次なる目的地
白金ランク――それは冒険者の道を志した者であれば、誰しも一度は「いつか自分も」と夢見る「憧れ」だ。他を圧倒できるような実力を持ち、尚且つギルド内外から強い信頼を得て初めて昇ることが許される。その境地に至ること自体が偉業であり、一番下の白金一ですら持っているだけで尊敬の眼差しを浴びるほど。
そんな白金ランクの冒険者が相応の働きをした場合、彼らが得る金額は馬鹿げているというぐらいに高額だ。白金ランクの冒険者が自分と同格の依頼を受ければ、一回でしばらく遊んで暮らせるほどの報酬が転がり込んでくるだろう。指名依頼にしてもそうだ。彼ら個人に依頼を出そうとするなら金貨が数十枚、いや、それ以上が必要になることもある。
これは別に白金ランクの冒険者達が傲慢だからというわけではない。報酬が高くなければ割に合わない依頼ばかりなのだ。しかも、そんな中には早急に対処が求められるものもある。言い方が悪いが、彼らに受けてもらうには報酬で釣るしかないのである。
そんな夢の白金ランクに昇格し、高額報酬の依頼を受けられる権利を得た恵菜。さぞ裕福な生活を送っているのだろう。誰もがそう思うはずだ。
しかし、彼女の実際の生活はカツカツである。何故かと言われれば、収入が思っている以上に少ないからだ。
まずは指名依頼。先ほども説明したように、白金ランクの冒険者を雇おうとすれば非常に高額な報酬を用意する必要がある。しかし、依頼の難易度が白金に匹敵する、絶対に失敗できない機密依頼でもない限り、白金ランクの冒険者を指名する意味はあまりない。むしろ金や銀ランクの冒険者の方が安く済むため、依頼が充分達成できるレベルなら彼らの方が向いている。そのため、白金ランクになると、逆に指名依頼の頻度が激減してしまうのだ。
現に、白金ランクになってから恵菜に指名依頼が来たことは一度もない。旅をしていて指名を受けにくいというのもあったかもしれない。だが、エリスやリアナが持つ遠話器でいつでも呼び出すことができるのだ。それでも来なかったということは、まあ、そういうことなのだろう。
次に通常の白金ランクの依頼だが、実はこっちも同じく依頼が無い。そもそも、全世界合わせて白金ランク持ちの人数は、恵菜を含めても十一人。それだけしかいないのに、白金の依頼をどこかの街のギルドだけで張り出しても邪魔なだけだ。どうしようもない依頼の場合のみ白金ランクの依頼とし、周辺国を含む全ギルドで一斉にそれを張り出すのである。
でもって、その肝心の白金ランク依頼の難易度は、一つ下である金ランクのそれを遥かに凌ぐ。具体例を挙げるとするなら、ドラゴンの討伐依頼だ。それもレッサードラゴンのような下位のドラゴンではなく、上位のドラゴンが暴れているので鎮めてほしいといったレベルの。
ちなみに、上位のドラゴンともなれば、辺りの地形を大きく変えてしまう天変地異を起こせる。そんな依頼がポンポン張り出されるなど、もはやこの世の終わりである。
依頼が出されること自体が稀となれば、そう簡単に受けられるはずがない。事実、恵菜も未だに受けたことはおろか、依頼そのものを見たことがなかった。
ならば、金ランクの依頼はどうだろうか。金ランク依頼も決して数は多くないが、一般人による依頼が金ランク相当になることもある。ランドベルサでも偶に張り出されていることがあるため、比較的受けやすい。
そして、報酬は少なくとも銀貨数十枚、ものによっては金貨だ。白金ランクほどの報酬ではないが、受けられる頻度を考えれば、白金ランク依頼よりも安定した収入が見込める。数回しか受けないにしても、弁償や慰謝料などの余計な出費をかさみ続ける某冒険者パーティのようなことをしない限り、まとまったお金が手に入って貯金もできる。生活に困ることはないはずだ。
しかし、恵菜には馬鹿にならない……それも決して削ることができない出費が存在するのを忘れてはならない。
「ロザレアさん、こんにちはー」
元気な挨拶と、来客を告げる呼び鈴の音が店内に響き渡る。それに気づき、店の奥から店主が現れる。
