでつまらなさそうに頬杖をついている。
僕は退屈を味わいながらも数人のクラスメイト達と一緒に居る。
どっちの方が良いかなんて僕にはわからないけれど、きっと人と一緒に居る僕の方が良くはみられるのだろう。
でも僕は彼女が羨ましいんだ。
偽らないから一人でいる彼女が。
僕は嘘つきで嘘つきだから、これからも嘘をつき続けるんだ。
ねえ、嘘はいけないのかな?
どうも337(みみな)です。
このたびは『うそつき』を読んでいただきありがとうございます。
本小説は冬童話祭2017に向けて書いた物になっております。
年月が流れるのは早いことで、私が本企画に参加するのはこれで六回目みたいです。自分でも結構驚いたりします。
久々の投稿で後書きに書きたいことも幾らか溜まっていて、長くなりそうなのでそれについてはこの後に書くつもりでいる活動報告の方に押し込んでおきます。
最後に、過去の冬童話祭で投稿した『僕が願った勇者の夢は――』『生きたがりの僕。』『死にたがりの僕が見つけた生きる理由。』『ハルジオン』もよかったらご覧ください。
では、ありがとうございました。