「いらっしゃ~い。また買いに来てくれたの?」
「はい。ここのはお気に入りですから」
「うふふ、貴族様にご愛用いただけるなんて、光栄だわ~」
「あの、その呼び方はちょっと……」
「あらあら、ごめんなさい~」
恵菜をからかった事を謝る女性。彼女はランドベルサ東地区の大通りで主に化粧品を取り扱う店を経営するエルフ――ロザレアだ。恵菜が初めて彼女の店を訪れた際は名前を聞くことを忘れていたが、何度も店に通っている間に、お互いよく知った関係になった。
もうお分かりだろう。そう、その出費とはもちろん、石鹸のことである。
他の冒険者からすれば、恵菜の行動は狂気の沙汰としか思えないだろう。だが、今の恵菜にとって、石鹸無しの風呂などあり得ない。この世界に来たときは半分諦めていたものの、ついに見つけた風呂の必需品。一度知ってしまえば、もう我慢などできるはずがない。旅に出るときは常に何個か買いだめ、収納袋に入れて持ち運んでいる。
ただ、苦しいながらも一応弁護しておくと、これでも彼女は出費を抑えているのだ。通常、石鹸というのは高級品であり、普通なら金ランク依頼一件で数個買えれば良い方である。高いものでは金貨を要求されることもあるぐらいだ。しかし、ここで売っている石鹸は銀貨数枚で買えるという値段。実にリーズナブル(?)である。
当然、そんな貴族御用達の超高級石鹸を使ってみたいという思いも恵菜にはある。それは決して今の石鹸に文句があるからではない。単純にどんな石鹸なのか興味があるのだ。
しかし、恵菜の収入は、その全てが冒険者の依頼によるものである。領地運営などの国のための仕事はしておらず、他の貴族と違って安定した収入はない。そのため、貴族にしてはビックリするぐらいに貧乏だ。そんな恵菜がもし高級石鹸を定期購入しようものなら、全財産が一瞬で吹き飛び、最初の購入で定期購入が終了する。
まあ、言ってしまえば、買わないことに越したことはない。だが、自分で稼いだお金である。どう使おうと彼女の勝手であるし、娯楽に使っても誰からも文句は言われない。
「それで、石鹸は置いてますか?」
「もちろんよ~。今日は品切れなく、全種類あるわ~」
「本当ですか! あっ、確かにこれとかいつも無くなってるのにまだある! これも!」
あまり見ないレアな石鹸を見つけてテンションが上がる恵菜。石鹸の棚の前で、どれを買おうか悩みだす。
「ところで~、エナちゃんが石鹸を買いに来てくれるのって、旅に出る前のことが多いじゃない? もう次の旅に出るのかしら~?」
「いや、今日はただ、家にある石鹸が切れそうだから買いに来ただけですよ。旅の方はまだ決めてないです」
「な~んだ。戻ってきてから結構経ってるし、もう出発するのかと思っちゃった~」
「本当はそろそろどこかへ行ってみたいんですけどね。でも、どこに行こうか迷ってて」
フリフォニア王国は人口こそ多いものの、領土の広さはそこまでではない。徒歩なら数年かかることも考慮していた恵菜だったが、これまでの旅でフリフォニア王国内の目ぼしい所はほとんど巡り終わっていた。
そうなると、次の目的地は必然的に国外だ。問題はどの国へ行くか、である。
フリフォニア王国には隣接する国がいくつもある。しかし、その選択肢がある故に、どれを選ぶか迷ってしまう。くじ引きみたいな方法で適当に決めてしまってもいいが、旅人入国拒否の国や治安が悪くて危ない国は極力避けたいところだ。
どうやって目的地を決めようか。悩んでいた恵菜だが、ふと隣にいるエルフが目に入り、良い方法を思いつく。
「そうだ、ロザレアさん。フリフォニアの隣国の中で行ってみたらいいっていうオススメの国ってありますか?」
よもや人から勧められた国が危ない国ということはないだろう。相手が騙そうとしたのなら別だが、常連客に対してそんなことはしないはず。危ない国や鎖国状態の国は選択肢からは外してくれるに違いない。そう信じて、恵菜が尋ねる。
「オススメの国? いきなりは思いつかないけど、そうね~……」
そんな突然の質問に嫌な顔一つせず、ロザレアが少し悩んで一つの国名を口にする。
「う~ん……エナちゃんなら、リルシャート王国なんて良いんじゃないかしら~」
「リルシャート王国、ですか?」
恵菜もその国の名前はどこかで聞いたことがある。だが、どんな国なのかはあまり知らなかった。
「ちなみに、そこを選んだ理由を教えてもらってもいいですか? 簡単にでいいので」
「完全に個人の主観だけど、私みたいなエルフが高く評価されやすいからかな~。エルフって魔法が得意な人が多いのは知ってるかしら~?」
世間知らずな恵菜でも、さすがにそれは知っていた。エルフは全種族の中でも保有魔力が高く、その扱いにも長けている種族。そのため、ほとんどが魔術師の道を歩む。
「リルシャートはね、とても魔法が発達した国なの。で、魔法が達者な人ほど尊敬されるの~」
「そ、尊敬ですか」
その言葉に恵菜が迷う。魔術師である以上、恵菜も魔法が得意だと自負している。リルシャートへ行って、蔑まれるということはないだろう。
だが、今の立場になってから、変に目立つことが多くなってしまっている。別に目立ちたがり屋ではないのに、だ。ここにいる間はもう諦めているが、旅先ではもう少し静かな方がいいというが彼女の本音。もうしつこく言い寄られるのは懲り懲りである。
他の国にしようか。そう考え始めた恵菜だったが、次の瞬間、その考えは百八十度変わることになる。
「実は私、子供の頃に住んでいたんだけど、あの時は学校で同級生だけじゃなくて先生からも褒められてね。それはもう充実した――」
「学校!? 今、学校って言いました!?」
話を途中でぶった切るのも厭わずに、恵菜が詰め寄るように顔を近づける。
「え、ええ。リルシャートには優秀な魔術師を育成するための学校がいくつかあるのね。それでリルシャートの高水準な魔法教育を受けようと、国内外問わず、色んな学生が集まってくるの」
何故そんなに興奮しているのか分からずに一歩引いているロザレアだが、それでも丁寧にそう説明する。それを聞いた恵菜の表情は、まるで砂漠の中のオアシスを見つけたかのようだった。
(ある……! この世界にも、学校が!)
もし恵菜が健康体のままだったなら中学、高校、そして大学と、まだまだ学校生活は続けられていたはず。しかし、それは無情にも病魔によって道半ばで終わりを迎えてしまった。今も未練が無いわけではないが、どうしようもないことだと割り切っていた。
そこへ突如として飛び込んできた値千金の情報。違う世界に来てしまった今、あの頃の生活に戻ることはできない。それでも、あの中途半端に終わってしまった時間の先を新たに作り進むことはできるかもしれない。
もう、恵菜に迷いはなかった。
「……その学校、何歳から何歳まで入れますか?」
「エナちゃん、入る気なの?」
「できるのなら」
間髪入れずに答える恵菜。その真っ直ぐな瞳からは、強い意志が感じられる。
「私が住んでいた頃の話だから変わっているかもしれないけど、エナちゃんの年齢でも入れると思うわ~。学校にもいくつか種類があるから、自分の年齢と実力にあった学校を選べば良かったはずだから」
エルフの寿命を考えれば、彼女が学校にいたというのはかなり昔の話なのだろう。今は制度が変わっているかもしれないし、下手をすればもう入学できないかもしれない。
だが、自分にも入学して卒業できる可能性がある。それが分かっただけでも恵菜は充分だった。
「決めました、次の目的地」
「うふふ、良かったわ~。それなら、長旅の準備をしないとね~」
「そうですね。というわけで、コレとコレをください。それにアレとソレ、あと――」
「エ、エナちゃん~? 買ってくれるのは嬉しいのだけど~、そんなに買うとまたお金が……」
暴走して散財をしつつある恵菜にブレーキをかけようとする優しき店主。利益よりも他人の懐事情を心配してくれる人など、この世界では希少種だ。
しかし、そんな彼女の奮闘も空しく、恵菜の頭の中はずっと次の目的地と新たなる旅に必要な物のことでいっぱいだった。
ときに無計画。




